灼熱の太陽の国チェムレ編

第1話 街は冬祭りの準備中でした

「カイト!」


 遠くからの呼び声に顔を上げると、大勢を率いて北門に向かってくる冒険者ギルドのマスター、エイドリアンの姿があった。

 恐らく周りにいるのは急ぎで集められた冒険者。

 北から巨大な影が飛来するのを見て緊急事態に備えたんだろう。

 悪いことをしてしまった、……と反省したのに。


「やっぱりおまえか!」


 やっぱりってなんだ。

 少しムッとする。


「いつも俺が悪いみたいに言うな」

「悪かねぇが俺の胃をしくしく言わすのは最近じゃおまえだけなんだよ」


 言いながら、殿下が同行していることを思い出したのか慌てて姿勢を正すエイドリアン。お忍びだからあからさまな態度を取る事は無いが、それでも目礼くらいは、な。

 殿下もそれは判っているから何てことないみたいに口を開く。


「カイトの肩にいるその子の件で緊張させてしまったんだろう、すまなかった」

「いえ、いや……って、その肩のちっこいのが、さっきの巨大な奴だって……? いや、というか、まさかと思うが……ぎ、銀龍、か?」

「さすがギルドマスター、話が早い」

「くっ……」


 褒めたつもりなのに眉間にすごい皺を刻まれた。

 解せぬ。


「俺は約束を守っただけだぞ」

「約束って……いやまぁそうだろうけどよ……」

「積もる話もあるだろうが、エイドリアン。申し訳ないけどカイトはしばらく借りるよ」

「借りる、ですか?」

「そう。俺の家で打ち上げだ」

「家……」


 エイドリアンの顔が強張る。

 そりゃそうだ、殿下の家って言ったら城だ。城に招かれるなんて普通に生活していたら有り得ない。


「ジャック、アーシャ、レティシャ、それにヴィンもだ。近い内に迎えに行くが、普段は何処に居るんだ?」

「うちは商業区の食堂だ」

「俺は港近くの宿屋にいるよ、かまくら亭ってとこー」


 殿下の問い掛けに親父さんとヴィンが順に答える。それなら俺もその時までは街に居たい。


「俺はジャックの食堂から左三軒目の宿屋にいると思う」

「一緒に来ないのか?」

「俺にも準備がある」

「ふむ……」


 そんな不満そうな顔をされても困るのだ。と、意外にも助け船を出してくれたのはエイドリアンだった。


「ここで解散するなら、カイトにはギルドに来て欲しいんだが」

「ギルド? 講習会関係で問題でも……あ、家か?」

「家はまだだ。いくら何でも帰って来るのが早すぎる。そうじゃなくて、各国のギルド経由でお前宛に複数の手紙が来てる」

「手紙?」


 思い掛けない話に驚いたが、差出人を聞いて更に驚いた。


「ジパングとオーリアとトヌシャからだ。一年前の密売組織絡みの事件の時に、おまえと一緒にいた奴らの名前だった」

「え、それって……まさかシン? アン……はシンと一緒か。じゃあロマノフだろ、三通ならもしかしてランディも……」

「カイト、それってもしかして」

「ああっかじ……っと、そう、友人だ」


 先刻の、タルトの背で交わした会話を思い出して職業を伏せた俺に殿下は頷く。これはもう今すぐ一緒に城に来いとは言えなくなっただろう。


「わかった。君にも後で迎えを送る」

「おう!」

「ではまた後で」

「おつかれさーん」

「気を付けて帰れよ」


 各々が解散の言葉を投げ合いながら、それぞれの帰路に付く。親父さんは店の常連でもありそうな冒険者に支えられて家路を行き、アーシャとレティシャがその後ろを付いて行く。

 見送っていたら、そっと振り返ったレティシャと目が合った。

 思わずドキッとしてしまい反応に困ったが、片手を小さく振ると、驚いたように見えた。それから少しだけ口が動いて何かを言ってたけど、残念ながら読唇術は身に付けていないので判らないまま。

 首を傾げて見せたら、大人びた表情で笑われる。

 俺達の銀龍攻略パーティは、こうして解散したのだった。



 ***



『シンからカイトへ

 元気か?

