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 相園の写真が左目だけだったのに対し、右目と鼻が増え、顔の上部分が見えている。徐々にこちら側へ浸食してくる雰囲気に背筋が寒くなった。気持ち悪い。その一言に尽きる。画面を閉じてしまいたくなる衝動を抑え、村木は保存していた相園の写真データを開き、笹沼の写真と見比べた。


「うーん、同じだな」

「同じ……というと」

「写真の彼女、だよ」

「彼女?」


 左目だけでは分からなかったが、顔半分まで見えてしまえば確かに女の装いを醸し出していた。化粧の文字も知らないような素朴なものではあるが、見える箇所の骨格からしても少々頼りなげでとても男とは言い難かった。この顔はそもそも誰なのだろうか。最初は被害者への脅迫として、被害者の顔を切り取ったものとも考えたものの、大きな二重の相園とは似ても似つかず却下されていた。今回も同じ人物の顔ということは、他に意味を持っているわけだ。この少女は事件に何らかの関連がある。彼女に会うことが一番の情報に思われた。


「合成すりゃ写真なんていくらでも作れるけど、写真の出来が進んでるし実際に送られた二人目も殺されてる……こりゃ、まずいぞ。見たら殺されるなんてないけど、犯人から送られたら殺されるっていう予告状ってわけさ。さらに言えば、少なくとも口が残ってるんだから」


「あと一人は殺されるってことっすか」瞳が僅かに震える。


「連続殺人、だな」物騒な非日常に、ついに岡崎は顔を白くさせて俯いた。怖気づいて、ここで事件に蓋をして退くことは容易い。元々、一人目の被害者が知り合いであっただけで、それ以外に事件に首を突っ込まなければならない理由は無い。だけれども、ここまで知ってしまった糸をぷつんと切ってまた人が殺されたとあれば、勝手に自分の所為だと思ってしまうことも分かっていた。岡崎がデスクを叩く。


「一敬さん、犯人探しましょうよ。もう手柄とか関係無い。どうせ上手く解決出来たとしてもこっから希望の部署に移れるとも限らないし、それより目の前に殺人予告チラつかされて黙ってられないっす」


 正義に満ちた瞳の岡崎を人差し指を動かしてこちらへ近づける。もう、手を離した瞬間にでも飛び出しそうな顔を見て村木は静かに制した。


「お前ね、何言ってるか分かる? これはゲームじゃないんだ。終わりがあるんだ、負けたらもう戻れない。頭は良いんだからどれだけのことか理解出来るだろ? 正義ってのは正しいことをするから正義と呼ばれるんじゃない。最終的に勝つから正義でもない。ただ、本人がそう思っているから正義なだけで、結局は我儘な主張が根っこにあるんだよ。犯人が見つかれば正義か? 途中で殺されるかもしれない、ゴミ屑になった岡崎を見て誰か知らない奴が馬鹿にするかもしれない。それでも突き通すか、「正義」を」


 諭しているようでいて突き放している。気が付いた岡崎は村木の人差し指を払った。


「すでに一敬さんに馬鹿にされてる気がしますけどね。別に正義を振りかざしたいわけでも褒められたいわけでもないっす。私がしたいことをしてるだけで、それが危険かどうかは自分で線引きしますよ。私も子どもじゃないんで」


「まあ、危険だと判断して逃げるかどうかは別口ですけど」最後の科白が気になるところだが、思ったよりも考えていて安心する。この話に首を突っ込んだのは明らかに村木の責任が大きく、これ以上は巻き込みたくないと思っていた。だが、本人が本人の意思で動くのであればとやかく言う権利もあるまい。

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