閑話 オーリアの現在 side『革細工師』『甲冑師』
ありえない。
それが『Crack of Dawn』で唯一の『革細工師』という職業を得たゲオルグの正直な最初の感想だった。
「マジかぁ異世界転移……」
ノスタルジックな雰囲気漂う石畳の道は坂が多く、建物は煉瓦造りが大半なため一見すると積まれた石だらけなのだが、そこは元がゲームだったせいか、石の色合いがとても多彩でバランスよく配置されているため、一言で言えば美しい街並みだ。
それでいて、坂道の側面の補強なのだろう石壁が煉瓦造りの塔や民家が建ち並ぶ通りの正面をぐるりと囲んでいるため、迷路を歩いているような不思議な気持ちになる街――ゲオルグは、此処を知っている。
「アルフォンスきゅんの街……!!」
一九〇センチを超える長身に、鍛え抜かれた筋肉質な体躯は着痩せするタイプで、大剣を背中に担いだ顔に傷を持つ見た目四十代の男が、アルフォンスきゅんと叫んで頬を染める。
不気味極まりない言動は更に続き、彼は自分の股間に意識を向けた。
「つ、ついてる……!」
何が。
もちろんナニである。
「えっ、ほんとに? わたしゲオルグで転移なの? 男になれたの??」
今すぐに鏡を見たい。
いや、鏡など見なくとも、自分が龍種の脱皮を素材にした、甲冑よりもよほど頑丈な皮鎧を装備した剣闘士ゲオルグなのは、自身を見下ろすだけで判った。
本気で「ありがとう女神様」と空に向かって仰ぐ。
まだ件のアルフォンスが此処にも実在するのかは判らないが、見覚えのあり過ぎる街の景色に、期待せずにはいられない。
「半年だっけ? 望めば永住も出来るって言ってたよね。ってことはアルフォンスきゅんを口説き落とせたらあんなことやこんな事も出来てあの可愛いお顔を……っ、異世界転移バンザーイ!!」
拳を握った両手を空に突き上げ、喜色に満ちた声を張り上げた。
女神様ありがとうを何度繰り返したか判らない。
アルフォンスというのは、この街――オーリア国の北のはずれにあるタターヌヒルの冒険者ギルドで働いている職員で、長身痩躯。肩上で揃えた柔らかな茶髪が隠す面立ちは可愛らしいの一言に尽き、その顔をコンプレックスにしている彼が持っていた特殊クエストをクリアしたのは他でもないゲオルグだ。
顔を他人に認識されたくない。
そのために認識阻害ポーションを作りたいのだが、材料が足りない……そんなわけで友人である『採集師』カイトも巻き込んだ。
相手がNPCである以上、会話が成り立たないのは百も承知だが、立ち絵に一目惚れしたゲオルグは『Crack of Dawn』にログインする度に彼に話しかけるのが日課になった。
アルフォンスとゲオルグが並んでいるだけで、中の人の妄想は捗る。
そういうのは得意なのだ。
何せ年末の大型イベントでは売り手側になるBL作家、腐女子であるからして。
「アルフォンスきゅん……!!」
今すぐに彼の存在を確かめたくてギルドに向かう。
街の地理は完全に把握している、迷うことなど有り得ない。ただし、完全に興奮しているゲオルグは街に人気がないことにまるで気付かず、勇んで飛び込んだ冒険者ギルドが無人だったことで、ようやく其処がおかしいことに気付いた。
「い、いないの……?」
泣きそうになった、その時。
女神からのメールを受け取って、ゲオルグもまた体力と魔力を根こそぎ持っていかれた。
ギルドのホールで気絶した彼は、その後、目覚めた瞬間に自分を心配そうにのぞき込んでいたアルフォンスと視線が重なり、涙した。
以来、ゲオルグはアルフォンスを口説き落とすために問題の悉くを我先にと解決していった。
その過程で『革細工師』がタターヌヒルに滞在中だという噂もオーリアを中心に広がっていき――。
「アル、愛しているんだ。今日こそ俺の気持ちを受け止めて欲しい」
「ダメです、貴方には私なんかよりお似合いの女性がたくさんいるじゃありませんか」
アルフォンスが仕事を終えての帰路、送っていくと言い張って隣に並んだゲオルグはいつものように口説いていた。
転移してから二十日ほどが経っていた。
「他の誰が何と言おうと、俺の心は君のものだ」
「そんな……」
「いいかい、アル。俺は――」
「まさかまさかと思ったら本当におまえかよ!」
ガンッという強い衝撃が後頭部に来たのと同時、忌々しそうなイケメンボイスが怒鳴った。
