第7話 そうと決まれば敵情視察


「は?」


「急にどうしたんだい、ソラノちゃん」


「我ながらナイスアイディアだと思いますよ?だってビーフシチューのお礼もできるし、私、まだ何したいのかも何すればいいのか決まってないし」


「そうは言っても、未来溢れる若者がこんなうらぶれた料理店で時間をつぶすことはねえだろ」


「いいのいいの、もう決めたんです」


「給料だって払えねえぞ」


「半年はお金もらえるんでいいです。かわりにこの世界のこと、教えてくださいね。魔法とか、使えたら便利そうだし。よし、じゃあ、そうと決まれば敵情視察ですね。マキロンさんどうせ暇でしょう、空港の中案内してください」


 ソラノは勝手にまくしたて、マキロンの手を取り店の外へと飛び出した。


「早速なんですけど空港でお店がある場所まで行きましょうよ」


「いやいやアンタ、その格好で行くつもりかい?」


「え? なんかだめですか」


 ソラノは歩きながら自分の服装を見下ろす。今日はCUのフード付きワンピースに愛用のビーマスの編み上げブーツだ。


「あ、もしかしてこの世界だと浮いてます?」


「まあ確かに、浮いてるけど・・・それとは別で、言ったろう。空港に来るのは貴族とか富裕層の金持ちばっかだって。みんな一張羅着込んで来てるんだよ、ほらあそこ、見てみな」


 マキロンが指をさす先には、裾がくるぶしまであるピンクのドレスを着た女の子と、帽子もワンピースもベルベット素材の高級そうな服を着た婦人、そして腰に剣を下げた中年男性と護衛らしき一団がいた。


「あっちも」


 その数メートル離れたところにいたのは、皮鎧を来た冒険者数名。皆武器を携えていて引き締まった体つきをしている。女性も交じっており、輝く宝石がはまった杖を握っている。こちらは豪華な装飾品の付いた服を着ているわけではないが、その衣服の素材は明らかに安物ではない。


「ありゃ高ランクの冒険者集団だよ。貴重な素材で造られた防具品や武器を身に着けてる。その隣も、ちょっと離れた場所にいる人も、よく見てみな」


 確かに右を見ても左を見ても、皆気合の入った服装をしている。貴族は貴族らしく、冒険者は冒険者らしく、そうでない者たちも皆自分の用意しうる最高の衣服を身にまとい、背筋を伸ばして優雅に歩いていた。


「そんで、あたしらの格好見てみなよ」


 再度自分の服を見てみれば、洗濯シワの付いたちょっとヨレかけのワンピースに、履きすぎてかかとがすり減ったブーツだ。マキロンさんは特徴的な牛の頭に三角巾をつけ、少し太った体に年季の入ったエプロンをつけている。


「なるほど場違いですね」


「だろ」


 ソラノは大きくうなずいた。だがしかし。


「着替えて出直すのも面倒なのでこのままいきましょうよ。別に普段着で歩いちゃいけないわけじゃないんでしょう?」


 二人には少なからず好奇の目を向ける者がいたがソラノは構わず再び歩き出した。


「アンタ勇者だね……」


 呆れたようにマキロンがついてくる。


「あ、案内板がありますね」


 空乃が立ち止まった先には、空港の案内図を描いた大きな看板があった。空港はターミナルが十あり、カウマンのお店がある第一ターミナルは王都とエア・グランドゥール空港を結ぶ船が就航しているらしい。第二から第十は世界各地へと飛ぶ船が就航している。


