お札舞う

岩田へいきち

お札舞う

今が裕福というわけでもなく、金に困ってないという訳でもないが、当時はほんとうにお金に困っていた。

 慢性的にお金が足りなかった。田舎の中小企業、給料がびっくりするほど安いのだ。共働きならなんとかなる。しかし、ボランティアのサッカーチームの運営の仕事で忙しくなった妻は、リストラの一環として会社が実施した希望退職募集に手を上げ、辞めてしまった。

 

 日曜日の昼下がり、友だちや知り合いは、家族の悩みや大きな問題を抱えているという話をよく聞くが、うちは違う。夫婦は仲良しだし、不倫もしていない。娘も良い子だ。ゴロゴロしながらぼくらは幸せだなあと思う。だがお金がない。お金さえあれば幸せコンプリートなのに。


 そんな時、世の中では、竹藪で2億円見つかったとか、ゴミの中に数百万円あったとか、拾得物のニュースが飛び交っていた。中でもこのニュースには驚いた。



『釣り人が600万円入りのバックを釣り上げる』



 そんな大物を吊り上げた人がいるのか、凄い。ぼくは、心を躍らせた。

釣り人というのがツボだったのか、ぼくにも出来ると思い始めた。ぼくにも600万円拾えると思ったのだ。


 それからというもの車を運転していても道端に落ちている袋のようなものが全て気になった。お金が入った物が落ちているのではないかと。さすがに、いちいち止まって開けに行ったりまではしなかったが、もし、いかにも入っていそうな物があったら開けに行ったに違いない。

 

しかし、ぼくには、別の形でそれが現れた。


 12月の夕方、辺りはもうすっかり暗い。

ぼくは、車を運転して家路についていた。

あれ、なんか舞っている。なんだろう?

お札やん。ぼくは、慌てて、車を路肩に停めた。


 車が行き交うなかで、お金が舞っていた。千円札が4.5枚あっただろうか車が行き過ぎるのを待って、すべて拾い集めた。財布も落ちていて、お金はこの中から飛び出したようだ。財布も拾い上げ、先ずは、お札を中に戻した。二つ折りの使い古した少しふっくらしている財布だ。はやり4.5千円か。

しかし、財布の中には、免許証、健康保険証、名刺などが入っている。名刺は、同じ物がたくさん入っていたので、直ぐにこの人の財布だろうと分かった。タクシーの運転手さんのようだ。


 ぼくは、名刺に書いてあった携帯番号に電話してみた。


 運転手さんと繋がり、近くのスーパーの駐車場で待ち合わせをしてそのスーパーへ向かった。金額は、大したことないが、免許証や健康保険証だ。さぞ喜んでくれるだろう思っていたが運転手さんの反応はそうでもなかった。電話するまで無くした事に気づいていなかったようである。免許証と保険証という事の重大さにもピンと来ていないようだった。財布を車の屋根に載せたまま走ってしまったということだ。


  運転手さんは、お礼を言いつつ、財布の中の千円を抜き出し、なごりおしそうにそれをぼくに渡した。



もらってしまった。



日々あくせく働いて、この古びて、ふっくらした財布にたった5枚の千円札しか入れていないこの運転手さんから一枚の千円札をもらってしまった。


 20%のお礼をもらう権利があることから計算すれば、5千円のお礼は

千円、免許証、保険証もの分も合わせれば、いいかと思い、このなごりおしそうな千円をもらってしまったのだ。


 決して裕福ではないが、今なら「けっこうです」と言うだろう。


 ぼくは、それからは道端の落とし物をキョロキョロ見るのを止め、お金が落ちていますようにと願うことも止めた。

 落し物は、しょせん他人の金である。600万円も超えようもんなら事件の臭いもする。命の方が大事だ。

 

 貧乏が悪いわけではない。怖いのは、余裕を失くし、心が荒んでくることだ。


 きっとまた、ぼくには貧乏が訪れるに違いない。

その時は、この失敗を思い出そう。


終わり


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お札舞う 岩田へいきち @iwatahei

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