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「今回の犯人が高岡だったとして、飯塚殺しの犯人まで登場か。とすると、犯人はいったいどうやって逃げているのか」
川沿いに歩きながら考える。
「待てよ。逃げ回る必要なんてないのかも。だって、飯塚さんの方はあの四人が関与していると分かれば、笹沼君が犯人と疑われる可能性が高い。もしも別に犯人がいたとしても、誰も姿を見ていないなら容疑者にすら上がらないかも」
すでに犯人候補がいるなら安心して犯行に及べる。しかし、そう上手く行くものか。偶然近くで傷害事件が起きて、偶然凶器が落ちていて、偶然自分と被害者以外いない状況になる。なかなかの確率だ。
それなら、西村の証言に脚色があって、笹沼が犯人か。客観的な情報が少なくて正解にたどり着くことが出来ない。
「お……っと」
下を見ていなかったため躓いてしまった。何に引っかけたのか、後ろを確かめる。木の根っこだろうか、地面の一部分が膨らんでいた。
「転ばなくてよかった」
村木がその場で地面を何度か踏む。歩いてきた道と違うことに気が付いた。試しに、膨らんだそこを足で少し蹴ってみた。予想外のものが現れて、村木は蹴ったままの態勢でしばし固まった。
「これ……指だ」
他の地面よりも少々柔らかくなったそこは、つい最近人の手が加えられたことを示している。雨でぬかるんで表面が削れたのだろう。ほんの少しだけ、薄汚れた指が顔を出していた。服や手が汚れるのも構わず、地面をがりがりと掘った。すぐに素手では難しいと判断し、近くにあった木の枝と空き瓶を両手に持って掘り返す。スコップとは違い苦戦したが、五分程すれば指が段々と形を見せ、やがて右手が現れた。
「作り物なんかじゃない」
最初は飯塚の右手かと思ったが、すぐに考えを改める。彼女の手は、当時警察が運び終えている。それなら。
「今回の被害者か!」
とんだ収穫だ。ここまで期待していなかった。元々、自分の身を守る為にここまで来ただけだった。しかし、これなら犯人への手がかりが掴めるかもしれない。指紋は取れるか、これ以上は警察が到着するまで弄らない方がいいか悩んでいると、すぐ上から声が降ってきた。村木の体が強張る。
「見つけないでよ。バレちゃダメなの、それ」
「誰だッ」
こんな辺鄙な山奥に人がいたなんて驚きだ。今まで一人もすれ違わなかったのに。しかも、初対面の、不審な行動をしている男に声をかけるなど。
「な…………」
村木は信じられないものを見た。
声は知らない。会ったことがなかったから。顔はここ最近、嫌という程見た。
「飯塚さん……だよね」
「…………」
彼女は静かに笑っている。
感情が読めない。村木は慌てた。
「あの、ちょっと聞きたいことが」
言い終わる前に彼女は去ってしまった。村木が彼女がいた位置まで上る。ここで逃がしてはいけない。生きていたのなら、きちんと親元に返さねば。きっと世間は驚きでひっくり返る。警察は調査不足だと叩かれるが仕方がない。この写真の騒動のことは知っているだろうか。
手が汚れたまま後を追う。山道にしては足が速い。慣れている。この辺りに住んでいるのか。何も分からず背中だけ見つめる。それにしても差が縮まらない。日頃の運動不足を呪った。
そこではたと気が付いた。何故、今まで違和感を覚えなかったのか。あまりに自然過ぎたからだ。
飯塚に右手がある。まさか、生えてきたとでも言うまい。
──別人か? いや、それにしては出来過ぎている。……義手、か?
村木なりの解答を導き出す。そうとしか考えられない。しかし、飯塚かえでという女性が、病院で処置したり義手を装着したというデータが存在しないことも分かっている。混乱に混乱を極め、村木は彼女をこのまま追っていいのかすら迷ってしまった。
そのうち、本当に飯塚を見失った。困った。最後の、一番重要な証拠であるというのに。田中を連れてくるべきだったか。ダメだ。担当でもない彼を連れていたとしたら、また別の問題が起きてしまう。いくら自分の命が危ないかもしれない状況でも、あくまで推測の域を出ていなければ本職を呼ぶべきではない。
「あいつが処分されちゃうもんな、友だちは大事にしないと。にしても、どこ行ったかな……こっちで合ってるはず……ッ」
ズサァ!
急に土が崩れ、村木の体が傾いた。反射的に傍の枝を掴む。どうにか落ちずに済んだ。下を見る。崖だった。
ぞっとする。運悪く枝を掴めなかったら、村木の体は真っ逆さまだった。この山で二人目の犠牲者になるところだった。
「いて……」
慎重に崩れていない道へ這い上がると、右手が痛んだ。手の内側を確かめれば、手首に赤い線が付いていた。枝を掴む時に切れたようだ。
「場所が場所だけに縁起が悪いな」
放っておけば治りそうな浅い傷だが、処置出来ない山ともなると感染症が心配だ。リュックに入っていたアルコールスプレーで消毒だけする。早いところ決着をつけて下山したい。
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