第20話 並んだお布団
☆
1週間後、わたしは診察を終えて、医師からは出勤の許可が出た。
貧血の薬は3ヶ月くらい飲まないと貯蔵鉄にならいそうだ。採血をして、注射を打ってもらい、定期的に診察を受けることになった。
大地君にラインを打つと、すぐに返信が帰ってきた。
『早めに帰る』と書かれていた。
病院の近くの公園で大地君の弁当を開けると、パプリカと牛肉の炒め物だった。色鮮やかで元気が出る。レタスの上に置かれたお肉をレタスに包んで食べる。サラダは大根の千切りでシャキシャキしていて、美味しい。
今日は何の味だろうとワクワクさせてくれる黄色い綺麗な卵焼き。今日の味は甘い味がした。2段目のお弁当はゆかりのおにぎりが一つと、くし切りのオレンジが入っていた。箸でおにぎりを食べて、最後にオレンジを食べた。
大地君のお弁当には必ずオレンジが添えられている。ご褒美のようで嬉しい。
お弁当箱を片付けると、水筒のお茶を飲む。
わたしは自宅に帰る途中で、明日、職場に持って行くお菓子を買った。
長期間休んで、迷惑をかけた。
そのまま紳士服売り場を覗いて歩いた。
お礼に洋服を贈りたい。
爽やかな水色のワイシャツとキリリと引き締まったネクタイ。少し高価な物と普段着で着られるお洒落なシャツを選んだ。サイズは毎日洗濯しているので、分かっている。さすがにスラックスは本人がいないと買えないけれど・・・・・・。
大地君はすごく節約している。スーツを買ってあげたい。裾が破れたズボンはアイロンだけでは隠しきれない。
わたしはプレゼン用にラッピングしてもらった。
オレンジとリンゴを買って、家に戻ると、お弁当箱と水筒を洗い、リンゴを切って、お皿に載せて、ラップをかけておいた。
お風呂に入り、シャワーを浴びると、部屋着に着替えて、自室で肌のお手入れをして、髪にもオイルを塗って、髪を乾かす。
「ただいま」という大地君の声を聞いて、わたしは笑顔で玄関に走って行った。
「おかえり」
「風呂上がりかな?いいにおいがする」
「大地君も入っておいで」
「そうする」
「スーツは洗うから、置いておいて」
大地君が嬉しそうに、微笑んだ。
「それじゃ、頼もうかな?」
大地君は自分の部屋に戻ると、着替えを持ってお風呂場に向かう。
わたしは冷蔵庫の中から切っておいたリンゴを取り出しテーブルの上に置く。
箸を出して、マグカップにお茶を入れた。
今夜のご飯は何だろう?
ワクワクと期待が高まる。
テーブルの前に座って待っていると、大地君が出てきた。
「お腹空いたの?」
「とっても、お腹空いたの」
大地君がニッと笑った。
「リンゴ食べていてもいいよ」
「リンゴはデザートよ。最後に食べたいの」
「今夜はサーモンのムニエルとお味噌汁に酢の物を1品。ちょっと待っててね」
大地君は3つのコンロをすべて使って、素早く作っていく。
わたしは大地君の横に立って、作り方を覚えていく。
まず添えのブロッコリーを切り、酢の物に入れる野菜を刻んで、豆腐を切って、最後にサーモンを切った。流れるように料理が作られている。
「小鉢とサーモンを載せる大きめなお皿を用意してくれる?」
「はい」
わたしは食器棚から、言われた物を出すと、並べた。
ブロッコリーが載り、酢の物ができあがった。
「酢の物は運んでいいよ」
「うん」
酢の物を運んでいるうちに、サーモンの入ったフライパンからバターの焼ける、いい香りがしてくる。
お味噌汁に豆腐が入れられて、すぐに味噌を入れる準備をしている。
量が少ないので、煮立つのも早い。味噌こしで味噌を溶かしていくとすぐに味噌汁ができあがった。
お椀を持ってくると、そこによそってくれる。
「ごはんをつけてくれていいよ。もうムニエルもできた」
「はい」
わたしはお茶碗にごはんをよそう。
テーブルに運んでいると、できたてのサーモンのムニエルがテーブルに並べられた。
「いい香り」
「空腹の腹を直撃するな?」
「うん」
「んじゃ、いただきます」
「いただきます」
うん、美味しい。
バターの味がしみていて、サーモンもふっくらしている。
ご飯と一緒に食べる。
「美味しいね。ふっくら焼けている」
「これもコツかな?」
「わたしが焼いたら、こんなにふっくらしないかな?」
