第25話 晴れた空
『乗れ』と、タルトが言い。
さっきボロボロにされたのが尾を引いていて即答出来ずにいる殿下達にイラッとしたのか、問答無用で尻尾で巻き上げ、自分の背に放り投げたのが十分前。
タルトはたった十分で俺達六人を背に乗せて
背中の上なんて、風の抵抗を受けてどれだけ痛くて苦しい環境になるのかと思ったけど、
光魔法やポーションで傷は癒せてもダメージに伴う疲労は抜けないし、最悪、頂上で一泊してから下山を開始することもやむを得ないと思っていたから、運んでくれるのは正直に言うと有難かった。
まぁタルト曰く『私を野宿させる気か』と、自己都合による判断だったようなので、眷属としてそれでいいのかと、落ち着いた頃にゆっくり話し合うつもりだ。
一方で、巨大な銀龍――世界の最恐種が龍族という扱いなので実際は銀龍じゃないけど銀龍で通す事にした――の背に乗って帰って来た俺達に気付いた町の人たちが、ものすごく興奮して手を振っている姿を見た時には感動してしまった。
恐怖より、青空が広がったことへの喜びが大きいのは明らかだ。
だって、皆が笑顔だった。
歓声と「おかえりなさい」の大合唱。
子どもも、大人も、老人も。
本当に皆が笑顔だったのだ。
「デニス様!」
町の広場でタルトの背から最初に下りた俺が手を貸して殿下に下りてもらうと、すぐにフランツが駆け寄って来た。
しかしそれに応えるより先にヴィンを下ろし、三人で親父さんを支えて下ろし始めたら、察したようですぐに手伝ってくれた。傷はすっかり塞がっているものの流した血は戻らないし、酷使した身体は少し動かすだけでも苦痛なんだろう。さっきから親父さんの顔は歪みっぱなしだ。
「あなた!」
「お父さんっ?」
「だ、いじょう、ぶ、だ」
「全然大丈夫そうに見えないわよ⁈」
「怪我はカイトが全部塞いだから、何日か休めばちゃんと大丈夫になるよ」
青い顔をするアーシャにヴィンが答える。
妻と娘が駆け寄ったなら任せていいだろう。俺は、今度はリットに手を貸した。
「リットもひどい状態だな」
「護衛騎士としての役目を果たしてくれた結果だ」
フランツが言い、殿下の小声での擁護に、リット本人は困ったように笑っていた。自分の無力に落ち込むような、恥じるような、幾つもの感情を綯い交ぜにした笑い方だ。彼の心境も何となく想像は出来るけど、他人があれこれ言う必要はないと思うからあえて干渉しない。
あとは本人次第だろう。
最後に、フィオーナ。
彼女の姿が見えると途端に町の人たちが集まって来る。
「フィオーナ様、大丈夫なのですか⁈」
「怪我は!」
「傷は治してもらったから平気よ。ふふっ、ちょっと無茶しちゃったわ」
「フィオーナ様……!」
妖艶な美女然としたフィオーナには相変わらず違和感を禁じ得ない。まぁ能力値の平均が高い分だけ他のメンバ―より体は楽そうなので、その点は安心だ。
そして――。
「カイト!」
それぞれ出迎えられた仲間から一歩離れた俺に駆け寄って来たのはレティシャだ。
「お父さんのこと、ありがとう。それで……」
言いながら視線の転じた先。
「……本当にいたのね、銀龍」
「厳密に言うと違うんだがな」
苦笑混じりに答えた後で、ふと思う。
「レティシャ、こいつの名前はタルト。タルト、彼女はレティシャだ」
声を掛けると、巨体をのっそりと動かして顔を下げて来る。
愛称がタルトで良いかは本人(龍? 獣?)の了承済みだ。真名は俺にだけ許されるものだから、むしろ都合が良いとさえ言われた。
そしてそのタルトが、レティシャを見つめて不思議そうな顔をしている。
『……妙な気配を持つ娘だな』
「! ぁ、お話が、出来るの……?」
「絵本の銀龍だって女の子と喋ってただろう」
「それは、……そうね」
納得したのか、レティシャは驚いて下がっていた姿勢を正す。
「初めましてタルト様。レティシャと申します」
『ふむ。主の
「えっ」
「違う」
最近その勘違いをする奴が多過ぎる。
即答したらタルトは意味深に笑った。
『クックックッ、まぁよい。他の者らと同様の資格無き弱者だが、他と異なり心地良い。タルトと呼ぶことを許す』
「……光栄です」
