半ドンのご馳走
柚須 佳
第1話
あの頃の僕には、ご馳走だったのだ。
それは、その後に起こるイベントも含めて、いや、むしろそれがあったからこそのワクワク感も込めて、ご馳走だったのだろう。
まだ、土曜日にも学校があった頃、いわゆる半ドンというやつで、午前中だけ授業があり、午後からは休みという、今ではちょっと特殊な感じもするが、当時はそれが当たり前だった。
日曜日とはまた少し違う、土曜日ならではの特別感があったように思う。
平日の
その日、学校が終わると、まだその小さな背中には大きすぎるランドセルを左右に揺らしながら、一目散で家へ向っていた。
初夏の風は生ぬるく、花壇の草花がサラサラと揺れていた。
団地の隙間を縫うように、芝生の上をドタドタと走っていく。
開け放たれた部屋の窓からは、焼き魚や、煮物? はたまたカレーなど、それぞれの家のそれぞれのお昼の匂いが漂ってくる。
学校から家までは、小学生の足でも一〇分とない。
ましてや、こんなにも走っているのだから、今日はその半分もかからないはずだ。
僕は楽しみでしかたがなかった。
授業中も上の空で、何をして遊ぼうかずっと考えていた。
先日始まったばかりの格闘アニメのこと、お菓子のおまけシールをたくさん集めたこと、あとは、やっと作れるようになったプラモデルを見せること。
そうだ! こないだ買ってもらったグローブを持っていって、キャッチボールをするのも良いかもしれない。
僕は、そんな半分の平日をやり過ごし、午後から行くことになっている、おばあちゃんのウチに思いを巡らせつつ走っていたのである。
おばあちゃんのウチ、いわゆる祖母の家は
祖母の家とは言うものの、そこには伯父の一家も同居しており、いや、正確には伯父の営む小さな個人商店に、祖母が同居していた、といった方が良いのかもしれない。
いずれにしろ、祖母も含んだ、この伯父の店は、年末年始を除いては、土日も関係なく開いていたように思う。
今考えれば、この店を手伝うことが、母の目的だったのではないかと思うが、当時の僕には、そんなことは考えも及ばなかった。
祖母の家にいる、二つ年上の
玄関を開け、「ただいま」と叫びながらランドセルを投げると、そのままの勢いで僕は居間へと走っていった。
「ねえ、何時に行くの?」
時計を見るが、まだ正午前だ。
「あら、本当に早いのね」
母が大きなカバンに着替えを詰め込みながら、優しい笑顔をこちらに向けていた。
「まっすぐ帰って来てとは言ったけど、そんなに急がなくても大丈夫なのよ」
「いいの! だって早くいきたいんだもん」
「バカね。でも、まずは、お昼食べてからよ」
立ち上がり、台所へ向う母に付いて行きながら、僕はブツブツと言っていた。
「えー、お昼いらない。お腹空いてないし……。それに、お昼を食べてからだと、おばあちゃんのウチに着くのが夕方になっちゃうじゃん」
僕は今日も明日も遊びたかったのだ。
おばあちゃんのウチには、きっと泊まることになるだろう。
それでも、今日は土曜日だ。
早く行かないと、直ぐに夜になってしまう。
そうすると、遊ぶ時間が減ってしまうのだ。
そんな、僕の不満は筒抜けだったのだろう。
母は台所まで来ると、スッと戸棚からある物を取り出した。
今となっては贅沢だ、と言われてしまいそうだが、毎日普通に食べている母の手料理に比べれば、その時出された『赤いきつね』は、明らかに普通ではなかった。
当時の僕にしてみれば、それは滅多に食べることのできない、特別なものであった。
しかし、母にしてみれば、手早く出来て残り物や洗い物がでないから、という合理性に基づいたものだったのかもしれない。
「一個しかないから、半分こにしよっか?」
真っ赤なパッケージを僕に向けて微笑む母。
「うん、でも、おあげさんはちょうだいね」
単純な僕は一気に笑顔になっていた。
「はいはい、ホントに好きだね」
「うん、大好き! あっ、じゃあ、おうどんは、お母さんにあげる」
「だーめ、おうどんも、ちゃんと食べないと!」
「えー」
小さなお椀に移してもらった
口元に跳ねたおつゆを
土曜日の『赤いきつね』は、ワクワクが詰まった、ご馳走なのだ。
半ドンのご馳走 柚須 佳 @kei_yusu
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