「ホイル焼きなら簡単にできて、ふっくらできると思う」
「今度、それ教えて」
「いいよ。すごく簡単だから」
わかめと豆腐のお味噌汁も、美味しい。
パプリカとキュウリの酢の物も綺麗で美味しい。
酢の物の中に最近、ジャコが入るようになった。カルシウム補充だと言っていた。
ゆっくり食べて、お腹を満たす。
「快気祝いは、少し豪華にしようか?」
「これでいいよ。すごく美味しいし」
「結婚もしたから、少し贅沢なレストランでご飯を食べようか?」
「結婚式しなくてもいいけど、記念に写真を撮って欲しい。ウエディングドレス姿をお母さんに見せたいの」
「分かった。写真はたぶん予約制だろう。予約を取ろう。花菜ちゃんが好きなところで頼んできてもいいよ」
「ありがとう」
食後のリンゴを食べていると、「結婚式か」と大地君が呟いた。
「結婚式は保留にしてくれるか?お節介な老人達が楽しみにしているんだよな」
「大地君、本当に年上のお友達が多いのね」
「すごく多いね。それもそれなりに地位の高い連中が揃っているんだ」
「うちは、ひっそり暮らしてきたから、お付き合いしている友人も親戚もいないよ。お父さんが亡くなってから、人が離れていったってお母さんが言っていたの。幼いわたしを抱えて、きっとお母さんは苦労をしてきたんだと思う。お母さんの会社の人には、お母さんは支えてもらっていたかもしれないけど」
綺麗にリンゴも食べ終えて、大地君は台所を片付け、わたしは洗濯して、大地君のスーツを洗う。
洗い終わった洗濯物をカゴに入れて、お風呂場でスーツを手洗いして、スーツごと手も足も流して、洗濯機で脱水をかける。脱水は1分かければ、殆どの物は用が足りる。
洗い桶を片付け、スーツを取り出し、カゴの上に置いて、干し場に持って行く。
皺を伸ばしながら、すべてを干し終えると、今日買ってきたプレゼントを持って戻って行く。
大地君は既に台所を片付け、居間でビールを飲んでいた。
「花菜ちゃんもなんか飲む?」
「うん」
洗濯カゴを片付け、冷蔵庫の中からオレンジのカクテルを持ってくると、大地君の横に座る。
「大地君にプレゼントを買ったの。気に入ってくれると嬉しいんだけど」
ラッピングされた袋を渡すと、大地君が申し訳そうな顔をする。
「気を遣わなくていいんだよ」
「わたしがしたかったの」
「んじゃ、ありがとう」
包みを開いていくと、ワイシャツとネクタイ、お洒落なシャツが出ていて、大地君が苦笑した。
「俺、服、持ってないから」
「スラックスやスーツは本人がいないと買えないの。今度、買いに行こう。テレビやゲームを売ったお金があるの。それで買わせてくれない?」
「思い出の清算?」
「うん。大地君の物に替えたいの。駄目かな?」
「俺は助かるけど」
「それじゃ、それもデートの約束ね」
「デート?」
大地君は頬を染めた。
とても純粋な大地君が愛おしい。
年上なのに、とても可愛く感じる。
わたしはシャツを大地君にあてがった。顔写りも良さそうだ。ジャケットもあるとすごく格好よくなりそうな気がする。
「似合うか?」
「似合うよ。大地君は元々格好いいから、大地君をコーディネートしたい」
「今日は俺のことばかり考えていてくれたんだな?」
「うん」
「すごく嬉しい」
大地君がわたしを抱きしめてきた。
「俺たち、そろそろ布団を並べて寝てもいいかな?エッチはできないことは医師から聞いているから、エッチなことはしないから」
「どこで寝るの?」
「どっちかの部屋で」
「いいよ」
もう夫婦だし、布団を並べて寝ても誰にも文句は言われないだろう。
「よし!」
大地君の嬉しそうな声を聞いていると、愛されていると感じられる。
わたしも大地君が好きだ。
大地君をわたし色に染めたいほど、独占欲があると自覚している。
河村先輩には洋服を買った事はなかった。
彼は普段からお洒落だったから。
抱擁はとかれたけれど、体の一部が触れあっている。
お尻だったり足だったり腕だったり。
ささやかな触れ合いも、いつも一緒にいるという安心感をくれる。
大地君はビールを飲み出した。わたしもオレンジのカクテルを飲んでいる。
ジュースみたいなお酒を飲みながら、大地君にもたれかかる。