 案内図を見ると空港は巨大なドーナツの形をしていて、真ん中の土産物や飲食店が林立するフロアを起点に放射線状に伸びている。


「見てみな、客はこの真ん中のフロアで全ての用事を済ませられるようにできてるさね。

かつては各ターミナルにたくさん店があったんだけどねえ、効率化を図るため真ん中に集約されたんだ」


「よし、じゃあそこまでいきましょう」



 真ん中のフロアは天井が透明なドーム状になっている開放的な空間だった。ここだけで東京ドーム程も面積があり、人の数も流れもターミナルとは比べ物にならない。

 貴族は護衛を連れているので集団の規模が五から十人と多くなりがちだった。


「わ、スッゴイ人の数! みんな豪華だしすごいですね!」


「ここは王都の中心部、王城周りと比べても遜色ない煌びやかな人たちが集まるところだよ。あたしも来るのは久しぶりだ」


「あっ、この店おいしそうな匂いがする」


「聞いてんのかね!?」


 ソラノは手近にあった店へと寄ってみる。ブラウンの床材は磨き上げられて鏡のように人が映るし、装飾の施された白い柱と金張りの壁紙はそれだけで高級レストランと主張していた。店の前には燕尾服を着た人が立っており、ソラノとマキロンへ絶対零度の視線を向けている。だがソラノはそんなことは気にしない。店の前のメニューを眺める。


「ランチコース一万ギール……?」


 高っか。月の生活費の四分の一が吹き飛んでしまう。

 隣の店はどうだろうか。ソラノは次の店へ足を進めた。格子の木戸に盆栽が飾ってあり、どうやら和食の店のようだ。

 ここはもはや、メニューすら外に提示されていない。料亭のような雰囲気はあからさまにソラノのような庶民を寄せ付けていない。一見さんお断りだ。

 隣の隣も、その隣も、似たような店ばかりだった。ランチは一万ギールを下らないし、ディナーは二万ギールからだ。メニューを載せていない店だって数多くある。そんな店に、着飾った人たちが入っていく。

 ふと疑問に思い、ソラノはマキロンに尋ねた。


「冒険者の人たちがいませんけどどうしてるんですか?」


「あっちに冒険者用のエリアがあるよ。行ってみるかね」


 冒険者用エリアに足を踏み入れると様子ががらりと変わった。先ほどまでの上品な身なりの人はいなくなり、代わりに武器を携えた大柄な男性や魔法使いと思しきローブを羽織った

女性、二人組から多くても四人ぐらいのグループがそこかしこを歩いている。

 店を見ると、昨日王都で見たような酒場が多く、店構えもフランクでソラノでも受け入れてくれそうな雰囲気がある。


「見せかけだけだから、入ろうなんて思っちゃダメだよ。あくまで冒険者向けの店なんだから、一般人のあたしたちが入ったら笑われて叩きだされるよ」


 ソラノの思考を呼んだマキロンがこそっと耳打ちをした。


「ねっ、店が区画で分けられて、上手いこと商売ができるようになってるだろ?飲食だけじゃないよ、富裕層向けの珍しい土産物や冒険者向けのポーションなんか売ってる店もちゃんとあるんだ。富裕層は富裕層向けのエリアで、冒険者は冒険者向けエリアですべて済むようになってるさね」


 確かにそう見える。


「さて、わかったろう? じゃ、店に戻ろう」


「イヤイヤイヤ、待ってください!」


 早々に店に帰ろうとするマキロンをソラノは呼び止めた。エプロンの裾をがっしりと掴み

足を踏ん張る。


「まだ来たばっかりじゃないですかっ! 店をやるうえで人の流れをみるのはすごく大事ですよ、何か気づくことだってあるでしょうし! しばらくここで観察です!!」


 ソラノは手近な椅子に腰かけ、人間ウォッチングを開始した。道行く冒険者がチラチラこちらを見ているが、飛行船に乗る前にもめ事を起こしたくないのだろう、誰も話しかけてこない。マキロンはいたたまれない様子でそわそわと頭のてっぺんから生えている耳を動かしている。

 一時間ほど座って観察をしていた頃だろうか、ソラノは少し気になることを発見した。しかしいきなり話しかけるのも失礼だろうし、何より不審がられるだろう。

 そんな時、ソラノに声をかけてくる人がいた。


「怪しげな二人組がいると聞いて来てみたら、ソラノさんでしたか」


「あ、ルドルフさんこんにちは。昨日はありがとうございます」


 昨日お世話になったルドルフだ。

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