第13話 報連相(後半胸糞悪し注意)

「それ、もう魔王云々の問題以前の話じゃねぇか⁈」


 思わず大きな声を上げてイザークとレティシャを驚かせてしまうが、謝るのは後だ。


「魔王になってチェムレを支配したいのか、神獣を腐らせて大陸を沈めたいのか、どっちだよ!」

『さてな。それは本人に聞かねば判らぬが、魔王を悪の権化にしたいのなら方法としては正しいのではないか。あのような意味のなさぬ落書きに百人以上を生き埋めにし神獣を腐らせたのだ、悪名をあげるには充分だ』


 その光景を思い出してまた気持ち悪くなるが、……落書きだって?


「あの魔法陣が落書き?」

『二ホンとやらで見た何かを真似たのではないか?』

「でも魔王誕生……誕生? 召喚じゃない……」


 自分で自分の発言に混乱する。

 頭の中がごちゃごちゃしてきたが、システムは『魔王誕生を一時的に阻止』と示した。つまり顔も知らない使徒候補本人が魔王になりたいってこと、だ。

 タルトは言う。

 魔王を魔王たらしめるのは、その所業。

 その名を悪名として轟かせて自らを恐れ奉らせたいのなら、今回の行いが明るみに出れば効果的だった、と。


『ただし疑問は残る』

「と、仰いますと?」

『使徒にもなれぬ愚か者が神獣の存在をどのように知ったのだろうな。他の国ならいざ知らず、チェムレの神獣は国旗を見て判るものではないし、常に足下にいる。使徒候補の行いを認めた場合に限り姿を現すとファビル様と約束していたはずだ』

「……ではチェムレの使徒候補は、そうとは知らず国民を生き埋めに? 神獣様を腐らせるという目的でなかったのなら一体何のために……悪名のためだけ、ということでしょうか?」

『判らん。知りたければ本人に聞くしかあるまい』

「しかし聞くと言っても……」

『おまえは何を聞いていたのだ』


 俺が頭の中を整理している間、イザークとタルトが話している。


『この国は神獣の背中だぞ? 召喚して使徒候補の居場所を聞けば良いではないか』

「召喚……それは、その、……どなたが……」

『カイトしかおるまい。ついでにフィオーナも呼んでしまえばチェムレにも守護が及び、くだらぬことをしている使徒候補は候補の資格も剥奪されて無力化するのではないか。まぁロクロラの使徒に魔力を使わせるのだ。チェムレには属国となるぐらいの覚悟が必要になるだろうが、神獣が死んで大陸ごと沈むよりは良かろう』


 軽く言っているが完全に国際問題だ。

 使徒候補に巻き込まれただけで他国の支配を受けるというのはチェムレの人たちが気の毒だが、ここの王族ってどんな感じだったかな。

 身分差はかなりはっきりと線を引いていた気がするけど。


「?」


 ふと、服の袖を引っ張られて顔を上げると、心配そうなレティシャと目が合った。


「どうした?」

「……急に黙り込むから、まだ具合が悪いのかと思って。大丈夫?」

「ぁ、ああ。体調は全く問題ないよ。ただ……召喚するのは良いんだけど、俺が召喚した時点で守護をする一人は俺に確定してしまうから、例えもう一人がチェムレの使徒候補から選ばれたとしてもロクロラの関与は避けられないな、と」


 もう一人も人を雇って鉱山で宝石を掘らせているんだったか。証拠がないので今後の調査は必須……。


「まさかと思うけど、埋められていた人達の中にフーリャの両親がいたなんて事は……」

「いいえ、それはなかった」

「そうか……」


 良かったとも言えないが、少なくともあの子達の希望はまだ潰えてない。あの魔法陣、じゃなくて落書き? そこに居なかったと言う事は、宝石発掘に関与しているのは使徒候補ではない可能性もあるのだが、使徒候補だった場合のことを考えると、例え強い力を持った自分に酔ったんだとしても二人の行動は理解出来ない。


 使徒候補は、ゲームでSランク冒険者だった当時の能力こそ持つもののあくまでも使徒候補に過ぎず。

 その土地に貢献し、千ポイントを獲得した段階で使徒の称号を得る。

 で、俺の場合は千ポイントを得るまでの過程で神獣に至る情報を掴み、神獣を召喚し、契約。

 俺個人はタルトがいつフィオーナを認めたのか、そのタイミングを把握していないのだが、あの朝――フィオーナが使徒の称号を得たのだろうタイミングで守護が発動したと言う事は、その時点でタルトは俺達二人を認めていたということになる。

 永雪山スノウマウンテンで戦闘したし、防御力に関しては褒めていたから、そのせいもあるのかもしれない。


 で、今回のチェムレだけど。


 俺はロクロラ使徒として、ロクロラの神獣と一緒に此処に来た。

 チェムレには使徒が不在で、使徒候補もよく判らず、神獣は瀕死。

 神獣を召喚する条件が「使徒であること」なら俺にはいますぐに可能だけど、それを実行した時点でこの国の使徒候補はどちらかが不要になる。

 タルトが言ったように、フィオーナを呼んでロクロラの使徒二人がチェムレの使徒の座も奪ってしまえば、チェムレの使徒候補は二人とも不要だ。


 六つの大陸に、六匹の神獣。

 六つの大陸に、十二人の使徒候補。

 その均衡が維持されている間は良いけど、いまここで俺が二匹の神獣と契約して、俺とフィオーナが二つの国の使徒になったら。


 座を失ったチェムレの二人はどうする。

 俺達が此処を奪うみたいに、他の国の使徒の座を奪う? そうなったら俺達が他所の国に迷惑を掛けることになる。

 それともタルトが言うように座を失った時点でチェムレの二人は無力化するんだろうか。だったらすぐにと思わないでもないけど、結局、ロクロラとの国際問題が生じてしまう。


 厄介だ。

 なんでチェムレの使徒候補は自分の存在意義を自ら失くすような真似をしたんだ。


『はぁ……おまえが何を考えているのか判らないではないが、ハッキリ言って、考えるだけ無駄だぞ』


 タルトが言う。


『他人の考えなど、本人に聞かねば知りようはない。ましてこの国の大事に関わること。いまこの段階で、おまえよりも使徒と使徒候補に関する情報を持っている人間はこの世界にはいないし、おまえ以上に情報を得られる環境もない。おまえの判らぬことは他の者にも知りようがない。つまり、なるようにしかならん』

