陰キャマッチョ 〜バルクつけてリア充殴ったら彼女ができた〜

Taike

そうだ。筋トレをしよう。

 それは高2の夏休み初日のことだった。


「そうだ。筋トレをしよう」


 なんの脈絡も無くそんなことを思い立った。いつものように部屋でゲームをしていただけなのだが、なぜかそんなことを思い立った。


 別にマッチョの友達がいるわけではない。訂正。そもそも友人と呼べる者が居ない。というよりむしろ俺、増流拳まするけんは毎日毎日惨憺たるイジメを受けているスクールカースト最底辺野郎だ。身長も低いし、ヒョロいし、帰宅部の陰キャのボッチだ。


 しかし何を思ったか、俺には自分の身体を鍛えようという意志が唐突に芽生えていた。


「ふむふむ、鍛え方によって筋肉の付き方が変わるのか」


 思い立ったが吉日。早速ググって筋トレの方法を調べてみる。なるほど。一口に筋トレと言っても様々な種類があるらしい。さて、何から始めたものか。


「......よし、決めた」


 1回俺をイジメてるヤツらブン殴ってみたいし、まずは腕から重点的に鍛えてみよう。


♦︎


「299! 300! 301!」


 夏休みが始まってから2週間が経った。やべぇ、腕立てクソ楽しい。


 筋トレとはやってみると意外と楽しいもので、この2週間、一緒に遊ぶ友達など居ない俺は完全に筋トレにハマってしまっていた。毎日毎日バカのように腕を鍛えているので筋肉痛の日々だが、その痛みすらも快感だと思えるようになっている。


 1つ引っかかるのは夏休みに入って以来イジメっ子軍団からの呼び出しが無いことがだが......まあヤツらもお盛んな時期だ。俺に構うことなく、猿のように女とヤりまくっているのだろう。


「......クソ。なんか腹立ってきたな」


 チクショウ。腕立て100回追加だ。


♦︎


「ねぇ、お兄ちゃん? 今飲んでるソレって何なの?」


「え? 何ってプロテインだけど」


 筋トレを始めて3週間。運動後のプロテインを飲んでくつろいでいると、普段は日常会話すら交わさない妹が突然俺の部屋に入ってきた。


「てかいきなり部屋入ってくるのやめろよ」


「いや、なんか夏休みに入ってお兄ちゃんの身体付きが変わってきたから気になって......って、うっわ。部屋中筋トレ器具だらけじゃん......」


「はっはっは。良い部屋だろ。アレがacsports社のダンペルで、アレがネルブロス社のハンドグリップ。そしてアレが......」


「いや、説明いらないから」


「でも結局インナーマッスル鍛えるのには自重トレーニングが大事なんだよな。鍛え方うんぬんよりもオールアウトからの超回復よ。最初は腕を重点的に鍛えるつもりだったんだが、腕立てやってたら割とバランス良くバルクが付いてきて体幹も強くなったんだわ」


「ごめん。何言ってるのか全然分かんない」


「......ほれ見ろ。良い筋肉だろ」


「ちゃっかりポーズとるのやめろ」


 ケッ、相変わらず態度が冷たい妹だな。


 しかし、なるほど。どうやら他人の目から見て分かるくらいには身体つきが変わってきたらしい。

 

♦︎


 筋トレを始めてから約1ヶ月半が経過。毎日毎日血反吐が出るほどに身体をイジメまくった夏休みが終了し、今日から2学期である。


「アレ、どうしよう。制服が入らん」


 新学期開始後わずか2秒。まさかのトラブル発生である。着替えようとしたら身体付きが変わり過ぎて制服がパッツンパッツンになっていた。やべぇ、どうしよう。ボタンが閉められない。


「......でも、まあ、いいか」


 普通の制服を着ていようがピチピチの制服を着ていようが、どうせ俺はスクールカーストの最底辺だ。制服が変わったところで周りからの扱いが変わるわけでもないだろう。制服が2着あるわけでもないし、このまま学校に行こう。


♦︎


 若干の歩きづらさを感じながら通学路を歩く。なんか周りのヤツらから視線を向けられている気がするが、おそらく思春期特有の自意識過剰というやつだろう。どうせ誰も俺のことなんて見やしない。


