第15話 結論
通されたギルドマスターの執務室は、ロクロラのエイドリアンの部屋とそう変わらない。男女の差こそあれど同じ冒険者だから、仕事場には必要最低限の物しか持ち込まないという考え方が身についているのかもしれない。
俺だって、いまでこそアイテムボックス使い放題だから何でも余裕・予備まで考えて数を揃えるけれど『Crack of Dawn』のマジックバッグしか持ち込めないダンジョンに挑む時にはそれなりに厳選したからな。
執務室の二人掛けのソファに、俺とヴィン。
レティシャは隣の一人掛け。
そしてマグノリアは俺達の正面に腰掛けて、職員がお茶の用意を終えて部屋を出ていくのを待っていた。
薫るのはハーブティかな。
鼻の奥がスゥッとして、爽快感があるのは熱帯の国にぴったりだなと思った。
「……さて、初対面の方もいる事だし自己紹介からさせてもらうよ。冒険者ギルド・チェムレ王都支部のギルドマスターを任されているマグノリア・イワンコだ。一代限りの騎士爵なので平民と変わらない。気を楽にしてくれ」
「あんたも騎士爵か」
俺の自己紹介は今更だろうと思うので、場の雰囲気を和ませる目的で話を振る。レティシャとヴィンの表情が硬いことに気付いているマグノリアも自然と話題に乗って来た。
「実績のある高ランク冒険者をギルドマスターにしようと思ったら騎士爵を与えて一応貴族の仲間入りをさせてしまうのが一番手っ取り早いからな。どこのギルドマスターと懇意にしているのか聞いても?」
「懇意ってわけじゃない。しばらくロクロラを拠点にすることにしたからたまに飯を食うくらいだ」
「ロクロラ……ロクロラから来たにしては、随分とチェムレの気候に馴染んでいるようだが」
「『ひんやりポーション』の効果が抜群だからな」
言うと、マグノリアが目を丸くして固まる。
以前にも誰かのそんな顔を見たな……、ああ『ぽっかぽかポーション』の時だ。
「……実在、したのか」
「使ってみるか?」
アイテムボックスから三本取り出してマグノリアの前に差し出すと、彼女はものすごく困った顔をした後で「いや……」とそれを俺の方に押し戻した。
「適正な対価を払える余裕がいまはない……機会があれば、改めて研究用に売ってくれ」
「わかった」
彼女の人柄も何となく。
『Crack of Dawn』での定型文しか言わないNPCとは違う、生身のマグノリアを垣間見て少し安心した。たぶん信じても良い相手だと思う。
収納されて消えた『ひんやりポーション』の残像を名残惜しそうに見ていたマグノリアだったが、吐息を一つ。気を取り直したようにレティシャを見遣る。
「君達もロクロラから?」
「は、はい。ええ。ロクロラを拠点にしているBランク冒険者のレティシャよ」
「Bランクのヴィン。家は帝国だけど、カイトの側にいると興味深いんで移籍を検討中」
「えっ」
「マジか」
レティシャと俺が驚いて聞き返すと「ホントだよー」とヴィン。
マグノリアが首を傾げる。
「君達はパーティじゃないのか」
「あー……そういう話はした事がなかったな」
「そうね」
「お、組んじゃう? 組むなら今すぐ移籍するけど」
「軽い……」
冒険者は、登録した土地がまず最初の拠点になる。
レティシャのようにキノッコに家があり、家族があると拠点の変更なんて必要ないのだろうが、ヴィンのように依頼書一枚で世界を飛び回るのが大半の冒険者であり、各国はモンスターの脅威から自分達を守るために一人でも多くの高ランク冒険者を自分の土地に引き留めたい。そのため、拠点からの招集には絶対に応じるという条件の代わりに現地ではいろいろと特典がつくのだ。
このシステムは『Crack of Dawn』にもあった。
例えば素材の買取金額が高くなるとか、メリットの多い依頼を優先して回してもらえるとか。
そして何より、未攻略ダンジョンを他所の冒険者には解放しないなんて土地もあるので、パーティを組むなら拠点は同一が基本。行動力のある冒険者ほど拠点がころころと変わるのは一般常識と言ってもいいだろう。ただしSランクに関してはゲームの仕様上の事情もあって『どこにでも駆け付ける代わりにどこでもフリーパス』なんだけどな。
ちなみに拠点の変更やパーティ結成は全国のギルドにある例の魔道具で簡単に行えるから、ヴィンの拠点を、チェムレにいながら帝国からロクロラに移す事も可能だ。
そしてダンジョンに挑むなら最低でも四人のパーティを組まなければならず――。
「……もう一人、パーティメンバーにあてはあるだろうか」
マグノリアの、その問い掛けは、言外で俺達にダンジョンへの向かうよう促しているも同然だ。
「明日にはロクロラからもう一人仲間が来る予定だ」
「ランクは?」
「S」
ぴしりと固まったマグノリアは、しかしすぐにその顔を隠すように俯く。
