番外編 アルバム
☆
夏のうちに、庭の木は綺麗に切られて、鬱蒼とした木々はなくなり、大地君に与えられた使命は全うされた。
スッキとした庭は、だだっ広い広場になった。
お爺ちゃんに言うと、「そうか、よかよか」とどこかすっきりした顔を見せた。
「大地よ、押し入れの上の段にアルバムがあるんじゃ、今度、それを持って来てはくれぬか?」
「お爺ちゃん、アルバムを取ろうとしたの?」
わたしは呆れてしまう。
アルバムを取るために、怪我をして施設に入らなければならなくなるなんて。
お爺ちゃんは、歩けるようになったけど、行動制限があるようで、一人暮らしには不安があるという。
一緒に住むことは不可能ではないが、今の家では、あちこちに手すりを付けたり、お風呂も工事をしたりと、家具や寝具を新しくしなければならなくなるらしい。
わたしと大地君に土地を提供したいので、今ある家にお金をかけるつもりはないらしい。
「大地と花菜に見せたいものがあってな」
「うん、分かった。アルバムはたくさんあるの?」
大地君は優しく、お爺ちゃんの言葉を聞いている。
「分厚くて、ちょっと重いかもしれんが、赤色のアルバムじゃ頼むぞ」
「わかった。今度来るときに持ってくるよ」
「頼むぞ、大地」
お爺ちゃんは嬉しそうにしていた。
☆
家に帰って、お爺ちゃんの押し入れを開くと、確かに上の段に赤いアルバムがあった。
大地君は、手を伸ばして、そのアルバムを取った。
「言ってくれれば、すぐに取れたのに」
「そうね。大地君、椅子にも上がらなくても取れたんだもの」
大地君は、アルバムを畳の上に置くと、それを開き始めた。
わたしも大地君の横に座った。
アルバムはわたしの幼い頃の写真だ。
「なんだか恥ずかしいわ」
「花菜ちゃん、小さいときから可愛くて美人だ」
「ああ、もう見ないで」
わたしはアルバムをパタンと閉じた。
「花菜ちゃん、見せてくれたって、いいだろう?」
「お爺ちゃんは、わたしの子供の頃の写真を見たかったかな?」
「花菜ちゃん、見ていたら懐かしくなったのかもしれないな。明日の日曜日に、もう一度、小次郎爺ちゃん所に行こうか?」
「毎日、悪いわ」
「小次郎爺ちゃんと約束したからな」
大地君は、アルバムを抱えて、襖を閉めると部屋を出て行った。
☆
翌日、大地君はお爺ちゃんが住んでいる施設にやって来た。
「約束のアルバムだよ」
「毎日、すまぬな」
大地君は爽やかに微笑んだ。
お爺ちゃんは椅子に座ると、ベッドにアルバムを広げた。
「大地、これを見たか?」
「花菜ちゃんが恥ずかしいから見るなって、閉じられたんだ」
「いい物があるぞ」
お爺ちゃんはページをめくりながら、嬉しそうに写真を見ている。
「花菜は幼い頃から、うちによく預かっておったんじゃ」
「それでこんなにたくさんの写真があるんだね?」
お爺ちゃんと大地君は、仲良く写真を見ている。
わたしは椅子に座って、少し離れた場所からアルバムを見ていた。
「ここじゃ、ここ」
突然、お爺ちゃんが興奮したような声を出した。
「大地と花菜じゃ」
え?
わたしはアルバムを覗き込むと、小さな男の子と小さなわたしが、手を繋いで立っていた。
目の前には、青いバケツがあって、魚が入っている。
「これ、大地君?」
「花菜ちゃんなの?」
「そうじゃ、他にもあるぞ」
お爺ちゃんは、またページを捲っていく。
少し大きな男の子とわたしは、よく写真に撮られていた。
二人でお昼寝している写真もあった。
「昔から仲が良かったんじゃ。そうさの、花菜は小学校の高学年の頃から釣りには出かけなくなっておったが、それまでは、わしについて、いつも来ておった」
お爺ちゃんは昔を懐かしむように、目を細めた。
「俺、覚えてる。なんで連れて来なくなったんだって。小次郎爺ちゃんに文句言った事がある」
「そうさの。大地は花菜の事を可愛がっておったからな」
「名前までは忘れていた」
「あの頃から、花菜ちゃん、花菜ちゃんって言っておったわ」
お爺ちゃんはニタニタ笑っている。
「わたし達、幼い頃に、もう出会っていたのね」
「花菜がわしの家に来てから、見せてやろうと思っておったんだ」
写真には幼いわたしが、大地君と手を繋ぎ、歩いていている姿が写っている。
「もう、これは運命だな」
大地君が写真を見て、呟いた。
確かに運命だったのかもしれないとわたしは、思った。
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