3
後ろからばたばた付いてくる音を確認して、涼しい室内を後にする。一歩外に出れば、容赦ない太陽からの挑戦を受けた。それもこれもイレギュラーな出来事の所為で、相園の件が無ければ、今頃は撮影も終えて一息吐いていた頃だろうに。
相園が行方不明らしい。らしいというのは、母親から電話越しに聞いただけな上、「昨日仕事から帰ってきて、寝て起きたらいなかった」という不明瞭な話であったからだ。
夜からいなかったのか、夜はいて朝早くに出かけてバイト先に来ていないだけなのか。後者であれば、こちらとしては不満が残るものの最悪な形にはならないだろう。だが、母親曰く家族が家にいる時は声をかけてから出かけるというわけであるから、それを信用するならば前者の可能性が高い。
家出か事故かはたまた事件の類か、理由は分からないにせよ他人の事情に巻き込まれたくないのが本音だった。
「相園さんの家って何処っすか」
「うーん、車で十五分てとこかな」
「電車じゃなくて?」
「うん」訝し気に見上げる岡崎に一言だけ返す。
白地の社用車に乗り込み、シートベルトを締める間も感じる視線を無視してミラーの角度を調節する。岡崎の言いたいことは分かっている。去年の今頃、村木は事故を起こしたことがある。事故といっても、物損で済んだ軽微なものであるが、忙しさに負けて寝不足のまま運転した村木に原因があった。その時のことを思い出して心配しているのだろう。
「大丈夫。今日は寝てるから」
「そういうことじゃなくって。あれから一敬さんあまり運転してないっすよね? 気にしてんのかなって」
思ったより先輩想いの後輩に笑いが漏れた。
「違うよ。単純に機会が無いだけ。今日は駅から離れてるから車にするけど、確かに運転するのは久しぶりだから慎重にいくよ」
機会が無いという科白は本当で、通勤に使うわけでもなければ交通の便が発達した東京でわざわざ車を選択する事態に陥ることは少ない。今日はたまたま駅から離れている場所で、初めて行くためバスがあるか調べる暇も無いからだ。
ナビに倣って混雑する景色を過ぎていく。まだ夏休みも終わらない鮮やかな雲が青天を告げ、同時に自分自身の薄暗さを思い知る。十分程経過したところで、窓を眺めていた岡崎が声を上げた。
「一敬さん、あれなんですかね」
「あれって、俺今運転中だから見えないよ」
「もうすぐ渡る橋の下、人だかりが出来てますよ」
岡崎の言葉に視線を移そうとするや否や、やかましい異音が耳を貫いた。
パトカーのサイレンだ。音の大きさから察するに、まもなくここを通過するだろう。何か事件か事故が起きたのか、車を歩道よりに避けて停車させる。すぐに後ろから緊急車両がやや急ぎで通過し、橋を渡った所で無言になった。
「もしかしなくても、あの人だかりのとこに行くんじゃないっすか。事件ですよ、事件!」
「痛い、叩くなよ!」
興奮した後輩に肩を強めに叩かれて文句を返す。しかし彼女は反省した様子も無く、なお橋の下に視線が集中したままだ。ため息を吐いて、諦めた村木がハザードを点けたままエンジンを切る。
「ちょっとだけだぞ。覗くか話が聞こえて概要が分かったらすぐ車に戻る。俺たちは用事があって来たんだから」
「やりぃ! あざっす!」
外へ飛び出す岡崎を見送りながら、すでに暑さを取り戻し始めた車内から村木も逃げる。橋の上から覗き見ると、岡崎の言う通り十人程の人間が遠巻きに何かを見つめている。程なく規制線のテープが張られ、そこを先頭になお野次馬は減るどころか増えていった。後ろからひょこひょこ頭が見え隠れする。岡崎だ。高くない背を目一杯伸ばしてどうにか状況を把握しようという根性を、常に全力疾走の性格を思い出して納得した。
「そんなに知りたいもんかね」
あまり興味を見い出せない村木は、むしろ騒がしいここから早く抜け出したいと思う。しかし、橋を通りかかる通行人に突如その希望が破られる。
「殺人事件だって」
「近くに住む女子高生だってよ。怖いねぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます