奇愚怪弄記
現貴みふる
楊枝
不思議な体験でした。まだ僕が七か九の時でしたかね。我が家は和う宇で結構古い家だったんですよ。その頃の私は小さなものが好きでした。いえ、小さく、とがったものが好きだったのです。待ち針しかり、ヘアピン然り、楊枝しかり。
そして同時に僕はそれで何かをほじるのが好きでありました。溝ですね、基本的には。母の寝てるすきに、ピアスのための耳の穴をほじった時は結構怒られましたよ。
そんなある日です。私はふと気になって、畳の溝を楊枝でほじりました。すると白い線が、出てきたのです。その線はどんどん奥へ奥へと続いていました。私はもちろんそれをたどっていきましたよ。今考えればたどらないほうがよかったのかもしれませんね。気づいたら周りが真っ暗でしたよ。ええ。もちろん誰の名前を呼んでも誰も答えません。僕はとても不安になりました。さてここからでございます。僕が大声で叫んでいるうちに、黒く、透き通った「何か」今でもたとえようもない「何か」が僕を取り囲み始めたのです。ぐるぐるぐるぐると周り始めたのです。彼らは何かぶつぶつと言いながら、その規模を、数を多くしていきました。そしてそれと同時に、彼らはしっかりと形を持つようになっていきました。そこで僕はやっと気づいたのです。自分は違うところに来てしまったと。そしてどんどんあちら側に近づいているということを。私は気づいてもただ見ているほかありませんでした。形がついにあらわになりました。武士です武士。落ち武者のような、臓物を丸出しにした武士です。それらを引きずるものもいれば、持つものもいました。全員に一致しているのが恨みでした。強い強い恨みを感じました。古語でも案外わかるものなのですよ。きっと彼らは何か理不尽に死んだに違いありません。死ぬことと見つけたではなく、殺されたのです。ところで、その時の僕は何も考えられません。ですが一つ確かであったのが、自分は帰らなければならないということです。思い出しましたよ。糸。あれは糸。白い糸。あれをたどれば元に戻れるはず。そう僕は考え、糸を必死に探しましたよ。というのもあちら側に行った時、驚いて糸を放してしまったのです。畳の隙間を必死になって楊枝でほじりました。人生で最も集中した時間でしたよ。二分。かかりました。その二分。武士たちはさらに数を増やし、その数は30を超えていたのかと思います。私はやっと見つけた糸を、全速力でたどりました。後ろからの足音はもう聞けません。本気で走りました武士たちはもういないと思い、振り向くとさらに数が増えているのです。とりあえずたどって走りましたよ。そして落ちたのです。こちらに。私は急いでひもを溝に埋めました。腰の痛みもすべてを忘れて埋めました。間に合ってよかったのです。武士共がこちら側に来ることはありませんでした。あの時あのままであれば、、今はもう楊枝は嫌いです。すきなもの?んー。糸ですかね。
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