「……円滑な任務遂行には報連相が大事なんだぞ」

『それでもおまえは使徒となり、私を召喚した』


 断言。

 イザークも頷いている。


『チェムレに送られた使徒候補も、しっかりとその役目を果たしていればなんの問題も無かったのだ。ファビル様の意志に従えば降り立った国を守護するに至った。使徒候補全員にそう出来る条件は揃っているのだからな』


 デバッグスキルとか、そういうもののことだと判る。


『もっと単純に目の前の事実だけを見ればいい。神獣が死に掛けて大陸そのものが沈もうとしてるからそれを回避するだけだ。その後の問題はそれぞれの専門家に丸投げしてしまえ』

「そう、ですね。それは我々の仕事です……丸投げは困りますが」


 苦笑する第三王子。

 レティシャも。


『とりあえず、……そうだな。シンプルに今すべきことを伝えるならば、……私の同胞を救ってくれカイト』

「……ん」


 シンプルには、シンプルに。

 そうだ、死にそうになっているのは放っておけない。


「でも実行する前にチェムレの上層部にもちゃんと報告と相談だぞ」

『む』

「むっ、じゃねぇ」

「そちらは私がしておこう。さすがに大陸が沈むと言われれば拒否は出来ないさ」

「あと、神獣二匹と契約するって大丈夫なんだろうな」

『それはおまえ個人の変化だから問題あるまい』

「俺個人のなんだって?」

『魔力量が少なからず人間の枠をはみ出るだけだ』

「大問題だよ! 報連相!」


 うちの神獣がひどい!



 ***



 ガンッと乱暴に扉が開かれて、入って来るなり男が怒鳴る。


「てめぇっ、邪魔するなってわざわざ書いといたのに何しやがったクソ!」

「は……?」

「誤魔化す気かっ、しかも辺り一面凍らせやがって!! いつの間にあんな魔法使えるようになりやがった⁈ また何か隠してんのか!!」

「……意味わかんない言いがかりは止めてよね」


 胸倉を掴まれた女は、圧倒的な体格差があるにも関わらず男の手を払い除けて淡々と言い返す。


「私はもう何日もダンジョンここから出てないのよ? その私がどうやってあんたの邪魔するって言うの」

「魔王城の正面にガイコツオブジェ作ろうとしたのに辺り一面氷漬けにしただろう!  せっかく背景に良さそうな密林を見つけたってのに……」

「してないわよ」

「嘘つけ、ここであんな真似出来るのは俺かおまえしかいねぇ!!」

「知らないったら。大体何なのよ、そのガイコツオブジェって」

「ハッ。何だかってホラー映画に逆さまに埋まって足だけ出てるシーンがあってな、真似してやろうと思ったんだが何やっても足が伸びねぇからガイコツにしたんだよ」

「意味わかんない」

「魔王城には恐怖感が必要だろ!」

「ぜんっぜん意味わかんない」


 言い合いながら、女は大きな欠伸をする。


「失敗したなら他の場所にすればぁ? モブなんとかってキャラならいっぱいいるんだから何人でも使えばいいじゃん」

「魔王城を作らせるのに人手がいるだろ!」

「欲しいのがガイコツだけなら、あっちで死にそうなのとか連れてって良いよ。すぐに動けなくなるんだもん。モブのくせにお腹空いたとか眠いとか、人間ぶっててめっちゃウケんの。名持ちNPCなら作業捗るのかなぁ」

「名持ちには手を出さないって女神やキングのおっさんと約束したろ」

「約束とかウケるー」


 女はきゃらきゃらと笑うが、ふと思い出したように「あれぇ?」と首を傾げた。


「氷魔法っていえば、特殊クエストで取得出来るとかってウワサあったよねぇ」

「あぁ? あれってマジなのか?」

「知らなぁい、魔法興味ないし」

「……おまえほんっと宝石しか興味ないのな」

「ふふふっ。きのー完成したんだよ、ルビーのランプ。次はダイヤのベッドとか、サファイアのネコ足バスタブ作りたいのぉ」

「趣味悪ぃな、おまえ」

「ガイコツオブジェの人に言われたくないでーす」

「うっせぇ」

「あは~。あ、もしかしたら私達みたいな悪い子が追加されたのかも?」

「は?」

「あんたのガイコツオブジェの件。こんなところにまともな人は来ないでしょ。そいつ、きっと地球で魔法使って学校ぶっ飛ばしたいとか思って、爆弾仕掛けようとしてたんじゃない? それで連れて来られちゃったんだよきっと」

「……なるほど、それなら納得だ。ってことは挨拶しねぇとだな?」

「うんうん」

「俺の魔王城計画をやり直しさせられるんだ、相応の反省してもらわねぇとな」――。


 チェムレの南方に位置するとあるダンジョンの、とある階層。

 二人の男女は己の無知を知らなかった。

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