閑話 ジパングの現在 side『薬師』『鍛冶師』
目の前に広がっているのは刈り取りが終わった後の寂れた水田。
遠くには強い風が吹けば飛んでいってしまいそうな木造の掘っ立て小屋が一軒。秋も深まる十一月という時期もあり、田んぼより一メートルくらい高い位置にある歩道は正に畦道。枯れた色が目立つ雑草も、転がっている石ころも、剥き出しの土の道も、見れば見るほど時代劇のワンシーンのようだった。
ただし、人気は皆無なのだが。
「……これ、本当に転移なの……?」
平静を装っても隠しきれない動揺で震えた声に。
「みたいだなぁ」
「!」
当たり前みたいに返って来た声。いつもヘッドホンや、隣で聞いていた声とは違って剛毅な印象を与える声になっていたが、目に映る姿はいつも画面の向こうに見ていた彼のキャラクターで間違いない。
「シン、ちゃん?」
「おう。あの女神がペア確定だって言ってても不安しかなかったんだが、本当に一緒で安心したよ、アン」
「し、し……っ、シンちゃん……!」
感情のまま勢いよく抱き着くも、シンは少し驚いたぐらいでしっかりと受け止める。
声だけじゃなく、匂いも、心臓の音も慣れたそれらとは違う。
それでも恋人だと実感出来ることが嬉しかった。
しばらくそうしてくっついていたおかげで、動揺も混乱も落ち着いていく。
そうしたら今度はこれからの事が不安になった。
「ここ……ジパングだよね?」
「間違いないだろう」
今にもお供を連れたご隠居さんが歩いてきそうなくらい、江戸時代の日本を模した景色。食文化や生活習慣が馴染みあるそれとほとんど一緒なのは、急に異世界に転移させられた身としてはとてもありがたい。
とは言え……。
「これからのこと。まず、どうしようか」
「日が高い内に寝る場所の確保かな。食事はどうにでもなるが、こうやって見る限り季節は晩秋って感じだ。夜は間違いなく冷えるだろうし、ここにはモンスターもいるからな。出来るだけ安全な場所で休みたい」
「うん。じゃあ、歩こうか」
「そうだな。どっち行く?」
「んー……左、かな」
「理由は?」
「あそこ、橋が掛かってるから」
アンが指さした先には、確かに川を横断できるよう木造の橋が掛かっている。反対側には何も見えないことを考えると、あの橋の先に人の暮らす環境がある可能性はあるだろう。
「オッケ、じゃあ行くか」
二人で相談して歩き始めた二人は、しかし唐突に届いた女神からのメールによって他国の友人達同様に体力と魔力を持っていかれて力尽きた。
しばらく地面に座り込んでいた二人だが、幸いにも旅の一座に拾われて、しばらく共に行動する事になるのだった。
旅の一座の護衛をする代わりに寝床を得た二人だが、Cランクという中堅冒険者を名乗った。人物鑑定にSランクと表示されているからには、たぶんそうなのだろうが、この世界の常識を知らない内は目立たない方が良いという結論に落ち着いたからである。
『薬師』『鍛冶師』という二つ名は決して出さず、目立たない範囲の性能に抑えたポーションや金物で小銭を稼ぎ、倒したモンスターに有用な素材があれば、それだけをそっと保管して、他は焼却処分。盗賊なんかは全員捕縛して見回っている
「実年齢はともかくこの見た目じゃ10代だもんね」
キャラメイクの際に理想を詰め込んで良かったという話である。
そんな二人が常日頃気に掛けていたのは、こちらに来ているだろうと確信している友人、カイトのことだ。
自分達は恋人同士で、女神の計らいもあって一緒に居られるけれど、あの少年はいまどこで、誰と一緒にいるのだろうか。
淋しい思いはしていないだろうか。
「まぁ俺達よりよほど『Crack of Dawn』に嵌まり込んでいたいたんだし、巧くやっているとは思うけどな」
言って、シンは笑う。
「もしかしたら、その内に噂で聞こえてくるかもな」なんて。
そうこうして半月以上――。
旅の一座と別れ、幾つもの島からなる列島国ジパングの、一番大きな島で長屋の一角を借りて暮らし始めた二人は、そこを拠点にデバッグ作業に励んでいた。
作成元が日本のおかげか、ジパングは他の国に比べるとずば抜けて完成度が高いという話は以前からあったが、その恩恵にはゲーム世界から異世界へ進化した現在もあずかれているらしく、困った事態と言うのには遭遇せずに済んでいた。
せいぜいが列島の端の端にある小島で風邪が流行っているのに医師がいないとか、冬を目前にして火の魔石が足りないなど。
一番大変だったのは数十人に及ぶモブ何とかって名前の元NPCに職がないという騒ぎだが、それも最初の内だけで、ロクロラから来た冒険者が『職業相談講習会』というのがあっちでは成功していると話し、これを聞いた上層部がダメ元で試したところ、成功して落ち着いたようだった。
そのネーミングを聞いた時に「あ、転移者だ」とシンとアンが気付いたのは当然で。
「すっげぇ若い冒険者が思いついたらしい」という話には「もしかして……」と顔を見合わせて笑った。
「カイトかな」
「だとしたらすげぇな現役高校生」
自分達も頑張らなければいけない。
そして本当にロクロラにいるのがカイトなら、この世界に居るうちに会いに行かなきゃという気持ちになった。
ジパングはそもそもが小さな島の集まりで、国土は狭いから人口も少ない。
それぞれの島で自給自足できるだけの作物や家畜を育てているし、島から島へは小舟が定期的に出ているし、例えば病が流行ったとしても海で隔たれている他の島に感染する可能性はとても低く、それこそ医師のいない島で病気が流行ったとかでもなければ問題になり難い。
しかも、他国に比べて名持ちのNPCが多いのだ。
それはつまり生活出来ている国民が多いということで、……二人は、言ってしまえば油断していたのだと思う。
「城に『先読みの神子』様が現れたそうだ!!」
唐突に聞こえて来たその話が、まさか二人を謀略の渦に巻き込むとは想像もしていなかった。
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