表情に何を乗せたのかは判らないが、抑え込まれた声音はひどく切実だった。
「……せっかくチェムレに来たのだ。ダンジョンで遊んでいかないか?」
「チェムレに未攻略ダンジョンがあるとは聞いていないが」
「未攻略ではないが、最近、特に賑わっているダンジョンがあってな」
「へぇ」
「入った者達が何日も出たくなくなるくらいだ。きっと興味深いものがあるんだろう。Sランクがリーダーであれば出入りは自由だが、興味があれば言ってくれ。場所を伝えよう」
「わかった」
それから他愛のない話をして執務室を出た俺達は、特に言葉を交わすでもなく静かなギルドホールの掲示板の前で立ち止まった。
張り出されている依頼書を一枚ずつ確認していくと、目立つようで目立たない隅の方に派手な装飾がされたものが二枚あることが判った。
派手なのは、それが国王の承認を得ているから。
そしてその依頼内容は――。
『ダンジョンでの労働力。期限無し。人数制限無し。ただし名前に「モブ」と入っている者に限る』
『城の装飾手伝い。期限無し。人数制限無し。ただし名前に「モブ」と入っている者に限る』
国王の承認。
とんでもない額の報酬。
しかも名前が「モブ」ってことは、ロクロラの彼らと同じ、ゲームの演出でしかなかったがために職を持たず、ゲームが現実になった時点で生きていく事が困難になった、いわば弱者。
そんな彼らにこの報酬が、国王陛下の承認付で掲示されていれば、飛びついて当然だ。
冒険者ギルドにしても、ロクロラと同様だったなら溢れかえる新人冒険者の最初の任務先としてこれ以上ない好条件だっただろう。
ギリッ、と奥歯が鳴った。
ダンジョンは、たぶんマグノリアが言っていた場所だろう。
城は、この都にある王城のことだろうか。王の承認があるのだからそうかもしれない。でも俺の勘がこれだと言っている。
日付は一月以上前。
俺達がこっちに来た頃と一致する。この一月以上の間に一体どれだけの人数が戻って来ていないのか。
そして、その事に気付きながらも国王の承認が入っている依頼書を勝手には外せない冒険者ギルド……。
「そういえばロクロラのギルドでも名前に「モブ」って付く人が多いって聞いたけど、何かあるのか?」
「さぁ……でもあまりにも多いので「モブ」ってついている人は改名を義務化するかもって、飛空船で文官の人達が話しているのを聞いたわ」
「へー」
二人の声がやけに遠く聞こえる。
それくらい怒っているのを自覚する。
イザークは国王陛下が何かを隠しているようだと疑っていた。それは、これだろう。
この世界がゲームから現実になって、しかしその事実も、経緯も、この後の予定も知らされていない住民達は――名持ちのNPCだって混乱して当然だっただろう。
そこに事情を知っていそうなSランク冒険者が現れれば縋りたくなるのも当然で、例えば職の無い「モブ」の彼らを雇うから国の承認を寄越せと言われたらその通りにするしかなかったのかもしれない。
でも、もういい加減に気付いたはずだ。
ダンジョンから戻らない人達がいる。
親が不在で飢える子ども達が。
そして、昨日のあの光景が。
臭いが。
信じる、信じないではなかった。
戦争を仕掛ける気かと本気で疑っているのでもない。
この国の王は、自分の罪を認める気がないだけだ。
ぶわりと周囲に風が起きる。
「カイト落ち着け、魔力が漏れてる!」
「また凍らせる気?」
「すまん……だが……」
拳を握る。
考えれば考えるほど抑えが利かなくなる。
まさかと、魔力の放出ついでに周辺一帯に索敵を掛ければ幾つも引っ掛かって来る、こちらを監視する者の気配。城から付いて来ていた目に見える監視役だけじゃない。
更にはギルドを監視している者もいる。
マグノリアは遠回しに伝えて来たけど、たぶん俺達が気付いた事に気付いているだろう。
相手はどう出る?
ここからは時間との勝負だな?
「……ヴィン、レティシャ。俺と一緒に国家級の犯罪者になる気はあるか?」
「随分と刺激的なお誘いだねぇ」
「まず何をするかによるわ」
にやりと笑う二人は、きっと判っている。
「まずは神獣を呼んでチェムレの半分を奪う」
国民に苦難を強いるのは本意ではないが、チェムレ王に遠慮など不要だろう。ついでに使徒の座が一つになった時点で、この国の使徒候補に変化が現れるなら今後のためにも知っておくべきだと思う。
「召喚方法は判るのかい? 銀龍様の時には山の頂上だったけど」
「召喚しなくても、もう目に見えているだろ」
チェムレの神獣は巨大な亀。
この国そのものが神獣の甲羅。
「だったら試しに呼び掛けてみようと思ってな」
俺はギルドをの建物から出ると、火傷しそうなくらい熱い砂土の道に手を付いて魔力を流す。
「
光魔法を発動した。
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