「は?」
デートを邪魔するなと苛立ちながら振り返った先にいたのは、専門外にも最高級品だと判る甲冑を身に着け、自分と同じ鍛冶師が鍛えた大剣を担いだ、見覚えのある男の姿。
自分と違って明らかに筋骨隆々とした逞しい体躯、刈り上げた金髪。
なるほど画面を通してではなくリアルだとこんな感じになるらしい。
重騎士ロマノフ、二つ名を『甲冑師』。
「よぅロー」
「ローじゃねぇよ腐れオヤジっ、てめぇアルフォンスに熱中し過ぎて此処に居る本来の目的忘れてんだろ!!」
「目的?」
「デバッグ!!」
「デバ……ああ、そういえば」
「そういえばじゃねぇよアホが!!」
「まぁまぁ。ここで怒られると目立つから俺の家に行こう。いいとこ借りたんだぜ。アルもよければ一緒にどう?」
「いえ、私は……」
退こうとしたアルフォンスを引き留めたのは、意外にもロマノフだった。
「頼むから一緒にいてくれ。でないと俺はこの変態を半殺しじゃ済ませられそうにない……!」
「えぇえ……半殺しは確定なの……?」
「おまえがサボってたツケが俺に回って来てんだよ、なんで俺のペアがおまえなんだよ、なんでカイトじゃなかったかな……!」
「あ、やっぱカイトもこっち来てるんだ?」
「あいつはロクロラだ! たぶんな!」
何がたぶんなのかゲオルグには意味不明だったが、家に二人を招いてからの話を要約するとこうだ。
ゲオルグがアルフォンスに良い所を見せたくて、ここタターヌヒル周辺の依頼を片っ端から片付けている間、この周辺以外の不具合はロマノフ一人で対処していた。
冬間近で火の魔石が心許ないという問題一つとっても、それを王都から近郊の町村にまで足を運んで配り歩いたロマノフと、アルフォンスに全部貢ごうとして本人に断られ、必要分以外返された魔石をアイテムボックスの肥やしにしているゲオルグ。
モブなんとかというNPCが職に困っていると言う話については、陸続きのロクロラから移動してきた冒険者、商人達が話題にしていた作戦を、ロクロラの冒険者ギルドとも連絡を取り合って対処したことで事なきを得たらしいが、これにも微力ながら協力したロマノフと、モブなんとかというNPCの存在すら気付いていなかったゲオルグ。
更には各地に依頼として張り出される難易度高めの問題も、ここら周辺以外は全部ロマノフが片付けて来た。
おかげで、転移して二十日ほど経った朝にいつものシステム通知が届いていたロマノフは、貢献ポイントが千を超えたという理由で『創世神の使徒・二の翼』という称号を得たと、これは同席するアルフォンスに聞こえないよう小声で伝えられた。
これに対してゲオルグの反応は「へぇ」の一言。
ロマノフの蟀谷が引き攣った。
「おまえさぁ……ほんとさぁ……っ」
「いやだって俺らちょっと珍しい職業持ってるだけじゃん? 単純に強かったり、それこそ賢いとか、他にも相応しいヤツはいたはずじゃん? 愛情云々って言われたけど俺が愛しちゃったのはアルフォンスだし、それこそカイトみたいなクソでかいものはないわけよ」
「それがサボっていい理由にはならねぇだろ⁈」
「そうは言うけどさー」
明らかに面倒臭がっているゲオルグ。
イライラしているロマノフ。
そしてアルフォンスは何も言わずに立ち上がり、出口へと向かう。
「アル?」
どうしたの、と呼びかけるが、応えたアルフォンスの視線は完全なる軽蔑の色を滲ませていて……。
「あなたのような人に心を寄せられた我が身が憎らしいです」
「え……」
「二度と話しかけないでください」
「――」
固まったゲオルグと、まるで縁を切る刃物のように残酷な音を立てて閉じた扉。
ロマノフは「まぁ自業自得だな」と、少しだけ溜飲が下がるのを自覚する。
「そ、……そんな……っ、待ってアル! 俺頑張るよ⁈ いまから頑張るからチャンスちょうだい……!!」
情けない姿ではあるが、きちんと男になり切っているらしい擬態っぷりだけは認めてもいいかもしれないと思うロマノフだった。
以降、ゲオルグをタターヌヒルから連れ出してオーリア国全体の平穏と安全確保に駆け回ったロマノフ。
二人が国内で立て続けに誘拐、失踪が相次いでいると言う話を聞くのは少し先――新年を迎えた直後のことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます