第5話 称号士は絡まれる


「へえー、ここが王都ですか! 活気があって良いですね!」

「あんまりはしゃぎすぎて転ぶなよ」


 リアと出会った翌日、俺は王都に戻ってきていた。

 リアと話した通り、新しく自分のギルドを設立するためだ。


 昨日まで降っていた雨はどこへやら、雲ひとつ無い空がなんとも心地良い。


 リアは深めに被ったフードの奥から感激の声を上げている。

 王都の街並みをキョロキョロと眺める様子は無邪気な子供のようで、とても伝承で伝わる女神だとは思えない。


「さて、それじゃあ行くか」


 ギルド設立の手続きをするためには、王都の中心部に位置するギルド協会に行く必要がある。……のだが、その前にリアを連れて寄らなくてはならない場所がある。


 あちらこちらを見回しているリアを引っ張って、俺はその目的の場所までやって来た。


「わああ、綺麗な服がたくさんです……!」


 リアが歓喜の声を上げる。

 到着したのは王都の服飾店だ。


 そう。リアはこちらの世界に現れた時に服を着ていなかった。

 今は外套を羽織らせているが、さすがにそのままでは可哀想だろう。

 それに何より、裸の女の子に外套だけを着せて連れ歩く不審者にはなりたくない。


 女神だとバレないために被り物もするようリアに伝えると、リアはいくつかの服を選んで試着室に駆け出していく。


「ふぅ……」


 女の子が服を着替えている時ってどうやって待ってたら良いんだろうな……。

 そんなどうでも良さそうなことを考えながら待つこと数分、試着室のカーテンが勢いよく開く。


「どうですか!? アリウス様」

「……」

「アリウス様?」

「……あ、ああ。良いと、思う」


 リアが選んだのは神秘的な印象のある紺色の服で、お世辞抜きによく似合ってると思う。

 太ももや胸元がチラチラと覗いていたりとやや露出が多そうな感じはするが……。


 頭には飾りのついたヴェールのようなものを被っており、これならすぐに女神エクーリアだとは気付かれないだろう。

 この外見なら巡礼で各地を回っている修道女のように見えなくもない。


「むふふー。どうですどうです? アリウス様のために少し短めのスカートを選んでみたんですよぉ」

「……」


 リアはスカートの裾をつまんでクルクルと回ってみせた。


 前言撤回。

 やっぱり修道女には見えない。


 俺はなけなしのお金を払って会計を済ませた後、リアを連れて店を出る。


「ふふ。アリウス様に買っていただいたこの服、大切にしますね」


 リアが上目遣いにそんなことを言ってくる。

 ギルドを解雇された俺にとって少なくはない出費だったが、喜んでくれているし良しとしよう。


 そうして、俺は上機嫌な女神様を連れてギルド協会へと向かった。


   ***


「ふえー、ここは一段と賑わってますねぇ」


 ギルド協会に着くなり、リアが感嘆する。

 依頼を受けて出発する者、何か良いクエストは無いかと掲示板を物色する者、ロビーで仲間たちと打ち合わせをする者など様々な人間がいる。


「ギルド協会は各ギルドの元締めみたいなものだからな。中小のギルドメンバーなんかは直接ギルド協会に依頼を探しに来たりすることも多いんだよ」

「ほうほう」


 ギルドはこの王都だけでなく、世界各国に根付く文化だ。

 薬草採取から人探し、モンスター討伐や商取引に関わることまで、様々な依頼は一度この《ギルド協会》を経由する。

 そのため協会は依頼者と各ギルドの橋渡し的な存在であると共に、依頼料金の吊り上げなどの不正が起こらないよう監督する機関でもあるのだ。


「さて、それじゃ早速ギルド設立の手続きを――」

「おいお前、アリウス・アルレインだな」


 唐突に背後から声がかかり振り返る。

 見ると、そこには髭面の大男(というか実にふくよかな男)が立っていた。


「俺はアリウスですが、何か用ですか?」

「いやぁ、お前のことが噂になってるからよぉ。みっともなくあちこちのギルドを回ってるそうじゃねえか」