 ロクロラで若い冒険者が職業相談講習会ってのを開いたって聞いたが、たぶんおまえだろうと思ってこれを書いてる。カイトじゃなければこっちに戻してくれって頼んでいるんで、俺のところにこれが戻って来なければ、そういうことだよな。

 いろいろと話したいことが毎日どんどん増えて行っているが、まずは所在確認だ。

 俺の方は、もう判ってるだろうがアンと一緒だ。

 ジパングにいる。

 おまえが誰と組んでいるのか不安がないではないが、おまえなら大丈夫かなとも思ってる。

 俺達の心配は要らないからおまえはおまえで楽しめ。

 またとないチャンスだ。

 いつかこっちの世界で会おうぜ。』



『ロマノフからカイトへ

 聞こえてくる噂から、たぶんロクロラにいるのはおまえだろうと思って手紙出す事にしたんだけど、SNSと違って、何を書けばいいかすっげぇ悩む。

 えっと、元気か?

 俺は相棒がゲオルグの変態だってこと以外は平和にやってるよ、これほんと毎日言ってんだけど、なんで俺の相棒がおまえじゃないんだよ!

 いまからでもどうにかならないかな⁈

 一応、オーリア国内は可能な限り見て回るようにしてる。そのおかげ? そのせい? どっちでもいいけど使徒って称号もらった。二の翼ってあったから、おまえが一かなって思ってんだけど、どーよ。

 ロクロラには山越えしなきゃならないんで気軽に会いに行ける気がしないんだけど、変態野郎の矯正が済んだら何日か任せてそっち行けたらと思ってる。

 それまで怪我とかしてんじゃねぇぞ!』



『ランディからカイト君へ

 こんにちは、お元気ですか?

 トヌシャ国にエリアルと共に転移したランディです。ロクロラから移動して来た冒険者の話を聞いて、君がいるのではと思い筆を取りました。もし本当に君が隣の国に居るのなら、これほど心強いことはない。俺はともかく、エリアルは慣れない環境で精神的に疲れて来ているようだし、君になら、会えたら嬉しいと思うんだ。

 あと、もしフィオーナと、ロマノフ、シン、アンに会う機会があったら、エリアルがトヌシャにいると伝えて欲しい。彼女が心許せる相手は多くはないから。それぞれ忙しいと思うから会うのは厳しいだろうけど、友人が同じ世界にいると実感するだけでもホッとしてくれると思うんだ。……なんか、自分勝手な内容ばかりでごめんね。

 君も大変だと思うけど、どうか無事で、健康に気を付けて、君が愛してやまないこの世界を楽しんでください。

 いつかきっと会いましょう。』



 ***



 エイドリアンの執務室で、いつもの皮張りのソファに座りながら『鍛冶師』のシン、『甲冑師』のロマノフ、そして『彫金師』のランディという順番に手紙を読んでいて、ちょっと不思議な気分になった。


「……んん? ランディってエリアルと……んん⁇」


 確かに気を遣ってると言うか優しく接しているのはヘッドホン越しに何度か聞いているけど、……へー?

