第15話 称号士はギルド拠点を手に入れる


「ここだな」


 俺たちはくだんの物件の所有者がいるという屋敷までやって来る。


 石造りの門柱に鉄製の門扉。

 いかにも貴族の住まいを象徴するような入り口を通ると、しっかりと手入れされた庭園に招き入れられる。


「うっへぇ、いかにも成金趣味な感じのお屋敷ですねぇ」


 リアが獅子の口から吐き出される噴水を見ながら悪態をついていた。


「リアさんの女神像まであるね。女神信仰の深い人なのかな?」

「うーん、成金屋敷に飾られててもあんまり嬉しくないんですけどねぇ」

「まあまあ、本人に会ってもいないのに先入観を持つのは良くないぞ。もしかしたらキールさんみたいな人格者かもしれないんだし」


 しかしその後、屋敷の執事らしき人に応接間へと通され、待たされること数十分。

 扉を勢いよく開けて現れたのは、貴族服に身を包む恰幅かっぷくのいい男性だった。


 装飾過多ともとれるその服に、付ける必要はあるのかというほどの金のアクセサリー。

 悪いがお世辞にも似合っているとは言えない。


「君たちかな? 我の優雅なティータイムを邪魔してくれたのは?」


 男は上から見下ろすようにしてギロリとした目を向けてくる。


(アリウス様、とりあえず第一印象も最悪では?)

(ある意味分かりやすいとも言えるね、お兄ちゃん)

(お前ら……、頼むから余計なこと言うなよ)


「こらそこ。何をヒソヒソと話をしておるか」


 言って、男はソファーにどっかと腰を下ろす。

 男の体重を受けて幅の広いソファーが軋んだ。


(あのソファー、一人用だったんですね。ぷっくく)

(もぉリアさん、そんなに笑っちゃ悪いよぉ)

(そういうルコットさんだって。くくっ)


 リアの緊張感の無さがルコットまで伝播しているらしい。

 俺は息を一つ吐き、相手の機嫌を損ねないようにと気を引き締める。


「申し遅れました。自分はアリウス・アルレインと申します。この度はギルド協会のキールさんからご紹介を預かりました」

「うむ。我はデーブル・ハインツだ」

「この度はお時間を頂戴しありがとうございます。実はデーブル伯に折り入って頼みが――」

「断る」

「……は?」


 まだ何も伝えていないのに拒否された。

 ピシャリと言い放ったデーブルの高圧的な態度に、隣の女性陣二人から怒気が放たれているのが感じられる。


「あの物件のことであろう? アレは我が認めたギルドにしか貸さぬと決めておる」

「と言いますと?」

「アレを貸すことで我が得たいのは金ではない。金なら腐るほどあるからな。アレは将来有望なギルドに使ってもらうためにあるのだ」


 なるほど。

 デーブルが得たいのは、優秀なギルドとの「繋がり」なのだろう。

 例えばA級ギルドなどとパイプを持っているとなれば依頼を優先で受けてもらえたり、有事の際は武力を貸してもらえたりと、資産を持つものにとってその恩恵は測り知れない。


「俺たちのギルドにその資格は無いということですか?」

「フン。見れば分かるだろう。ギルドの代表者がまだまだヒョロくさそうなガキときたものだ。まあ、そこの女子おなごどもの見目は秀麗のようだ。そなたらが夜のとぎに付き合ってくれるというなら考えてやらんでもないがな。グフ、グフフフフ」


 トントンと、肩を突かれ見るとにこやかに笑うリアが目に入る。


(アリウス様、コイツぶっ飛ばして良いですか?)

(まあ待て。気持ちは凄くよく分かるし俺だってそう思わなくも無いが、もう少しだけ我慢してくれ)


