通信販売的対面販売

Taike

万年筆の悪魔

 俺、安西太郎(あんざいたろう)が在籍するクラスには『万年筆の悪魔』と呼ばれる男が居る。


「いやー、3年5組出席番号1番の安西くん!! どーですか、この万・年・筆っ! 素晴らしいでしょう!? 今日こそ買いたくなってきたのではないですかぁ!?」


 昼休みの教室。右手に万年筆を持ち、まるでジャ◯ネットの社長のごとくハイトーンボイスで俺に迫ってきている、この男こそまさに『万年筆の悪魔』と呼ばれている人物だ。なぜか昼休みになるとターゲットを1人定めて万年筆を悪魔のように押し売りをしてくるため、その所業から『万年筆の悪魔』と呼ばれるようになった男である。


 そんなコイツの名前は万年筆男(まんねんひつお)。あだ名とかではなく、マジで本名である。『万年』が姓で、『筆男』が名だ。おそらく日本、いや世界中を探しても居ない名前の人物だろう。苗字の『万年』は百歩譲っても許せるとして、『筆男』なんて名前をつけてしまう、ふざけたバカ親なんてそうそう居ないだろうからな。


 いや、コイツの親って絶対遊び半分で名前付けただろ。だって筆男だぞ? 英訳したらペンシルマンなんだぞ? ンな2秒で考えられるような名前、普通のアタマしてたら付けねえだろ。絶対苗字に合わせて名前つけただけだわ。


 いやー、しっかし、面倒なことになったな......今日のコイツのターゲットは俺なのか......上手く乗り切れれば良いが......


「どうですか安西くん! この万年筆の鋭い先端に、ほっそりと引き締まったボディー!! どうです!? 今日こそ買いたくなってきたでしょう!?」


 いや、ならねぇわ。つーか万年筆なんだからボディは細いに決まってるだろ。そういうのはテレビショッピングとかで"ダイエット器具を使って劇的に痩せた人"の映像とかを流しながら言うから効果があるセリフなんだよ。声だけ高◯社長に寄せても意味ねぇっての。


「さらに今回はなんと!! 先ほど私が安西くんにLIMEで送ったQRコードを読み取ってもらえれば、代金がお安くなります!!」


 ..........いや、ちょっと待て? お前、なんで俺の連絡先知ってんの? 交換した覚えとか全然無いんだけど? え、普通に怖いんだけど?


「さぁ安西くん! はやくQRコードを読み取ってください!!」


「いや、だから俺は別に万年筆なんて......」


「さぁ早く読み取るのです! ハリーアップ!! 安西、ハリーアップ!!」


「......クソ。しつけぇな。分かったよ。読み取りゃいいんだろ、読み取れば」


 このまま押され続けるのもそれはそれで面倒だからな。さっさとQRコードを読み取って、この会話を終わらせるとしよう。


 と思いつつ、俺はポケットからスマホを取り出してLIMEの画面を開き、万年筆男(友達ではないユーザー)とのトーク欄を開いてQRコードを読み取ってみる。


 すると、俺のスマホには1枚の写真が表示された。


「......おい万年、この画像はなんなんだ?」


「あー、それは私が昨日、自分の部屋の窓から撮った満月の写真です。存外綺麗に撮れたので、誰かとこの感動を共有してみたかったのです」


「いや、なんだよそれ!! 万年筆の要素カケラも無いじゃねぇか!!」


「え? いや、万年筆要素はありますよ?」


「......は? こんな画像のどこに万年筆要素があるって言うんだよ」


「えー、それはですね......なんと! 安西くんが私とその画像を見れば、この万年筆が5500円から5000円になるのです!!!」


 いや、ゼロが1個多いわ。それでも高いわ。んなモンに金使うくらいだったらガチャに課金した方がマシだわ。


 と、心の中でツッコミを入れていると昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。


「ほら万年、さっさと席に戻れ。そろそろ先生が来るぞ」


「いやー、誠に残念です。今日こそ安西くんにこの万年筆を買っていただきたかったんですが......私はセールスマンである前に1人の学生。致し方ありません。席に戻るとしましょう」


 そう言うと、万年は踵を返して自分の席へと向かい始めた。


 .......と思ったのだが、3歩ほど歩くとすぐに俺の方を振り向いてきた。


「あ? まだ何かあんのか?」


「いや、最後に安西くんにこれだけは言っておきたくてですね......」


 そう言うと、万年は絶妙に腹の立つ笑顔を浮かべつつ、最後に言い放った。






「ワシ、諦めが悪いから多分また安西くんのところに来ると思いまんねん! 万年だけにな! あ、なんつって! ナハハハハハ!!!」


「......」


 もうコイツ殴っていいかな。

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