 ちょっとニヤニヤしてしまった。

 今度会ったらからかってやろう。


 そんなことを考えていたら、傍で珈琲を飲みながら一服していたギルドマスターが怪訝そうな顔になる。


「なんだよ、他所でも問題か?」

「いいや、問題が起きてるような事は何も。ただの所在確認だな」

「ふぅん」


 エイドリアンは手紙が覗けるような距離には決して近付いて来ない。礼儀や、ルールがそうなんだろうけど、中身を追及して来ないのもありがたい。

 まぁ見られたところで日本語だから内容がバレる心配はないと思うけど。

 っていうか、ロマノフが二の翼か。

 タルトの確認通り、オーリアにいる。

 ということはもう一人はジパング……シンかアンのどちらかが三の翼の可能性が高まったんだが、そういう情報は、ない。


「……エイドリアン、この手紙をジパングから送って来たとして、何日前くらいに出されたと思う?」

「海を越えてだから一週間以上は前だろうな」

「一週間前か」


 となると、その後で称号を獲得したのかもしれない。


「タルト、三人目が男女どっちかは判るか?」

『魔力の強弱は判るが性別は判らぬ』

「そっか」


 今は俺の横でソファに寝そべっているタルトがあっさりと答えてくれる。それを聞いていたエイドリアンは、とても何かを言いたそうにしつつも、城に呼ばれているという事実を前に自制している。

 そりゃあ聞かれても答えられないからな。


 それにしても使徒候補だろと思っていた八人が国境を接しているロクロラ・トヌシャ・オーリア、そして海を挟んで隣のジパングで揃ってしまった。

 ってことは誰かも判らない残りの四人が灼熱の太陽の国チェムレと、ウラルド帝国に居るって事になるのだが、本当に、誰なんだろう。


「エイドリアン、最近のチェムレと帝国の情報ってあるか?」

「チェムレなら水の魔石を融通して欲しいって依頼があるぞ」

「水の魔石?」

「ここ一月まったく雨が降らない上に、川が干上がったらしい。水不足だから水の魔石が必要なんだろう……、持ってるか?」

「持ってるぞ、1,500くらいなら」

「そうか……そうだよな。おまえだもんな」


 エイドリアンが溜息をついた。

 ひどい。


「タルト、チェムレまでどれくらいで行ける?」

『チェムレとはどのあたりだ』

「海を挟んで隣に小島があっただろう? その島の、ずっと南の方にある大きな大陸なんだけど」

『ふむ……まぁ全速で飛べば二時間ぐらいか』


 永雪山スノウマウンテンからここまでゆっくり飛んで帰って来たのと同じくらいの時間で飛べるってか。

 それなら日帰りも可能だし、担当地域であるロクロラを離れても大丈夫か。あぁでもタルトの魔力量も確認しないとダメだな。


「帝国の方は」

「あっちは最近になって特に情報が入って来なくなった」

「……なんでだ?」

「ギルド経由で確認中だが、どうもキナ臭い。上層部は内乱が起きたんじゃないかと予想している」


 ヴィンも、いつだって火種が燻っているのが帝国だって言ってたもんな。そんなところにシンやロマノフ達が行ってなくて良かったと思うけど、誰かも判らない担当者が心配にならないわけじゃない。

 同郷の誼で、やれることがあるなら協力したいところである。

 そんなことを考えていた俺は、執務室の壁に、部屋の主には似合わないファンシーな飾り付けがしてあることに気付いた。

 子どもが折り紙で作るチェーンみたいなやつの布バージョンと、パッチワークって言うんだっけ、そういうデザインの人形用のドレス?


「あれは何だ?」

「え? ああ、明日の冬祭りのための飾りつけだよ」

「明日の祭り……って」


 ふと、レティシャが以前に教えてくれたことを思い出す。銀龍の悲しみを少しでも慰めようと、街の女の子達が歌ったり踊ったりするって。


「そっか、そういう時期なのか」

「ああ。おまえも予定より早く戻って来たし、せっかくだから参加したらどうだ? まぁ……銀龍様がそこにいらっしゃるなら祭りの意味は……とは思うが」


 エイドリアンに視線を受けたタルトはフンッと鼻を鳴らす。


『奉納されても困るが、歌も舞も嫌いではないぞ』

「見に行くか?」

『おまえが参加するのなら行くしかあるまい』


 つーんとそっぽを向くタルトの態度にエイドリアンは固まり、俺は隠れてこそっと笑ってしまった。

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