第20話:二人の動画
ネオサインの並ぶ裏路地のような場所に落下した俺達だったが、なんと俺が助けたはずのメイド少女が、俺を抱えて、何事もなく着地。
どうやら振っていた雨はエフェクトなだけのようで、身体は濡れておらず、地面までは届いていなかった。うーん、VRってなんでもありだな。
「……眼、戻っちゃいましたねえ。残念」
プルプルと産まれたての子鹿の如く震えている俺を見て、メイド少女が笑う。
これではどっちが助けたのか分からない状況だ。
「……こ、怖かった」
「いや、流石に展望台から地下街にダイブはクールすぎますって。うち的には面白かったですけど」
メイド少女は、これを面白いって言ってのけた。
「VR内ですし、怪我なんてしないですよ?」
その子はそう言うが、でも、空中に投げ出された時の彼女のあの顔を見て、動かないほど俺はふぬけではない。
「でも、君、泣きそうな顔してた」
「そりゃあいきなり投げ飛ばされたら誰だってそうですって……とはいえ、ふふ、助けていただいて感謝です」
メイド少女がまるでアニメか何かのような動きで、スカートの裾を摘まみ、優雅にお辞儀をした。
「――Vtuber事務所<ラストネイル>所属、第三期生の<
「な、なんで俺の名前を」
「君を知らないVtuberはモグリですよ~」
「そうなの?」
「ちなみに、あのクソロボ――<ガラビット>もうちの事務所所属のVtuberですよ。まあクソな方面で人気なクソですが」
「げ、あいつもVtuberかよ……。というか、もしかしてもしかしなくても……余計なお世話だった……?」
Vtuberでしかも同じ事務所所属……まさか、そういうシーンを動画用に撮っていたとか!?
だとしたら俺、最高に格好悪いぞ!
「あー、いや、うん。正直助かりましたよ~。あいつ、うちを呼び出したかと思うと、ガチ恋勢だっていきなりカミングアウトしてきてからキモいから死んでって言ったらキレ散らかしてさ~」
それでキレる気持ちは分からんでもないが……やっぱりクズだな。
「ふふ、でもアルタ内であんな風に助けてくれる人がいたなんて……びっくり。みんな他人事ですから。死なないの分かってるし」
「それは……そうだな……」
ううう……めちゃくちゃ恥ずかしい奴じゃん俺!!
「でも、嬉しかったですよ? 不覚にもキュンキュンしましたとも。ファンになりそう」
そう言って、<ななね>が下から俺を覗くように見つめてくる。その媚びたような顔に、俺は少しだけときめいてしまう。
俺の周りって媚びるタイプの女性いないから、耐性がないんだよ!
「ふふふ……リッタさんは紫竜ひめのにガチ恋と見せかけて、案外、媚び萌え妹系に弱いと見た」
「へ? コビモエ?」
「なんでもないでーす。じゃ、うち、あのクソロボが来ないうちにログアウトするんで~。リッタさんも、あの子の下に戻った方が良いんじゃないですか~」
「あああああ!! ひめのん置き去りしてたああああああ!」
「あはは~。それじゃあ、〝また会いましょう、ご主人様〟」
<ななね>はそう締め台詞っぽく言うと、そのままヒュンと姿が消えた。
「早く戻らないと! 怒ってないかな? 怒ってるよな! うおおおおお俺の馬鹿あああああああ」
俺は急いで、<ひめの>の下へと転移を開始したのだった。
☆☆☆
「本当にごめんなさい!!」
展望台ではなく、動画スペース――Dチューブから与えられる初期背景――にいた<ひめの>の下へと転移した俺は土下座をかましたのだった。
「あははは! 全然大丈夫だよ! びっくりしたけど……カッコよかったよ、りったん。あ、りったんって呼んでいい?」
良かった、怒ってない。
「りったんでいいです。じゃあひめのんって呼んでいいですか?」
「いいよ、勿論。じゃあまあ色々あったけど、お互い初めましてって感じで軽くコラボ動画を作ろっか!
