ドラゴンナイトチャンネル! ~好きな子がVtuberデビューしたけど全く人気が出ないので、バ美肉して勝手に応援してたらなぜか二人合わせて人気爆上がりなんだが~
虎戸リア
第1話:好きな君はVtuber
俺は同じ高校で同じクラスの同級生――
いつも、席替えの時は黒板が見え辛いからと言って前の方の席に座る竜崎さん。
窓から差す日光を反射し、つやつやに光る黒髪を肩の辺りで整えたショーカットの竜崎さん。
細い肩。小さな体躯。血液型はB型、星座は双子座。
好きなものはメロンパンと小説。嫌いな物はうるさい男子。
竜崎さんの顔は見ずとも、俺は脳内再生余裕だ。化粧っ気のない顔に黒縁の眼鏡。背は低いが胸は結構大きい。
口数は少なく、声も小さい。だけども俺は彼女の声が好きだった。何か、こう安らぐというか安心できるというか。うちの母も姉も機関砲のようにうるさく喋るので、その控えめなところに惹かれたのかもしれない。
しかし彼女は見る限り親しい友人はおらず、いつも休み時間は一人で読書をしている。本を読んでいる姿は最高に素敵であり、ビューリホーなので、それを邪魔するなんてとんでもない。
ゆえに――俺は彼女と同じクラスになって一年、卒業を間近に控えた今になっても声を掛けられずにいた。
「はあ……」
なんてバイト中に暇過ぎて回想にふけっていると、レジ内で店長であり、俺の叔父である
「
「今時、
「うるせえ。紙の本には一定の需要があるんだよ。バイトできるだけ喜べよ」
「それはまあ、感謝してるっす」
このバイト先の本屋は今時珍しいリアルに店舗を構えているタイプだ。VR機器とそれによってアクセス(ダイブと表現することが多い)出来るVR空間――通称アルタが一般社会に浸透し始めた近年、この本屋みたいな物理的な小売店は減少傾向にあった。
だけども叔父の言うように、一部の人は紙の本が好きなのだ。そう例えば――竜崎さんのように。
だから、彼女がこの本屋に来るのは必然だったのかもしれない。
「お、客が来たぞ。愛想良くしろよ――いらっしゃいませ」
「いらっしゃい……ませ!」
自動ドアから入ってきたのは小柄な、うちの学校の制服を着た女子生徒だった。
あの姿、間違いない! 竜崎さんだ!
あれ、でも彼女の家、確かこの辺りじゃなかったはずじゃ。
「あの子、初めて見る顔だな」
俺は叔父の言葉を聞きながら竜崎さんを目で追った。彼女はキョロキョロと周りの様子を窺っており、どこか挙動不審だった。
「……律太、レジ俺がやるから、さっきの子、さりげなく様子見てきて」
「へ? なんで?」
いやそりゃあ嬉しいけども。
「なんか挙動不審だったろ? 見慣れない客だし……万引きするかもな」
「それは絶対にない」
「別に俺の勘違いだったら、それはそれで良いんだよ。いいから品だしのフリして様子を見てこい」
「うーっす」
彼女の姿がレジからの死角に入ったので、叔父の命令は好都合だ。
竜崎さん、何の本を探しているのかな? 俺はそこそこ広い店内で、竜崎さんが好きそうな文芸作品の棚へと移動した。
「あれ? いない。雑誌かな?」
雑誌コーナーにもいない。
「ん?」
なんて首を傾げていると、レジにいた叔父が無言で俺のいた反対側の壁を顎で指した。
「あれ、でもそっちって」
俺がそっちへとさりげなく移動すると、壁際の特集コーナーの前に竜崎さんが立っていた。その目は真剣であり、いくつもの本を吟味していた。
そこは叔父の趣味で作った特集コーナーであり、とある人々についての本や雑誌しか置いていないはずだ。
それは――バーチャルDチューバー、通称Vtuber。
VR空間アルタが第二世界として確立しつつあるこの現代で、最も人気のある存在だ。アルタでの第二の姿――アバターを纏い、Dチューブという動画配信VRサイトを使って、雑談動画やゲーム実況、歌やダンスのイベントやステージを行ったりだの、アイドル顔負けの活動を日々行っている。
熱狂的なファンも多く、今や誰もが推しVtuberの一人や二人はいるのが当たり前の世の中だ。
だが、中には俺のように全く興味がない人間もいるし、どちらかといえば竜崎さんもこっち側だと思っていた。