「へへへ、今日は最高の朝だぜ! なっ! 可憐!」


「う、うん、そうだね......」


 すると数メートル先に金髪チャラ男と黒髪ショートカットの女子生徒を視認。おそらく男の方はイジメっ子1号の剛田である。


 まさか新学期早々に剛田と遭遇するとは。チクショウ。あのヤロウ朝っぱらから女と肩組んで歩いてやがる。なんかムカついてきたな。


「......よし。殴るか」


 倫理とか常識とかそんなの知らん。グーでブン殴る。こっちは1年半もヤツらからトイレの汚水飲まされたり、靴に犬のフン入れられたり、イスにガビョウ置かれたり、虫食わされたり、シンプルに罵詈雑言浴びせながら殴られたり、エトセトラエトセトラと、色々やられてきたんだ。あと普通にリア充ムカつく。


 アイツを殴ってもなんの解決にならないかもしれないけど、別にそれでも良い。教師に叱られるくらい屁でもないし、殴った後でアイツの親に謝るのも楽勝楽勝。終わってしまえば後の祭りだ。


 もうどうにでもなっちまえ。すぐ暴力に頼るヤツは心が弱いとかなんとか聞いたことあるが、そんなの知らん。俺は元々クソ雑魚ナメクジだ。


 誰が何と言おうと、俺はこの瞬間のために1ヶ月半ずっと身体鍛えたんだよ。


 


「......ねぇ、剛田くん」


 覚悟を決めた俺は、今までは恐怖の対象でしかなかった男の元へと駆け寄って声をかけた。


「あぁ? なんだぁ、お前......? つーか......お前誰だ?」


 そしてこちらを振り向き、あからまさに不機嫌な顔をする剛田に、俺は--




「目には目を、歯には歯を。そして暴力には暴力を。ということで......セイッ!!!」


「ガハッ!!!???」


 今までの恨みを込めて、顔面に全力パンチをかました。


「ふぅ、スッキリした......」


 などと呟きながら倒れ込んだ剛田を見下ろしてみる。


「.......」


 うげ、しまった。筋トレの成果が出過ぎた。剛田のヤツ、完全に白目を向いてやがる。


 うわぁ、これは後で他のイジメっ子2〜5号から報復を受けるかもしれないなぁ。まあ、報復とか関係なくエグいイジメ受けてたし今までと特に変わらんけど。


「......よし、学校行くか」


 やたらとウチの生徒が集まってザワついていることだし、負傷した剛田のアフターケアは野次馬のうちの誰かがやってくれるだろう。なんなら彼女っぽいヤツと肩組んで歩いてたし、その女がなんとかするだろう。いや、知らんけど。


 などと自分に向けて言い訳をしつつ、俺はその場を立ち去ろうとしたのだが--


「あ、あの! 助けてくれてありがとうございました!!」


 一歩踏み出したところで、目の前に例の剛田の彼女の子 (?)が現れた。


「......え? 助けた? 誰が? 誰を?」


 いや、自分で言うのもなんだけど今の俺って相当なクズだと思うんだけど。不意打ちで相手殴って気絶させて立ち去ろうとしてるんだし。


「え? そ、その......き、君ってご、剛田君の彼女、じゃないの......?」


 やべぇ、自分が陰キャで女子とマトモに話せないの忘れてたわ。キョどりまくってるし、噛みまくってるわ。


「ち、違います! アレは無理矢理剛田君から肩を組まれていただけで!! 怖くて断れなかったから一緒に歩いていただけなんです......」


 なるほど。まあ君結構かわいいし、スタイルいいしね。確かに剛田が無理矢理手を出しそうではある。


「.......でも俺は君を助けようと思ったわけじゃないから。ではさようなら」


 しかしそれはそれとして、こんなに注目浴びながら女子と話すとか無理。退散退散。


「あ! ま、待ってください! 私、まだ伝えたいことがあるんです......!」


「ふへっ!?」


 急に後ろから右手を掴まれた。びっくりして出た声がキモすぎる。


「あの、その、私......! 私......!」


 などと、突然の行動に驚きながら背後を振り向くと、そこには何やら息を荒立てて興奮している様子の彼女が居て--






「私、あなたの上腕二頭筋に一目惚れしてしまったんですっ!!」


 気づいた時には俺の筋肉が告白されていた。

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