魔王が勇者に恋してどうすんじゃい

夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」3巻発売

魔王が勇者に恋してどうすんじゃい


 魔王の側近、カトレナは思った。

 魔王が勇者に恋してどうすんじゃい、と。


「ああー、素敵、勇者様……」


 恋する乙女のようにうっとりとした表情を浮かべて水晶球をのぞき込んでいるのは、カトレナの主君である魔王、イーストリアだった。

 水色の短髪は中性的な顔立ちのイーストリアに凛々しさを与えており、深海を思わせる藍色の瞳も同様だ。百八十センチ近い長身も相まって、彼女は黙って立ってさえいれば青年にしか見えない。

 しかし水晶球に映されている勇者を見つめる目はわずかに潤んで揺らいでおり、頬もピンク色に染まっている。はあ……と物憂げなため息を吐き出す彼女は、誰がどう見ても恋わずらい中の乙女だった。


 水晶球に映し出されている映像は、イーストリアの指示でこっそり勇者を監視している鳥モンスターの視覚情報を転送したものだ。

 その鳥モンスターは夜目もきき、遠くもはっきり見ることができるので、朝から晩まで勇者の姿を水晶球に映し出してくれていた。ただし映像のみで音声はないし、室内に入られると窓からちらりと見える程度の姿しか映せない。それでもイーストリアは夢中だった。


 ――魔王様、やっていることがストーカーですよ?


 と、カトレナは思う。

 だが、主君の行動にケチをつけるのはどうかと考えた、というよりはただただ面倒くさかったので、カトレナは主君のストーカー行為については触れるのをやめた。

 代わりに別の提案を彼女に向ける。


「魔王様。勇者は敵なので、刺客を差し向けてもよろしいですか?」

「そんなのダメに決まって――いや、待って。勇者様の活躍を見るチャンスかな? うん、いいよ、適当に刺客を差し向けといて。でも絶対殺しちゃダメだからな!」


 刺客を差し向けておいて殺すなとは矛盾している。

 殺すななんて指示を出したら、差し向けた刺客の方が死ぬのでは? と思ったが、カトレナはかしこまりましたと頭を下げた。


(いいや、うっかりっちゃったテヘペローっ、ってことにしよう)


 そんなことを考えながら。


「可愛いなあ勇者様、少年最高……」


 カトレナが考えていることには全く気付く様子もなく、イーストリアは水晶球を見つめ続けている。

 放っておくと彼女は、食事と睡眠以外の時間はずっと水晶球を見つめ続けてしまうので、カトレナとしては正直困っている。仕事が進まない。


 映し出されている勇者はイーストリアとは違って小柄で、まだあどけない少年のような見た目をしている。

 明るい黄褐色の髪と、同色の瞳。人間としては特に珍しくもない色合いだし、容姿もまあ中の上程度なのだが、イーストリアはなんて可愛らしいんだこの世の奇跡だと褒めたたえていた。

 見た目は青年のイーストリアと勇者が並ぶと、はっきり言って青年攻めショタ受けのBLにしか見えないのだが、まあそれはそれとして。


 今は何を言っても聞く耳を持たないだろうから、もう少し落ち着いたら教えて差し上げなければ、とカトレナは思う。


 魔王様、あの勇者は少年ではなく少女です――と。



   ◇



「ねえ、ボクちょっと強くなったんじゃない? そろそろ魔王城に乗り込んでもいいかな!?」

「駄目に決まってんだろ、この色ボケ勇者」


 アルスは幼馴染である勇者セナの頭をぺしっと叩いた。まだセナはレベル十八に上がったばかりで、とても魔王になど敵うはずがない。

 にもかかわらず彼女が魔王城へ行きたがるのは、ただ魔王に会いたいからである、ということをアルスは知っている。


 かつて一度だけ魔王が人間の前に姿を見せた際、セナは魔王に一目惚れしたのだ――なんてかっこいい男性なんだ、と。

 現在の彼女が己を鍛える唯一のモチベーションは、愛しの魔王に会いに行くためである。それを知っているアルスには、どうしても言えなかった。


 あの魔王、女性らしいぞ――と。



   ◇



「はあ、勇者様……」


 などと言いながら熱っぽいため息を吐き出す魔王を、白い目で見つめる側近と。


「はあ、魔王様……」


 などと言いながらうっとりと何もない虚空を見上げてため息をつく勇者を、呆れた目で見つめる幼馴染は。


「「はあー……」」


 それぞれ己の種族の未来を憂い、長い長いため息を吐き出すのだった。

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