「撮れ高……?」
なんかもう、既に動画を撮っているような言い方だけど、今からここで撮るんだよね?
「ふふふ……やっぱりまだ気付いてないんだ」
「ふえ?」
気付いていないってなんなんだ?
「間違ってたら謝るけど、りったんってこのVtuber業界とかアルタについて、あんまり詳しくないよね? さっきの行動も、そんな感じだし」
「……この活動始めるまで、アルタにダイブすることほとんどなかったです」
「だよね。実は内緒でね――」
そう言って、<ひめの>が微笑むと同時に、両手をポンと合わせた。
「え? え? どういうこと!?」
俺が大混乱していると、<ひめの>の肩の横辺りに、飛んでいる謎の物体が現れた。赤い点滅する光とレンズが、それがカメラ的な何かだと俺に気付かせた。
「
「えええええええええ!? なにそれ凄っ! いやちょっと待って! まさか撮れ高って……」
「ふふふ……二人の出会いをまずはコラボ動画にしようかなって思ってたけど、まさかあんなハプニングが起こるなんてびっくり! あ、勿論編集するし、りったんにも確認してもらうけど」
悪戯っぽい笑みを浮かべる<ひめの>には、あの自信なさげで声が小さかったデビュー動画配信時の<ひめの>にはない、自信に満ちあふれていた。
まさか……そんなことまで考えていたなんて……。
「正直言うね。りったんには嫉妬してたの。私を利用して、リスナー増やしてズルいって。でもね、動画をずっと見ててね思い直した。違う、この人は利用とかじゃなくて、本当に純粋に私のことを応援しようとしているんだなって。その為にきっとこれまでに興味なかったであろうVtuberにもなって、動画を配信して……。それはね、凄いことなんだよ。だからね、私もりったんみたいに、もっと頑張ろうと思って。だからコラボ動画を提案したんだよ」
「凄いのはひめのんですよ。あたしはそれに乗っかっただけ! でも一緒に動画撮れるなら嬉しいです。だってあたしは……俺は……誰よりも<紫竜ひめの>のファンだから」
それは俺の本音だった。
俺がまっすぐに<ひめの>の目を見つめた。心なしか、その目が潤っているように見える。
「……ありがとう。私も、りったんが好きだよ? あけすけで馬鹿っぽくて時々下品だけど……でも誠実さが伝わる。さっきの困ってる人を放っておけないって感じが、本当に騎士っぽかった」
「すすすすす好きって言った!? 今好きって言った!? 両想い!? ケッコンじゃないかこれはもう!?」
「え?」
だああああああああ心の声を思わず全力で口走ってしまったああああああああああああああ!!
切腹いたすううううううう
俺は剣を抜いて、腹に刺そうとするのを、<ひめの>が慌てて止めに入る。
「あ、ちょっと! 切腹はNG! もう! 動画撮ってるからって、いきなりフルスロットルは駄目!」
「ご、ごめんなさい……」
「とにかく、今のカット……いや……逆に美味しいか……」
ブツブツと何か呟きながら考え出す<ひめの>は、なんだか新鮮だった。可愛らしい感じではなく、どこか計算高い、いや、人間臭い感じだ。
こっちのが良いかもな。
「えっと……取り乱してすみません……。とりあえずこのままコラボ動画撮るんですよね? 初めましてって感じで」
「自分で提案しといてなんだけど、なんか今さらって感じもするけどね」
笑いながら、<ひめの>が右手を俺へと差し出した。
「というわけで、改めまして――紫竜ひめのです。よろしくね、りったん」
「――盾野リッタです! よろしくお願いします!!」
俺はその手を握り返した。
リアルの竜崎さんの手がそうかは分からないけど――それはとても温かくて柔らかい手だった。
こうして俺と竜崎さんの、〝初めての再会〟動画はハプニングはあれど無事撮れて、軽く編集をしたあとで、全世界へと公開されたのだった。
それが、俺達の人気の起爆剤となり――その反応はすぐに各所で現れたのだった。
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