採集師の救世譚
月原みなみ
プロローグ 『Crack of Dawn』
これは後に伝説となる冒険者の物語。
英雄と呼ばれた
***
液晶画面の、彼方と此方。
「兄貴、右!」
弟が気付けと言わんばかりの鋭い声を上げて来たが、右からモンスターの攻撃が来るのは判っていた。
声に出して返答する余裕こそなかったが、専用のコントローラーを操作して問題なく回避。ついでに敵に囲まれていた弟も救出完了だ。
『いつ見ても惚れ惚れするな、その動作』
ヘッドフォンの向こうから聞こえてくる声の主は、画面の中で一緒にモンスター退治をしている重騎士「シン」の、中の人。
「俺だってパソコンでやれてたら負けないけど!?」
『はははっ、そりゃ失礼』
『テンマくんの負けず嫌い~』
更に可愛らしい女性の声――画面の中では回復担当の白魔導士「アン」も加わって、手より口の方が忙しくなって来た。
俺は自分のデスクトップ型のパソコンから。
弟はテレビに接続してある家庭用ゲーム機から参戦しているため、動作に多少のラグが発生するのは確かだが、まぁ、単純にプレイして来た時間の差だと俺は思う。
だが、傍で俺たちのプレイ画面を眺めていた母さんは違った。
うちでは高校生の俺達が夜更かししないよう、ゲーム関係はリビングにしか置かせてもらえないので、気付けば母さんもゲームに詳しくなっている。
「だからあんたもお兄ちゃんを見習ってお年玉を貯めておけば良かったのよ」
「母さんは黙ってて!」
ソファで寛ぎながら痛い所を突いてくる母さんに、勢いに任せて怒鳴り返す天真。真面目ぶるつもりはないけど、今の態度はダメだ。俺のゲーミングチェアに寄りかかっている背中を蹴っ飛ばす。
「母さんになんて口利いてんだ」
「いだっ、蹴ンなよ!」
『ははっ、またカイトにどつかれたかー?』
『テンマくんかわいー!』
声だけしか聞こえていないはずなのに、俺たちの遣り取りから察したらしいシンとアンの、からかう声。
かれこれ二年近く、天真は一年遅れだけど、一緒にプレイしているから、こっちの光景なんて簡単に想像がついたんだろう。
笑われて、天真の顔だけがタコみたいに真っ赤だった。
俺――二階堂健也と、弟の天真は、年齢差一つの兄弟だ。俺が十七で、弟が十六。小学生の頃から二人でいろんなゲームをやって来たが、さすがに高校受験を控えた年はゲームを自粛したし、自分の受験が終わってからは天真の気を散らさないよう気を付けなきゃいけなかった。
そんな時に送られて来たダイレクトメールが、このMMORPG『Crack of Dawn』のβテスター募集だ。
オンラインゲームに詳しい知人に確認したら、OSと空き容量さえ問題なければ普通のパソコンでも遊べると教えられたので、好奇心から応募。そして、当選した。
『Crack of Dawn』は最初に好みのキャラクターを作成し、ソロ、または四人までのパーティを組んでゲーム世界アリュシアンでの冒険を楽しむ一方、理想のスローライフを送ろうと言うコンセプトのもと生産系のスキルが多彩だという特徴がある。
また、ゲーム世界で出来る事を増やしていくための全プレイヤー共通のメインシナリオと、一つのサーバーにつき一人しか受けられない特殊なシナリオ群によって構成されていて、俺は後者の特殊シナリオに夢中になったんだ。
最初は父親のノートパソコンを借りていたが、遊んでいる内にもっと良い環境でプレイしたくなり、こつこつと貯めていたお年玉と小遣いで自分専用のをゲーミングPCを購入。それだけでは足りずにいまも使っている『Crack of Dawn』の専用コントローラーまで買ってしまった。たまに自分でも嵌まり過ぎだと思うのだが、すっかり生活の一部だ。両親に諭されてゲームをリビング限定にしていなければ廃人まっしぐらだと思う。
そういう意味でも親には感謝しているし、一緒に遊んでくれるメンバーが良識ある大人だったのも幸いした。
さっきからヘッドホンを通して会話している男女――戦闘ではタンク役がメインになる重騎士のシンと、回復を得意とする白魔導士アン、二人とはβ版の初期に知り合って意気投合、ほぼ毎日のようにパーティを組んで遊んでいるが、俺が高校生だと知って、しっかり話題を選んでくれる人達だ。授業の予習復習だって言って、口頭で時事問題を出しながらダンジョンボスと戦闘させられた時には参ったけどな。
ちなみにこの二人、来月に挙式を控えている。
俺たちのパーティに天真が加わったのは、天真が受験を終えた今年の三月末からだ。
家庭用ゲーム機からも接続が可能になったのが、ちょうどその頃で。
動作が遅いと文句を言いつつもゲームの内容は気に入ったらしい。一周年を記念したキャンペーンや、新規ユーザー歓迎特典のおかげもあって、八ケ月が経った十一月現在、レベル差はほとんどなくなっている。
それに、リビングでゲームしていると両親にも自然とその知識が蓄えられてしまうし、俺たちがこれだけ楽しんでいるのを見ていれば興味が湧くのも当然。気付いたら母さんもプレイヤーになっていて驚いたのが半年くらい前かな。
いまは母子三人で父親も参加させるべく勧誘中。