「明日、出勤したら社長のところに、案内するから。休暇のこともだけど、結婚相手を正式に紹介したいんだ」
「なんだか緊張するわ」
「気さくな老人だから。小次郎爺ちゃんによく似ているよ」
「顔が?」
「いや、性格が」
「嫌われないようにしなくちゃ」
「ありのままでいいから。普段のままの花菜ちゃんは、とても魅力的だ。河合が担当を外されたのも、河合の下にいたら花菜ちゃんの良さが潰されてしまうから、たぶん外されたんだと思うよ」
「ありのままのわたしで」
素顔のわたしのままでいたい。わたしは新入社員になったような気持ちで明日、出かけようと思った。
「4週間休んで、1班の皆さんは、わたしを受け入れてくれるかな?」
「あ、俺、結婚したこと隠さないから。そうだ、結婚指輪絶対にいるな。明日の帰りに見てこよう。花菜ちゃんに手を出す奴を追い返すような威力のある指輪は、絶対にいる物だ。ここはケチったら後悔する」
「そんなに節約して、大地君、どんな家を建てるつもりなの?」
「鉄筋コンクリートでできた要塞みたいな家、屋上を作って、夜、星が見えるようにしたい」
「ここの土地で、星は見えるかな?」
「終電が出れば見えるんじゃないかな?小次郎爺ちゃんが土地を提供してくれるなら、家だけの金額になるから、住宅展示場もデート先だね」
わたしは微笑んだ。
結婚して家族になって、これで子供が生まれていけば、わたしが夢をみていた人生が送れる。
「大地君、わたし。大地君の子供が欲しいな。二人か三人。お父さんとお母さんがいて、子供がいる普通の家庭を持つことが夢だったの。わたしを置いて死んだりしないでね」
「花菜ちゃん」
「お父さんの顔も知らない子供って、可哀想よ。わたしはずっと寂しかった。他の家庭が羨ましかったの」
「花菜ちゃんこそ、俺を残して逝くなよ。手術の時のような不安は、もう味わいたくはない」
「約束する?」
わたしは大地君の小指に小指を絡めた。
大地君が微笑んだ。
☆
わたしの部屋に、大地君が布団を持って来て並べた。
わたしがナイトクリームとボディクリームを塗っている間に、寝る支度をしている。
「女の子って、肌のお手入れとか髪のお手入れに時間がかかるんだな?」
「お母さんが、若いうちから肌のお手入れはしっかりしなさいって、中学生に上がった時に教えてくれたの。失ってから悔やんでも戻って来ないのよって。特におでこや首や手は、年齢と共に衰えていくからって、お母さんもお手入れしていたから、わたしも一緒に真似ていたの」
「花菜ちゃんのお母さん、すごく若々しく見えるよね?やっぱり特殊な仕事で、人前に立ったりするからかな?」
「お母さんは、陰の仕事だよ。でも、美意識はすごく高くて、お母さんが描く絵には生命が宿っていくの。色は大切だって、いつも言っていたわ」
色で明るさや陰を作り出す。同じ赤でも何種類もあって、その一つ一つで紡がれる絵には、力強さを感じる。昔はペンで色を付けていたけれど、時代の流れで、最近ではPCを使って、絵も色彩も入れていく。
とても繊細で、描かれる絵はお母さんの分身のようだと幼い頃から思っていた。
「花菜ちゃんは、お母さんが好きなんだね」
「好きよ。尊敬してるし、憧れの人でもあるわ」
わたしは布団で横になった。
すぐに腕がわたしを引き寄せる。
「俺も花菜ちゃんに尊敬される人になりたい」
「もう尊敬してるよ。わたしを救い出してくれて、守ってくれる王子様だよ」
唇に何度も唇が触れる。
戯れるようにキスをしながら、最後は頭ごと抱き寄せられ、わたしは心地よい眠りに誘われていく。
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お読みいただきありがとうございました。
この作品はカクヨムコン7に参加しております。
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面白くて読みやすい作品になるように頑張りますので何卒完結まで応援宜しく願い致しますm(__)m
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