戸惑いつつも無難な返答をするレティシャにさすがだなと思う。これも俺の想像だけど、絵本『銀龍の涙』を周知する役目を負っている彼女は、同時に銀龍攻略のキーパーソンだったんだろう。
そうでもなきゃ家族全員が名前持ちで、この旅に同行する理由が弱過ぎる。
銀龍は銀龍でなくても、レティシャがそういう存在なら他と違う何かがあるのではと思ったわけだが、正解だったらしい。
「銀龍を直に見た感想は?」
「そう、ね。とても大きくてびっくりしたわ。それに銀色というより、水色? でもきらきらしていて、……今日初めて見た、太陽のある空の色に似ている気がする」
言われて、改めて見てみると、山頂では確かに銀色だった毛並みが今はうっすらと青味を帯びていた。
冬の澄んだ晴れの色――いま頭上に広がる、その蒼だ。
「なんで色が変わってるんだ?」
「変わったの?」
「山の上では確かに銀色だった」
『主と契約したからであろう』
「は?」
『私は眷属として、主の魔力で召喚されたのだ。主の魔力に馴染めば自然とその色に染まろう』
どのあたりが自然なのかが意味不明だが、神獣にとっては当然の変化らしい。
……っていうか。
「カイトの魔力って、きらきらしていて、とても澄んだ空の色なのね」
「ぅっ……」
レティシャに先を越されたが、そういうことだよな。
なんか恥ずかしくなってきたんだが。
「……属性。属性が水だから、たぶんそのせいだろう」
『それは関係ない。魔力の色は性根に因る』
待て。
黙って。
『主の魔力は非常に心地良い』
「ふふっ。良かったわねカイト」
「そ、ソウダナ」
居た堪れない。魔力の色の視認なんてするもんじゃないぞコレ!
内心であたふたしていたら、殿下達が近付いて来た。
その後ろにはヴィンとアーシャに支えられた親父さんも。
「カイト、王都に戻るにも少し休んでからの方が良いだろう。町の者も数日と言わず何日でも居てくれて構わないと言ってくれている。リットとジャックを早めに」
『王都というと、この国の王がいる都だな?』
タルトが無遠慮に口を挟む。
『主の住み処は王都にあるのか?』
「拠点は王都だが、家は……どうだろうな」
一カ月後には新居を完成させておくぞと親方たちは豪語していたが、王都を出てからまだ二週間くらいだ。さすがに住める状態ではない気がする。
魔力のある世界だから、丸太の加工さえ済めば数時間で組み終えるのはこの一ヶ月で何度も見ているが……そう説明すると、タルトは一度ずつ左右に首を傾けた。
『ふむ。ならば主、ここからは交渉だ』
「交渉?」
『その者どもの体調を考慮するならば王都とやらに早めに戻るべきだ。相性が悪いわけではないが、この土地とそ奴らの魔力の根が馴染むまで時間が掛かる。この地で旅路に耐え得るまで回復させようと思えば一月は掛かるだろうし、この地に馴染んでしまえば、王都に戻った後で其処に馴染むまでにまた時間が掛かる』
「なんっ……」
声を上げたのは親父さん。
殿下達は静かに目を見開いた。
『主と、そこの……ヴィンと言ったか。そやつは根の色替えが容易なようだが、他の者は基本的に王都から動かぬ者達なのだろう』
「……俺は依頼一つで世界中を飛び回るから、かな。生まれもロクロラじゃないし」
ヴィンが言う。
俺はそもそも地球人だし、そう考えるとタルトの言い分は正しいのだろう。
『王都というのは、この先にある大勢の人の気配がある場所のことであろう? 私が飛べば二時間も掛からぬぞ』
「……それは全員を乗せて飛んでくれるって意味か?」
『クククッ、だから交渉だと言ったのだ』
言い、タルトは一呼吸。
『主が使徒を名乗りファビル様の名を世界に知らしめよ。ファビル様の祈りは世界の安寧。民の信仰は創世神の御力となる』
「……宗教には関わるなって祖父の遺言が」
『知らん』
一蹴された。
まぁ使い古されたネタだし、祖父は父方も母方も元気に生きているから良いんだけど、あの駄女神の名前を知らしめる云々は、正直、気が進まない。
だって基はゲーム世界で、みんなはNPCで、モブなんとかって名前の人たちは演出でしかない、とか。
そんな話を聞かせたくない。
だけど、この場でタルトがそんな話を始めたことが、そもそもこいつの計画の内だったんだろう。
俺が使徒だって、パーティメンバー全員にあっさりと知られたよ、この野郎!