夜中まで持ち帰りの仕事をするくらい忙しい人だから無理には誘えないが、四人でパーティが組める『Crack of Dawn』、家族でメインシナリオを進めるのも楽しそうだなと思うんだ。
「よっしゃぁ!」
ボスモンスターを倒した天真が力強い声を上げた。
各自の画面に表示されるドロップアイテム。それを見て、あぁまたかと少し長めの息が漏れた。
「今回も食べ物だ」
「えっ、また?」
『まただな』
ヘッドフォンの向こうから、シンとアンのドロップアイテムも食べ物だったことが伝わってくる。
背中越しにPC画面を覗き込んでいる天真は不満そうな顔だ。
「マジかぁ……っていうか俺は一度も食べ物なんてドロップしたことないのに、兄貴達は毎回じゃん。それ譲渡不可だし、何なのさ、βテスターだけの特別なアイテムなの? 正規版からの新参じゃアイテムコンプは不可能ってこと?」
『そんな仕様にするにゃ数が多過ぎるだろう』
『だよね。100種類以上出てるっしょ?』
「種類もそうだけど、この、世界観を無視したネーミングはなんとかならないのか」
『それなぁ』
シンが声を上げて笑った。
だが、そう思うのも仕方ないと思うんだ。何故なら表示されているアイテム名は、
・ハンバーガーCセット×2
ファンタジー世界だと言われればそれまでだが、十七世紀くらいの地球を彷彿とさせる世界観に、ハンバーガーセット。
他にも寿司特上セットやカレーライスといったメニューもあるし、米俵や調味料セット(砂糖・塩・酢・醤油・味噌)など、何にどう使うのか不明なものが多い。その内に料理スキルの実装が来るんじゃないかと身内で話題にしたことはあるが、真偽は不明のまま。
譲渡不可・削除不可だから、容量無制限のアイテムボックスに全部放り込んである。
『これに関しては情報が無さ過ぎるよね。実装済みの装備や素材は揃っちゃったから、食料がドロップする方が面白いっちゃ面白いけど』
『言えてる。次のアプデで何か判ればいいな』
アップデートがあれば、また新しい装備や、クエストが増える。
公式サイトに詳細は近日って告知が来ているのは確認済みなので、それがいつになるのかがここ最近で一番の楽しみだ。
「出来れば金曜がいいなー。そしたら母さんに交渉してゲーム時間延ばしてもらうし」
「延長して欲しかったらテストで満点取っておいで」
「満点は無理だろ!?」
「無理って言ってるようじゃ無理だな」
「兄貴はどっちの味方だよ!!」
『あはは、また弄られてる~』
『仲いいな、おまえの家は』
「~~~~っ」
そんな話をしていると、アラームが鳴った。
午後十一時。
平日のゲーム終了の時間だ。
「えーっ、もうかよ!」
「約束だ」
「判ってる!」
まだ高校生の兄弟には学校がある。
午後十一時でゲームを終わらせるのは、ある程度自由にプレイさせてもらうための、両親との約束だ。
ものすごく不満そうな顔をしている天真もそれは判っているので、ログアウト出来る場所に移動している。ダンジョンなど、安全が確保されない場所ではログアウト出来ない仕様なのだ。
「シン、アン、俺たちはこれで終わるからまた明日」
『おう、おやすみー』
『まったねー』
いつも通りの遣り取りの後で、ログアウトしようとした、その時。
ピロンという聞き慣れた電子音はゲーム内でメッセージが届いた時の通知音だ。
『なんか届いたよ?』
アンが言う。
シンにも届いたと聞こえてくる。
「運営からか?」
「えっ、いま?」
複数人に同時に届くのなら、それは運営からの告知である可能性が高く、ログアウトを済ませていた天真は興奮した様子でこちらのゲーム画面を覗き込んで来た。
「運営がなんて?」
「まだ運営って決まったわけじゃないぞ」
言いつつ開いたメッセージの内容は――。
「なにこれ」
「さあ……」
兄弟で首を傾げ、改めて読み直してみる。
『カイト様
β版よりご愛顧を賜り誠にありがとうございます。
カイト様をはじめ多くのユーザー様に愛された『Crack of Dawn』は本日23時に新世界として独立する権利を得ました。つきましては親愛度上位12名の皆様にデバッグ作業をお願いしたく、お便りさせて頂きました。
転移は3分後です。
心の準備をよろしくお願い致します。』
もう一度読んでも意味が判らない。
天真と顔を見合わせて互いに言葉を探し、その間にも「早く終わらせてお風呂に入りなさい」と母親から声が掛かる。
いつまでも終わらせずにいたら、明日はログイン禁止と言われかねない。
「とりあえず時間だし俺はこれで終わるよ」
『おう。他にもこんなメッセージ受け取った奴がいるかどうか聞いてみるわ』
『私もー』
「ああ。頼んだ」
後は二人に任せてヘッドホンを外し、ログアウトを完了させる。
それでも何とも言えない感情に胸が騒ぐ。
「……さっきのあれさ」
「ん?」
「異世界転移の案内だったりして?」
いきなり真顔になった天真に、何を言ってるんだと笑い飛ばそうとして。
「ぁ……っ」
メッセージが届いてから、三分。
視界がぐらりと歪んで暗転した。
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