第24話 創世神の使徒・一の翼

 例えばの話、昔は販売時のデータが全てで、アイテムが全部で千個だって公式が言ったら、それ以上増える事は絶対になかった。

 でも今はインターネットが発達して、世界中どこにいても回線一本で繋がる事が出来るようになると、家庭用ゲーム機で遊ぶソフトを購入した後もアップデートデータの更新が行われ、段階を設けて遊べる範囲を広げていくことが出来るようになった。

 MMORPGなら猶更だ。

 少なくとも飽きられて廃れるまでは頻繁に、そして細かくアップデートがされていく。

 それを踏まえて考えると、大型アップデートが近日予定されていた『Crack of Dawn』には、ほぼ間違いなく公開待ちのデータが存在していたはずで。

 異世界アリュシアンが誕生したとき、女神がどこまでを掬い取ったのかは想像でしかないけど。

 間違いないって言い切れる根拠は『銀龍の涙』という絵本を見せてくれたのが過去のイベントで見た事がないのに名前を持っていたレティシャだった事だ。

 彼女の両親や、ヴィン、それに殿下の護衛騎士達も、たぶん、そう。

 だからこそ女神は、ここにいるべきだった銀龍に代わる存在を


 世界の不具合を調整する役目を負った使徒の一人に。


「あー……もう一つ質問。おまえにはこの国に四季を齎す力はあるのか?」

『質問の意味が判らぬ。貴様は私に何を望んでいるのだ』

「この国に太陽の光りを届けたい」


 季節の作り方なんて知るわけない。

 けど、要約したらそういう事だと思う。

 銀龍はまだ険しい表情だったが、空を見上げ、厚い雪雲に覆われているのを見るに至ってようやく納得したらしい。


『なるほど、この無駄なものを除けろと言うか』


 無駄なもの……女神様、名前をあげるくらいならちゃんと説明しておいてください。

 まさか本当に駄女神ですか。


「……出来るのか、出来ないのかを答えろ」

『ふむ。まだ納得はいかぬが理解はしよう。貴様が使徒を名乗る自負さえ持てぬ未熟者なのは腹立たしいが私を召喚したのは間違いなく貴様だ。……しかし』


 にやりと悪い顔をする銀龍。


『私の召喚主として命令すると言うのなら相応の力を証明してもらわねば』

「命令?」

『太陽の恵みが必要なのであろう? 私には、出来るぞ』

「――」

『貴様が、真実、ファビル様の使徒であるならば、我が主に相応しい力を見せよ!!』

「っ」

「キシャアアアアアアアッ!!」


 銀龍の再びの咆哮に応えるように雪は勢いを増していく。

 更に風が強く。

 冷気が、鋭く。


 銀龍が翼を動かすたびに視界が遮られた。


「なるほど、物理的に視界最悪、行動阻害、おまけに寒い!」


 ぽっかぽかポーションを飲んでいても感じる冷気に、これを用意しておいて本当に良かったと思う。

 チラと視界に入った、情けない顔をしている殿下とヴィン。

 あぁもうそんな顔しないでも大丈夫。人間を恨んでいるだろう銀龍に呪いを解いてもらうには乱暴なことはしない方がいいと思っていただけで、コイツ自らが力を示せって言うんだから、もう遠慮なんかしなくていいんだ。

 それに、二人の側で気を失っているフィオーナ、親父さん、リットを見る。ボロボロになっても仲間を、護衛対象を守ろうとしたカッコいい男達。やられた分はきっちりお返ししないとな?


「すぐに済ますから、寒いのは少しだけ辛抱していろ」


 やると決めたら迷わない。

 望みどおりに力を示して大人しくさせてやる。


「身体強化」


 体内に魔力を巡らせ、手足の、筋肉の、細胞の一つ一つにまで届くよう染み渡らせる。


おおれスクレイブ」


 一歩、そして一歩。

 魔剣にも魔力が行き渡ったのを確かめて雪原を駆ける。


「はあああああああ!!」

「グルルルァァァアアアアア!!」


 巨体の真下、右足を軸に跳ぶ。

 剣先は後方。


『っ』


 速度に驚いたか?

 俺を避けるべく翼をはためかせ下がった、その隙間を抜けて銀龍の上を取る。


『?!』


 剣を振り回す、その勢いで身体を回転させて、下へ。


「とりあえず――落ちろ!!」


 筋力を更に強化。

 首か胴体かは知らないが、長いのが幸いした。土魔法によって剣先から育った蔦が絡みつき、重力に従って俺もろとも山頂に落下。


『ガハッ?!』


 轟音と衝撃。

 ヤバイ、雪崩!

