第44話 称号士と黒き竜


 ガルゴが立ち上がり、口の端を上げる。


 俺の攻撃を受けダメージを負っているにも関わらず、それは余裕のある笑みに見えた。


「何ですか? そんな状態なのにまだアリウス様とやろうってんですか?」

「いや、まずは役者を揃えようと思ってな」

「……どういうことだ?」


 ガルゴは俺の問いには答えず、立ち上がり黒い渦を出現させた。

 俺は攻撃かと思い剣を握り締めるが、その予想は裏切られることとなる。


「レブラ……」


 黒い渦から引き出されるようにして現れたのはレブラだった。


「ど、どうしてあの糞ギルド長が出てくるんですか?」

「分からん……」


「師匠、あの人様子が変じゃないですか?」

「何かに取り憑かれでもしているのか?」


 ルルカとクリス副長の言う通り、黒い渦から這い出てきたレブラの姿は尋常ではなかった。


 目の色が赤く染まり、体の所々に黒い影のようなものが現れている。

 足取りも亡霊のようで、ぶつぶつと何か呟いていた。


「コロセ、コロス、コロセ、コロセ、コロセ……」

「うっわぁ。どうしちゃたんですか、アレ」


 リアはレブラの様子を見て眉をひくつかせている。

 どう考えても正気じゃないな……。


「お前の仕業か? ガルゴ」

「フッ。この男が希望したものでな。力を与えてやっただけだ」

「何故そんなことを……」

「じきに分かる」


 ガルゴは意味深に言って笑う。


 この状況はどう考えたらいいだろうか?

 ガルゴを見たところこちらに攻撃を仕掛けてくるわけでも無いようだ。

 第一、先程の戦闘によって負傷しているし、まともには動けないだろう。


 となると、レブラを操ることで俺たちへの反撃を狙っているのか?

 どちらにせよ、もう大武闘会のルールは無視するつもりのようだ。


「危険かもしれません。離れていて下さい」

「あ、ああ」


 俺は審判に逃げるよう促し、レブラの動きを注視する。

 これでアリーナ内に立っているのは俺、リア、ルルカ、クリス副長、そしてガルゴとレブラの6人となった。


「今度は自分も助太刀します、師匠!」

「私もだ。この男には一発食らわせて目を覚ましてやらないとな」


 ルルカとクリス副長が言って、俺はそれに答えて頷く。


 観客もいつしか静まり返り、事の成り行きを見守っていた。


 そして――、


「アァアアアアアア!!!」


 モンスターのような叫び声とともにレブラが上空に手をかざすと、これまでのどれよりも巨大な黒い渦が出現する。

 俺は先程と同じくレブラに称号付与を試みるが、選択可能な称号が表示されなかった。


 ――これは、ガルゴと同じ……!?


「残念だがその手はもうコイツに通用せんぞ、アリウス・アルレイン。今は私の支配下にあるからな」


 やはりレブラはガルゴに操られているようだ。

 しかし、この巨大な黒い渦で一体何を……。


「ガァアアアア!」


 レブラが吠えると、昼夜が逆転したかのように辺り一面が黒く染まる。


 ――何だ……?


 俺は辺りを警戒するが、景色が変わった以外は特に変化が無いように思えた。


 だが、突然観客席の方からいくつもの悲鳴が聞こえてくる。


「ぐぁああああ! 痛ぇ、痛ぇよお!」

「な、何これ。体中が締め付けられるような……」

「ああ、女神様。お救いください……!」


 観客たちは自分の体を押さえつけて苦しみだす。

 中にはのたうち回る者もいた。


「お、お兄ちゃん……」

「アリウスさん……!」


「っ……!」


 最前列で見ていたルコットやギルドメンバーたちも同様だ。


 その反応には見覚えがあった。

 妹のルコットが呪いにかかっていた頃、同じような状態になったことがあるのだ。


「まさか、ルコットにかけていた呪いを辺り一帯に撒き散らしているのか……!?」


 観客たちを襲った現象はアリーナに立つ俺たちにも現れる。


「ぐっ……!」

「アリウス様!」


 慌てて駆け寄ってきたリアの意図を察し、俺はリアの魔法効果を高める称号、《水天一碧すいてんいっぺき》を付与する。

 そして、リアが俺の体に触れ、ルコットの呪いを解呪した時と同じ魔法を唱えた。


「《浄化魔法エリクシール》――!」


 蒼い光が輝き、鏡が砕かれるような音が響く。

 そして呪いによる痛みが引いていくのを感じた。


 リアのおかげで何とか呪いから解放されたようだ。

 リアはすぐさまルルカとクリス副長の元へ走り、その呪いを解呪してみせた。


「ほほう。さすがは称号士と女神。この呪いを解呪するとは見事なものだ。だが、悠長なことをしている暇はないぞ。今レブラが放っている呪いはかつての何倍にも即効性を強めたもの。会場にいるこれだけの人数の解呪が果たしてできるかな?」