「カイト、使徒とは……」
「あー……」
なんて説明したものか。
みんなの視線を集めて苦心していたら、またタルトが喋り出す。
『主、早めに皆に伝えた方が良い。このままでは世界は滅びるぞ』
「は?」
「なんだって!?」
リットの大声のせいで掻き消されたが、俺も聞き返したさ。
何の話だ一体。
俺の疑惑の視線すら一蹴してタルトは言う。
『世界には未曽有の危機が迫っている。それを回避すべく創世神ファビル様は主を遣わせたのだ。あれだけの力を示したのだから、そこの男共は信じるのも容易なはず。そろそろ腹を決めろ主』
未曽有の危機ってなんだよ。
俺が此処に来たのは駄女神が想定出来ない不具合を修正するデバッグ作業のためだろ!
それとも未曾有の危機ってのもデバッグ作業の一環か⁈
『ファビル様への信仰が高まれば御力は増し、守護は強化される。そうであろう?』
「そう、だろう、けども」
それ以外に何と答えろと。
っていうかそれでいくと、だ。
「フィオーナだって使徒の資格持ちだろ?」
『あの魔導士にはまだ足りぬ。素養はありそうだが使徒ではない』
あぁそうか、称号か。
自分の称号欄に設定された『創世神の使徒・一の翼』を思い出す。
だったら……。
「タルト、使徒は他に何人いる?」
「えっ」
「他に……?」
パーティメンバーはざわざわし出すが、タルトは上空を仰いで目を瞑った。しばらくの沈黙を経て『……主を含めて三人だ』と。
三人か。
意外と少ないのか、それとも、多いのか。
この一月で貢献ポイントが千を超えるのが困難か否かは国の事情に大きく左右されると思う。さすがに異世界アリュシアンとなって以降の他国の事情は判らないが、そういう意味で言うなら、ロクロラは環境そのものが問題なのだからポイントが稼ぎやすい国だろう。
だが、三人と聞いた途端に殿下が顔色を変えた。
「銀龍様、恐れながらお伺い致します。その三名の使徒様がどの国におられるかは判りますか」
『一人はそこだ』
俺を視線で示すタルト。
『一人は海の向こうの小さな島。一人は遠いが、地続きであろう。この方角だ』
指し示すは西――オーリアだろうか。
小さな島国はジパングの可能性が高い。
「ということはロクロラの使徒はカイト一人……」
「いや、で……ニス、フィオーナも近々なるぞ、使徒に」
「それは、なにか根拠があるのか?」
「ある。ついでに言うと、時期の早い遅いはあるけど使徒は各国に二人ずつだし、何なら使徒候補の名前も何人かは想像がついてる」
「……それ、は……」
「女神がそう言っていたからな」
その場の全員が息を吞む。もういい。判った。タルトとは後でゆっくりと話し合いが必要だが、後々に必要なことなら、ここで嘘を吐くのはダメだ。
諦めた俺に、タルトがニヤリと笑う。
ああそうだろうね、そうさせたかったんだよな!
「……カイトが、神様の使徒……」
「その神様の名前がファビルって言うんだ。覚えてやって」
声を震わすレティシャにそう返した。
布教ってこれでいいのかな。
まぁいいや、そういう話も後だ。
俺が吹っ切ったのを感じ取ったのか、殿下が真面目な顔をして隣に立つ。
「カイト。ロクロラの空が晴れた、この事実一つを取ってもなるべく早く王都に戻り報告が必要だ。未曽有の危機という銀龍様の言葉も聞き逃せない。……ロクロラは君を使徒として迎え入れたい」
「……それは本気で遠慮したいんだけど、無理だろうな」
肩を竦める俺に、殿下は申し訳なさそうに笑った。
だから、いい。
「タルト、全員を背中に乗せてくれ。王都に帰ろう」
『承知した。賢明な判断だ』
「フィオーナに挨拶してくる。少しだけ時間をくれ」
その後、要点だけを纏めて説明したら思いっきり嫌な顔をされて。
もっと詳しく話せ、せめて一晩泊まれと言われたが、俺が主のはずなのに決定権がないと言ったらがっかりされた。
この時はまさかフィオーナが明日の朝には使徒になるなんて知らなくて「また使徒になったらな」と、そんな台詞で別れたのだった。
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