 気付いたけど遅い、せめて村に被害が出ないことを祈る。


「くっ」

「キイイイィィィィイイ!!」

「!」


 ブオンッと風を切る勢いで胴を揺らす銀龍に魔剣スクレイブを奪われそうになるも堪え、炎魔法。


炎槍フレイムランス!!」


 背後に顕現した八本の炎の槍が一斉に銀龍の顔に突き刺さり、爆発。


「―――!!」

「いまのはフィオーナの分だ」


 絶叫に空気が震え、その隙に蔦を解除。

 同時に剣術スキルで畳み掛けた。


鋭爪破斬えいそうはざん! 閃光崩襲せんこうほうしゅう! 狼々斬ろうろうざん!!」


『Crack of Dawn』ではコントローラーやキーボードの十字キーなどを押す順番を固定、設定することで、スキル画面から選択しなくてもスキルが発動出来るようになっていた。

 同時に、これを使うことによって技のコンボが決められたし、綺麗にコンボが決まった時のダメージ合計値は顔がにやけるくらい気持ち良いもので、Aランクモンスターを瞬殺出来た時は画面の前で叫んだほどだった。

 それをいま、俺は自分の体で再現した。

 何度も何度も見た技の名前を口にするたび、体が勝手に動く。

 上段からの斬撃、持ち替え反転してからの跳躍斬り、八連刺突。


「これが殿下とヴィンと、リットの分」


 そしてとどめの――。


烈牙絶炎陣れっかぜつえんじん!!」


 親父さんの分。

 雪原に突き刺した魔剣から広がる魔力が足元に巨大な魔法陣を描き、銀龍を囲い、地面から百以上の炎の刃を放出する。


「キシャアアアアアァァァァ!!」


 銀龍が咆哮する。

 数多の刃に刺し貫かれ、陣が消えた雪原に横たわる姿は誰が見てもボロボロの一言に尽きた。


『き、きさ、ま……っ、剣士では……魔導士だったのか……』

「どっちもだ」

『くっ……』

「Sランク冒険者をなめんな」


 動けなくなっている銀龍に軽く息を吐き、アイテムボックスから万能薬を二つ取り出した。

 さすがにこのままでは当初の目的が果たせない。


「で、ロクロラに太陽の恵みを齎してくれるのか?」

『……貴様は力を示した。この世界の安寧のため、私の力は召喚主である其方の求めに応じよう』

「よし」


 言質を取ったところで万能薬を一つ飲ませ、体が大きいからどうかなと思ったら、やはり全身には薬の効果が行き渡らないらしい。


「もう一本で足りるか?」


 言いつつ飲ませてやれば、銀龍は怪訝な顔付き。


『……この効能、ただの薬ではあるまいに、まだ持っていると言うのか』

「あと100くらいは余裕で」

『な……んだ、と……?』

「俺はSランクの冒険者で、採集師だからな」


 言ってから、事情に明るくないだろう銀龍にこの答え方じゃ足りないかなと思い、不本意ながら一つ付け加えた。


「それに、使徒だし」

『……なるほど、貴様は確かに使徒だ。これほど圧倒的な力の差を思い知らされてはな……』


 合計で四本の万能薬を飲んでようやく健康体を取り戻した銀龍は、先ほどまでより幾分か柔らかい表情で立ち上がると、俺の前でその首を垂れた。


『創世神ファビル様の使徒カイトよ。我が名はヒッタルトヴァーナ。召喚の契約に従い私は其方の眷属となる』

「……は?」


 ちょっと待て。

 なんか想定外な話になった気がする。


「召喚の契約? 俺の眷属ってどういうことだ!」

『そのままの意味だ。私はこの世を創り給いしファビル様により命を得た神獣。ファビル様の教えに従い、私を召喚せし使徒に尽くすもの』

「その割には言いたい放題のやりたい放題だったな⁈」

『この私に尽くさせようと言うのだ。自負もない生半可な小僧に仕えるくらいならば召喚したのを後悔させてやろうとしたまで』


 つーん、て。

 おい。


「でも眷属って、……まさかその大きな体で付いてくるつもりか?」

『其方が命じるならば肩乗りや手乗りサイズに縮むのも吝かではない。しかし、小型化すると余計に魔力を使うからな。先にこれを済ませてしまおう』

「これ?」


 聞き返すより早く、ヒッタルトヴァーナと名乗った翼持ちのフェレットは上空に向けて魔力を放ち――。


「オオオオオオオオオオオォォォォ……ッ!!」

「!!」


 此処に来て最大・最高出力の魔力と共に空に叩きつけられた咆哮は、雲を割り、その先の青色で地上の人々の目を奪った。

 まるで咆哮の音色に溶かされるように。

 掻き消されるように、真上から青空が広がっていく。


「……空……」


 呟いたのは誰だっただろう。

 第三者の声にハッとしてそちらを振り返り、其処に自分以外にも人がいたことをようやく思い出した。

 殿下と目が合って、呆れたように肩を竦められたけど。


「いやはや。規格外もここに極まれりだわぁ」


 ヴィンに笑いながらそう言ってもらえて。

 横になったままのリットと、親父さんの目がうっすらと開いて空を、……青空を見つめる姿に、ホッとした。

 たぶん銀龍……じゃなく、ヒッタル……えぇと、なんだっけ。ヒッタルトヴァーナ? もうタルトでいいか。こいつが放出した巨大過ぎる魔力に叩き起こされたんだろうけど、ボロボロのフィオーナも微笑っている。


「……とりあえず任務達成かな」


 呟いた視線の先。

 この世界に来て初めての太陽の日差しが地上に降り注いでいた。

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