第215話 ソラノの決意
ソラノは自室にて、下着姿で仁王立ちをしていた。
手にはいつも店で着用しているモスグリーンのワンピースが握られている。
スーハースーハーと深呼吸を繰り返し、一際大きく息を吸い込むと、一番お腹が凹んだところで息を止め、素早くワンピースを上から被って、ボタンを留めていく。
そうしてやっと息を緩めるのだがーー
「うっ……きつい……」
お腹周りをさすりながらソラノは呻く。
店がリニューアルオープンしてから着続けているワンピースがきつい。
最初は気のせいかな、と思っていた。しかし、もはや誤魔化しようがない。
ワンピースがきつい。明らかに、太った。
原因は明白だ。
カウマン一家と一緒にいるようになってから、ソラノは食べる量が増えていた。体格の大きいカウマン一家は食べる量も尋常ではなく、出てくる料理もカロリーの高いものに偏っている。
仕事仲間のレオが出す賄いもニンニクたっぷりの肉料理などが多く、店でも家でもソラノはハイカロリーな食事をしていた。
結果的に体重が増えたのは、自然の摂理といえよう。
家に体重計がないのもよくない。どのくらい体重が増えたのか、もはや確かめるのもソラノには恐ろしかった。一年越しに乗る体重計ほど怖いものなどあるだろうか。
ソラノはワンピースの上からそっと自分のお腹を掴んでみた。
むにっとしている。やばい。これはやばい。
今ならまだ間に合う。なんとかできるうちに、このお腹のむにむにを何とかしなければ。
「…………ダイエットしないと!」
そうしてソラノは、この世界に来てから約二年の時を経て、ダイエットを決意したのだった。
「おはようございますっ」
「ヤァ、おはようソラノちゃん」
「おはようさん。今日も元気だねえ」
「待ってたぞ」
「おはよ、賄い用意するから待ってろ」
上から順にカウマン、サンドラ、バッシ、レオである。
ソラノは店のカウンター内に入ると、レオに言った。
「今日の賄い、いつもの半分の量にして」
「は? 何でだよ」
「ダイエットするから」
「ダイエットぉ?」
「そう」
聞き返すレオにソラノは力強く返事をする。
「太ったの! もうこのワンピースがギリギリだから、痩せないと!」
「ふぅん……」
レオはソラノの体型になど興味がないようで、大きな鍋をガッと掴むと、ソラノに近づき中身を見せびらかしてきた。
「今日の賄いはスペアリブ。昨日の晩に蜂蜜と赤ワインと醤油に漬け込んだ骨つきの豚肉をフライパンで焼いてから鍋でじっくり煮込んで作った一品だぜ」
「うっ」
レオが見せてきたスペアリブは、ソースの匂いを暴力的に撒き散らす世にも魅力的な逸品だった。肉の表面では煮詰めた赤ワインと蜂蜜、醤油のソースが艶やかに光っており、「美味しいよ! 食べて食べて!」と自己主張をしている。
レオはニヤニヤ笑いながらソラノが葛藤している様を楽しんで見下ろしていた。
「ソラノが好きな醤油味だぜ? 食わねえの」
「た、食べないとは言ってない。量を半分にするってだけで……」
「白米に合うぜ」
「…………!」
そりゃそうだろう。これがお米に合わないはずがない。一本食べれば絶対にもう一本食べたくなるに決まっている。ソラノはごくりと生唾を飲んだが、首をブンブンと横に振った。
「一本だけにする!」
ソラノはワンピースの下で主張している贅肉を思い出し、そう言った。
危ない。まだ食べてすらいないのに、誘惑に負けそうだった。
こんなんじゃダメだ、と自分に言い聞かせる。
レオは残念そうな顔をしながら鍋を戻すと、そこからソラノのためにスペアリブを一本だけ取り出し、白米の横に盛り付けてくれる。賄いではあるが、綺麗に盛り付けて上からパセリを散らすところにこだわりを感じる。
ソラノの分を渡し、自分の賄いとして六本ものスペアリブを山盛りにした皿を手にしたレオは、ソラノの向かいに腰掛ける。
「大体、なんで急にダイエットなんだ?」
「ワンピースがきつくて限界なの。このままだとサイズが上がっちゃう」
「上げればいいだろ」
「ダメだよ、そうやって自分を甘やかすとっ、どんどん太っていっちゃうから!」
ソラノはナイフとフォークで肉を骨から外しながら反論した。
「見た目はそんなに変わってねーと思うけどなぁ」
レオは豪快に肉を頬張りながらそんな感想を述べてきた。
「見た目からしてわかる程に太ったら問題でしょ。そうなる前に痩せないと」
「ふーん。よくわかんねーけど、まあ、頑張れ」
レオの適当な応援を受けつつ、ソラノはスペアリブを頬張る。蜂蜜の甘味と醤油のしょっぱさが絶妙なスペアリブは、舌の上で肉がとろける。程よく煮込まれた肉は脂身部分が特に美味しく、ソラノは悶絶した。
「美味しい……! レオ君、料理すごい上達してるよね」
「師匠の腕がいいからな」
聞いていたのか、カウマンとバッシは揃って振り向くと親指をグッと立てた。
土鍋で炊いた白米との相性が抜群のスペアリブをあっという間に平らげたソラノは、綺麗になった皿の上を物悲しい顔で見つめた。
「おかわりすればいいんじゃね?」
「しない。ブロッコリー食べる」
悪魔の囁きを振り払うと、ソラノはバッシが差し出してくれたブロッコリーをドレッシングもかけずにそのまま食べた。
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