 確かにガルゴの言う通りだ。

 浄化魔法エリクシールは体に触れなければ効果が現れないと、リア自身が言っていた。


 観客たち全員の呪いを解呪しようと思ったらどれだけの時間がかかるか分からず、そもそもリアの魔力が持たないだろう。


「くそっ! どうしたら……」


 ガルゴはもはや手段を選ばないらしい。


 何故レブラを使ってこのようなことをするのかは謎だが、いずれにせよこのままでは大勢の犠牲者が出てしまう。


「リア?」


 そんな中で、ふと真剣な表情を浮かべるリアが目に入る。


「アリウス様。一つお願いがあります」

「……何だ?」

「私に称号付与をしてください」

「称号付与を? それならさっき――」

「いいえ。もう一つ、別の称号です」

「別の称号?」


 リアは表情を保ったまま頷く。

 そこで俺は、エルモ村でルコットの呪いを解呪した際の、初めてリアに称号付与した時のことを思い出す。

 そういえばあの時、リアに付与可能な称号の中に詳細が表示されていない称号があった。

 それをリアは使えと言っているのか。


「今のアリウス様なら可能なはずです。その力を使えばきっと皆さんを助けられます」


 言って、リアは柔らかく笑う。

 その笑顔は王都の街中にある、女神の像が浮かべている笑顔にそっくりだった。


 それを見て、俺は迷わずリアに付与可能な称号を表示させる。


=====================================

【対象リア、選択可能な称号付与一覧】


水天一碧すいてんいっぺき

・女神が使用する魔法の効果をアップします。


●水月鏡花【※新規】

・《女神の祝福セレスティアル》が使用可能になります。

=====================================


「どうした? 動かなくて良いのか?」


 ガルゴの声を跳ね除けるように、俺はリアに向けてその称号を付与した。


「称号付与! 《水月鏡花》――!」

「何……!?」


 俺が称号を付与すると、リアは神々しいまでの光に包まれる。

 そしてリアは背中から翼を広げ、アリーナの上空へと飛翔した。


 両手を胸の前で合わせると、リアの周りを包む光は一層強く輝き出す。


 観客たちの目もリアへと向いていた。


「あれは……、女神様?」


 誰かがポツリと呟く。

 光を纏ったリアが祈りを捧げる様は惹きつけられるほどに神秘的で、まさに女神の姿そのものだった。


 女神の伝承が付け足されるとしたら、その光景は間違いなく書物に載せられるだろうと、そんなことを考える。


 そして――、


「《女神の祝福セレスティアル》――」


 リアがその言葉を放つと、辺り一面に光が降り注ぐ。

 それはまさしく「女神の祝福」だった。


「こ、これは……」


 ガルゴですらもその状況には感嘆の声を漏らしていた。


「お、おお……」

「体から痛みが引いていく!」

「ああ、女神様……!」


 痛みに苛まれていた観客たちが立ち上がりリアを見上げていた。


 そしてリアの放った祝福は、惨状を招いた張本人にも効果が及ぶ。


「ぼ、ボクは何をしていたんだ……?」


 レブラの変異は元に戻り、正気に返った様子が見て取れた。


 その場にいた全員の状態を元に戻したリアは、くるりと旋回してから地面に降り立つ。


「は、はは。何だかリアの女神らしいところ、初めて見ました」

「ふっ。本当にな」

「もう、お二人とも!」


 ルルカとクリス副長がそういう感想を漏らすくらいに、先程の光景は普段の印象とかけ離れていた。


「どうです、私とアリウス様の愛の力は! 観念しましたか!」


 リアがガルゴに向けて言葉を発するが、こちらに向き直ったガルゴの赤い瞳からはまだ戦意が失われていない。


「悪いがまだフィナーレには早いな、女神よ」

「往生際が悪いですね。まだ何かするつもりですか?」

「ああ。だが、これで最後だ」

「何を……」


 ガルゴの異様な雰囲気に言葉が詰まった。


 頼みの綱だったはずのレブラの支配もリアに解除され、先の戦闘で負ったダメージもある。


 だというのにガルゴは笑みを浮かべている。

 全ては自分の思い通りに進んだ。

 そう告げるかのような笑みを。


「私が各地で研究を続けてきたのは全てこの瞬間のため。そして、レブラに助力してきたのもな」

「ガ、ガルゴ君?」

「感謝するぞレブラ。貴様の先程の行動でこの世界に積もる百年の怨嗟は閾値を超えた。《漆黒の竜》をべるだけのな」

「な、何だと……?」


 ガルゴから発せられた言葉に全員が反応した。


 大災厄の魔物、漆黒の竜の名前が何故ここで出てくる?

 まさか……。


「ククク。気付いたようだな、アリウス・アルレイン。……この時をどれだけ待ちわびたことか」


 嫌な汗が俺の背中を伝う。


 そしてガルゴは両手を広げ、叫んだ。


「時は来たれり! 今こそ、異界より降臨しろ。大災厄の魔物、邪竜《ヴリトラ》よ!!」


 ――ガルグァアアアアアアアアア!!!


 響き渡ったのは、体を芯から揺らされるかのような咆哮。


 そして――、


「こ、これが……」


 空を覆い尽くすほどに巨大な黒い竜が、そこにいた――。

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