「んー」
何やら困っている様子なので、俺は声を掛けようか迷った。だが声を掛けたところで、VtuberのVの字も知らない俺にアドバイスができるとは思えない。
なんて思っていると、叔父がいつの間にかやってきていた。
「よろしければ、ご案内しますが?」
「あ……ありがとうございます……実は……」
「ふむふむなるほど。では、こちらなんかは如何ですか? あとはこれも」
「これ、良さそうです」
俺はその様子を見て一安心すると、レジへと戻った。どこか、楽しげだった竜崎さんを見られて俺はちょっとだけ嫉妬したが、満足だ。
そうして叔父にあれこれ勧められ、本を数冊抱えた竜崎さんがレジへとやってきた。
「あっ……え……なんで
竜崎さんが、頬を赤く初めながら眼鏡の奥で目を大きく見開かせた。うーん、やっぱり真正面から見ても最高に可愛い。
じゃなかった、仕事しないと。
「あー、ここ俺の叔父の店で。俺もたまにバイトしてるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
そのか細い声には、やっちまった感が溢れていたが、俺は気付かないフリをする。だがレジに通したそれらの本を見て、驚いた。
・君もなれる! さあ今日からVtuber
・Vtuberとして成功する7つのメソッド
・初心者必見! Vtuber指南書
・アルタでの配信術 ~君も今日から人気配信者~
だから俺は黙っているべきなのに、思わずこう聞いてしまったのだった。
「竜崎さん、もしかしてVtuberデビューするの?」
「っ! いや、これは! あの!」
露骨にあたふたする竜崎さんを見て、俺は慌ててフォローする。
「あ、いやごめん! 詮索するつもりはなかったんだ! でも俺、凄く良いと思うよ! 竜崎さんって声が凄く綺麗で素敵だから! あ、でも素が可愛いからアバター被せるのが勿体ないな! いや、なんでもない!! お会計五千二百二十円です!!」
うおおおおお勢いでなんかめっちゃ色々言ってしまったあああああああ俺絶対キモいよね? キモいな! うわああ死んだ、終わった、最悪だ!
「あ、ありがとうございます!」
「お、俺応援するから! デビューしたらVtuber名、教えてくれよ!」
「う、うん! それじゃあ!」
俺が袋に入れた本をテンパりながら渡すと、顔を真っ赤にした竜崎さんがダッシュで店から出て行った。
だがその日以降、竜崎さんは露骨に俺を避けるようになった。俺は悲しみの海に沈んだ。
「もう死ぬしかない……うううう」
だが数週間ほど経ったある日。
学校から支給された授業用タブレットに、突然メッセージが届いた。
『竜崎です。立野君、いきなりメッセージしてすみません。クラス名簿からアクセスしてメッセージを送りました』
『こ、こんにちは! どうしたの!?』
授業用タブレットにはクラス全員の名簿があり、メッセージのやり取りは自由に出来るようになっている。だからやろうと思えばこうしてやり取りは出来るのだ。だが、いきなりメッセージ送ったらキモいかもしれないと、俺はしなかった。だけでもこうして向こうから来たらメチャクチャ嬉しい。
向こうが入力中であることを示す画面表示が俺をドキドキさせる。
『前本屋さんで言っていた件で……その……』
『デビューしたの!?』
『うん……だからみんなには内緒だけど、立野君だけには……その』
『応援するよ!』
『ありがとう……<
『良い名前じゃん! 動画はもう配信したの?』
『今夜二十時に……アルタのDチューブで配信します』
『絶対みるわ』
『うん……でも無理しなくていいからね』
こうして、俺は竜崎さんのVtuberデビューする瞬間に立ち会えることになったのだった。
だがこの時点で俺はまだ何も知らなかった。Vtuber過渡期の今、新人としてデビューすることが如何に過酷であるかを――
「なん……だこれ」
その夜。
<紫竜ひめの>、つまり竜崎さんのデビュー動画。
そのコメント欄が――
***
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