 男はヘラヘラした笑いを浮かべながら俺のことを見下ろしている。

 手には酒瓶を握っていた。


 なるほど、なんとも分かりやすい。

 エリートギルドにいた奴が外れのジョブを引いて落ちこぼれたというのは、日々の鬱憤晴らしに絡むには恰好の的なんだろう。

 男の仲間だろう連中がテーブルに座っていて、同じくニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。


 俺は無視してギルド設立の受付に向かおうとするが、男が今度はリアに絡んできた。


「お? こっちの嬢ちゃん、めちゃくちゃ上玉じゃねえか。俺たちと遊ばねえか? クヘヘヘヘ」

「おあいにくですが、私はアリウス様のものなのでー」


 どさくさに紛れて何てこと言うんだこの女神は。

 言われた男は一瞬きょとんとした後、俺を睨んできた。

 いや、俺を睨まれても困るんだが……。


「こんな落ち目の奴のどこが良いってんだよ。ほらほら、こっち来て一緒に飲もうぜぇ」

「あ、ちょっ……!」


 男がリアの服の袖を乱暴に掴み、引き寄せようとする。

 俺がさっき買ってやったばかりの、リアが大切にすると喜んでくれていた服だ。


 気付けば俺は男の腕を掴んでいた。


「その手を離せ」

「あぁん!? この外れジョブ野郎が、やろうってのか?」


 男が叫び、ギルド協会のロビーにいた連中も何事かとこちらに注目する。

 目立ちたくはないが仕方ない。


「おいあれ、B級ギルド《飽食の翼竜》のアデル三兄弟じゃないか?」

「誰か助けてやったらどうだ?」

「やなこった。絡まれた奴は可哀想だが、あいつらの実力は確かだからな」


 外野からはヒソヒソと話す声が聞こえてくるが、関わる気は無いらしい。


「あ、アリウス様……」

「俺が何とかする。ヴェールをしっかり被って、正体がバレないようにしていろよ。もちろん女神の力を使うのも禁止だ」

「……はい!」


「表に出ろや。サンドバックにしてやる」


 男が手を振ると、後ろのテーブルに腰掛けていた二人の男が立ち上がった。

 俺は男たちと一緒にギルド協会から出ていく。


「さぁてお前ら、痛めつけてやろうぜ!」

「「合点だ、アニキ!」」


 ――おいおい、こいつらいきなり刃物を抜きやがったよ。


 リアに絡んだ大男の後ろには小柄な男と太った男が控えていて、それぞれの手に短剣やらバトルアクスやらが握られている。

 どうやら容赦する気は無いらしい。


「アリウス様ぁ! そんなデブ男ギッタンバッタンにしちゃってくださーい!」

「……」


 リアが遅れてギルド協会を出てきて、こちらにキラキラした目を向けている。


 やっぱり緊張感が無いなこの女神。

 俺が勝つと疑っていない目を向けてくるリアを横目に、俺は男たちに向き直る。


 さて、どうしたものか。

 武器を持った三人相手だ。

 相手もそれなりの手練のようだし、称号士の能力で何とかできないだろうか?


 そう思って、俺は称号士のジョブ能力の使用を念じる。


=====================================

【対象アデル三兄弟、選択可能な称号付与一覧】


脆弱ぜいじゃく

・筋力のステータスがダウンします。

=====================================


「筋力のステータスダウンか……」


 対象の能力をダウンさせるデバフ系の称号。

 さすがにこれだけで決め手にはならないが、何もしないよりはマシだろう。


 そう思って、俺は男たちに手を向け唱える。


「称号付与っ! 《脆弱ぜいじゃく》……!」


 唱え終わり、俺は男たちを見据えた。


 多少は効いてくれていると助かる。

 そんなことを思っていたのだが……。


「「「な、なんじゃあこりゃあ……!?」」」

「へ……?」


 握っていた武器を落とし、男たちは三人揃って地面に這いつくばっていた。



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