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「それで、佐保について、あとはその、写真について何かご存知だったら教えていただきたいのですが」
父親が小声で尋ねてきた。
この二人はどうやら何も知らないらしい。それならば、どんなにか心配だったろう。行方不明の被害者の両親としてここにいるわけだ。村木は咳払いをしてから重い口を開けた。
「写真はですね。犯人が数人、いえ、四人宛てに送っているそうで、すでに佐保さん以外の三人が亡くなっています」
「そんな!」
母親が泣き崩れる。それはそうだ。山田の未来も決まったと言われたようなものである。隣の父親も肩が震えている。続きを話すのがこちらとしても辛い。
「何故、犯人はこんな残酷なことを……! 何か目的があって選ばれたのでしょうか」
村木は拳をぎゅう、と握り締めた。
「お二人は、佐保さんに送られた写真をご覧になりましたか?」
「いいえ」
二人とも首を振る。それはそうだろうと村木は思った。
「あれは、女子高生の写真なんです。詳しく言えば、顔が一部隠された顔、ですけど」
「誰の顔なんですか? 佐保の?」
「いいえ、被害者に送られたものは全部同一の人物です」
ここまで伝えたところで、行き過ぎた説明でないか不安になった。報道で流れているのは恐らくここまで。これ以上は警察の出方を待ってからがいい。現時点で知っていることを伝えるつもりだったが、方向転換することにした。
「誰のですか?」
「そこまではまだ。警察が調べているところです。私も内部の人間ではないので、最新の情報はちょっと。すみません」
「そうですか」
落胆させてしまったが仕方がない。こちらも事情がある。
「とりあえず、その子の写真が送られると危険なのです。私もどうにか佐保さんに連絡出来ないか試したのですが、既読にならなくて。もし、娘さんと電話など繋がった時は、すぐ警察に保護してもらってください」
「はい」
「私も既読が付いたら連絡させていただきます。この時間なら駅前にいらっしゃいますか?」
「はい。私は仕事が早く終わったらですが、妻は毎日夕方からおりますので」
立派な、と言っては他の親に失礼だ。そもそも彼らは探す前に殺され、見つかっている。しかし、山田への真摯な姿勢を見て、せめて最後になってしまった彼女だけでも救われてほしいと思う。
プルルル。
「あ、すみません。マナーモードにし忘れていました」
母親のスマートフォンが鳴り出す。謝りつつ出されたそれの画面が一瞬見えた。数字の羅列、登録されていない番号からの電話だ。
「どうぞ、出てください」
「すみません」
左右を確認して、人に迷惑にならない程度の小声で母親が電話に出た。途端、顔色が悪くなる。
「え、け、警察、ですか」
村木と父親が顔を見合わせる。やはり、同じような顔色をしている。二人は、母親の応対を汗を滲ませながら見守った。
「はい、はい……分かりました……」
呆然とした様子で、母親が電話を切った。父親が間髪入れず詰め寄る。
「警察がなんだって?」
「あの、スマホが見つかったって。佐保の」
「スマホが?」
山田本人ではなかった。どっと汗が噴き出る。次の言葉で、流れ始めた空気が再度止まった。
「海、海の、傍にあったって」
「海……?」
「小さな崖があって、柵の傍に落ちてたって。どうしよう、お父さん……!」
母親が崩れ落ちる。近くにいた店員がちらりとこちらを向いた。
「一旦、出ましょうか」
ここで騒がしくは出来ない。慌てるようにレジを終わらせ、外に出る。警察の話では、スマートフォンは対策本部が管理しているという。恐らく、指紋などを照合しているのだろう。
本部の場所を知っている村木が案内役を頼まれ、結局警察署まで一緒に来てしまった。つい署内まで入ったものの、追い出されたりしないだろうか。特に、前回怪しまれた田中の上司あたりに。村木は二人の後ろで体を縮こませた。
「山田さんのご両親ですか?」
「はい」
前から声がした。村木は一歩下がろうとして、止めた。
「田中」
「お前もいたのか」
迎えに来たのが田中だったのだ。ちょうどよかった。追い出されずに済みそうだ。後ろで会釈だけして付いていく。
一瞬、田中がこちらを見た。付き合いが長いから分かる。あれは歓迎していない顔だ。どうやら、村木はこの場にいない方がよかったらしい。それでも、ここで帰ると申し出る方が勇気がいる。
てっきり、対策本部に連れていかれるのかと思っていたら、その奥の小部屋に通された。村木を除いて。
「村木は廊下で待ってて」
「分かったよ」
聞き分けよく、廊下に設置された椅子に座って待つ。
五分、十分、どれだけ待っただろうか。ゆっくりドアが開いた。スマートフォンの確認にしては時間がかかった。村木が両親の顔を見遣る。それだけで理解した。二人とも表情が抜け落ちた人形であった。なるほど、彼女はもう。
「村木さん、申し訳ありませんが、ここで失礼します。私たちはまだ用事があるので。佐保のことはその、もう結構ですので」
「お役に立てず、こちらこそ申し訳ありませんでした」
言葉も上手く紡げず一回り小さくなった二人が、田中とは別の警察官に連れられて去っていく。母親の方は目が泳いでいて、とても会話なんて出来そうになかった。彼らはこれから会いに行くのだろうか。
二人の姿が見えなくなったところで、一度立ち上がっていた体がすとんと椅子に吸い込まれた。力が入らない。自分は無力だ。
「……よお、どこまでも関係者」
「……五月蠅い。また叩かれるぞ、警察」
「うるせ」
田中が隣に座る。彼の顔色も悪い。当然だ。負けたのだ。過程はどうあれ、懸命に捜査したとしても、結果は惨敗だった。
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