 リアと小声で会話して、俺は目の前に座る豚……、じゃなかった。デーブルに向け、努めて冷静に尋ねる。


「デーブル伯。物件を借りる際の条件というものがあると聞きましたが、それを満たせば俺たちのギルドを認めてくれるんですか?」

「ん? ああ。しかしおぬしらには到底不可能な条件だ。聞くだけ無駄というもの」

「教えて下さい」

「無駄だと言っておるだろうが。いいか? 優秀なギルドというものは強さも伴うものなのだ。我はあの物件を借りる条件にとあるモンスターの討伐を設定した」

「そのモンスターを倒すのが俺たちには不可能だと?」

「その通りだ」


 デーブルはそこで身を乗り出し、ニヤリと醜悪な笑みを浮かべる。


「聞いて驚け。そのモンスターというのはB級のギルドでも討伐が難しいとされるモンスター、《ミノタウロス》なのだ!」


「「「……は?」」」


 俺だけではなく、隣にいる二人からも声が漏れる。

 それはそうだろう。


「フフフ。驚きに開いた口が塞がらんようだな。これで無理だと分かっただろう」

「いや、あの……」

「何だ? 言っておくが他のモンスターに変えてくれなんて言うのは聞き入れんぞ」

「ミノタウロスを倒したギルドには物件を貸すんですか?」

「ああ、女神エクーリア様に誓おう。もっともおぬしらにできるはずもないがな! ハッハッハ!」


 入り口のところでルコットが言っていたように、女神への信仰心だけは厚いようだ。

 よく見ればこの応接間の棚にもいくつか小型の女神像が並べられている。

 当の女神様は嫌そうな顔をしているが。


「あのミノタウロスを倒すほどの強さを持ったギルドなど、そうは現れんだろうが、我の望みはそれだけ高いのだ。分かったか? 分かったなら尻尾を巻いて帰るがいい」

「ええと、既に倒したんですが」

「…………何?」

「ですから、ミノタウロスなら倒しました。ここに来る途中で」


 訪れる沈黙。

 そして、デーブルがのけぞって高笑いし始めた。


「クゥハッハッハ、何だそれは! そんな冗談を信じろというのか! おぬしのような子供がミノタウロスを倒したというのか? ふざけるな!」

「本当です。その証拠に、これを」

「あ?」


 俺はリアとルコットに言って、麻袋からミノタウロスの角を取り出してもらう。

 後で換金できないかと思って持ってきていたのだが、こんなところで役立つとは。


 ちなみに、あの後も4体のミノタウロスを倒したため合計で10本ある。

 これだけあれば信じてもらえるだろう。


「な、なっ……」

「5体分のミノタウロスを討伐した証拠です。ここに来る途中で出くわしまして」

「た、た、確かに本物だ……。これをおぬしが倒したというのか!?」

「ふふーん。これでアリウス様の実力が分かりましたか? しかも瞬殺でしたよ、しゅ・ん・さ・つ」

「これで物件を貸してくれるんですよね?」

「認めん、認めんぞ! だってそうであろう? おぬしのような子供がミノタウロスを討伐するなど何かの間違――」

「はぁ、仕方がないですね」


 リアが嘆息して立ち上がる。

 頭に被ったヴェールを脱ぎ、背中からは隠していた純白の翼を広げる。


 ――ああ、なるほど。


「んなぁ……!」

「私が誰か分かりますね? デーブル・ハインツ」

「まさか……、まさかエクーリア様?」

「そのまさかです」


 まあ、背中から翼を生やした人間なんていないしな。

 見た目も瓜二つとなれば女神信仰の深そうなデーブルのこと。

 信じるのも無理はない。


「さて。貴方は先程、女神に誓うと言いました」

「ハ、ハイッ!」

「このミノタウロスの角は間違いなくここにいるアリウス様が討伐したものです」


 リアがミノタウロスの角を目の前に差し出す。

 デーブルはといえばコクコクと頷くばかりだ。


「であれば、どうすれば良いか分かりますね?」

「も、もちろんです! 約束通り例の物件はアリウスさんにお貸しします!」

「はい、よろしい」


 リアはもう事は済んだと言わんばかりに翼を収納しソファーに腰を下ろした。


   ***


「この度は大変失礼しましたぁっ!!」

「い、いえ。俺たちは物件を貸してもらう立場ですし……」

「それでもです! まさかエクーリア様に認められたお方だとは」


 デーブルはこちらが恐縮してしまう程の勢いで頭を下げている。

 始めの態度とは打って変わって、とても腰が低くなっていた。


「あの物件の賃料なども不要ですので」

「え? いいんですか?」

「もちろん! 先にも言った通り金目的ではありませんので。エクーリア様がお付きのギルドに使ってもらえるとなればこの上ない名誉です」

「あ、ありがとうございます」

「良かったね、お兄ちゃん」


 色々とあったが、どうやらこれでギルドの拠点は確保できそうだ。

 しかも賃料がかからないとは非常にありがたい。


「それにしても、こんなにお若いのにミノタウロスを倒されるとは素晴らしい。アリウスさんのギルドがどこまで発展するか楽しみです」

「うわぁ、手のひら返しがいい感じにウザいですねぇ」

「強さもさることながら誠に精悍なお顔つき。エクーリア様と並ぶにお似合いな方ですなぁ」

「アリウス様、この人良い人かもしれません!」


 リアが見事な手のひら返しを決める。

 まったくこの女神様は……。


「既にご覧いただいていると思いますが、こちらが物件の資料になります」


 デーブルが差し出した図面には物件の詳細な間取りが記載されていた。


 1階の空間はテーブルなどを置いても広々と使えそうなほど広い。

 ここはギルドスペースとして使えるな。

 そして2階には個室がいくつかあり、住居として使えるのもありがたい。


「おおー、良いですねぇ。でも、個室は一つだけでも良かったんですが」

「何でだ? いっぱいあった方がいいだろ?」

「ムフフ。それはもう、アリウス様と一つ屋根の下どころか同じお部屋で色々と――」

「リアさん」

「すいませんルコットさん調子乗りました」


 リアのいつもの妄想はルコットの視線でピシャリと封じられる。

 俺はといえばデーブルと顔を見合わせて苦笑するしかなかった。


「そ、それでですね。一応形式上ですが物件の契約書にサインをしていただきたいのですが、アリウスさんのギルド名は何という名前ですか?」

「ああ。そうですね」


 ギルド名か。

 確かにまだ決めてなかったな。


 さて、どうしようかと悩んだが、隣にいる女神様の顔を見て思いついた。

 俺がじっと見つめているのが不思議だったのか、リアは疑問符を浮かべている。

 そんなリアを見て少し笑ってしまった。


 俺は座り直し、その名前を告げる。


「――ギルド名は、《白翼の女神》でお願いします」

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