第7章 そして始まるラグナロク

第58話 「それでは今後の方針について説明します」

沙樹さき、久しぶりだね!」


 北海道南部にある函館はこだて異能者いのうしゃ集団──フェンリル防衛隊ぼうえいたいの本拠地で、誓矢せいやとユーリが沙樹を出迎えていた。


「二人とも久しぶり! 元気そうでよかったわ」


 そう言って、明るい笑みを浮かべる沙樹。

 今、このフェンリル防衛隊の元へと続々と人が集まってきている。行政や地域の住民に良いようにこき使われ、行き場のなかった異能者たちなど、各地で孤軍奮闘こぐんふんとうしていた者たちが合流してくる一方、沙樹のような一般人の中にもフェンリル防衛隊に協力を申し出る人々が一定数存在していたのだ。


光海こうみ教授もついさっき来てくれたし、沙樹たちみたいな一般の人たちが協力してくれるのは、本当に心強いよ」


 誓矢は心の底から感謝の気持ちを伝える。

 すると、沙樹は気恥ずかしいといった笑顔で、誓矢の背中を強めに叩く。


「なに言ってるの! 大事な幼馴染み二人が頑張ろうとしているのに、だまって見過ごすわけにはいかないじゃない」


 そう言ってから、沙樹は何か思い出したように言葉を続ける。


「そうそう、菊家きっか先生に伝言を頼まれてたんだ」


 青楓学院せいふうがくいんが騒動の中心だった頃、誓矢たちが世話になっていた新人教師──菊家きっか 由梨枝ゆりえ、彼女はトラブル解決のために精力的にあちこち駆け回っていたのだが、体調を崩したこともあり、誓矢たちと行動を共にすることはできなかった。

 そして、今回も別行動を取るという謝罪を含んだ伝言を沙樹に託したのだった。


『──今さら、自分が行って先生面するのも違うかなと思うし、氷狩ひかり君やフォルスト君の思うことをやりたいようにやっちゃえばイイのよ。もし、それでなにかあったとしても、フォローするために私たち大人がいるんだから、後先あとさき気にせず突き進みなさい』


 「──ということです」と、沙樹が菊家の伝言を締めくくった。

 そこへ、不意に横合いから声が割り込んでくる。


「うーん、良いコメントじゃないか。君たちは大人の理解者たちにも恵まれているな。その教師然り、私然り」


 それは、一足先に到着していた光海教授だった。笠月かさつき助手を従え、なぜかすでに白衣を纏って準備万端整ったといった雰囲気であった。

 誓矢が苦笑する。


「光海教授にも感謝しています。情報の収集と拡散には多大な協力をしていただきましたし、僕たち──フェンリル防衛隊の存在が思っていたよりも世界中に受け入れて貰えたのは教授の活動のおかげだと思っています」

「うむ、その態度はよろしい。私も協力を惜しまなかった甲斐があったというものだ」


 満足げに頷く光海教授。そこへタイミングを見計らって笠月助手が割り込んできた。


「そろそろ、作戦会議の時間が近づいています。氷狩君たちも大ホールへ向かった方がいいのではないですか?」


 その言葉に、全員が顔を見合わせ小さく頷く。

 誓矢が沙樹に声をかける。


「良かったら沙樹も聞いていって、必要だったら荷物もフロントで預かって貰えるし」

「わかったわ、会場の一番後ろで聞かせてもらうわ」


 そう言って手を振って見送る沙樹に、笑顔で応えて誓矢とユーリは作戦会議会場へと向かった。


 ○


「それでは今後の方針について説明します」


 絹柳きぬやなが落ち着いた口調で、集まった異能者たちにプロジェクタで映し出されたスライド資料を指し示した。

 会場前方のステージには誓矢を筆頭にして、ユーリ、光塚みつづか厳原いずはら絹柳きぬやな森宮もりみや風澄ふずみが中央に並び、さらに数人の合流組メンバーが並んでいる。

 そして、その後方には光海教授、笠月助手の他、なぜか協力を申し出てくれたキャリー少佐しょうさと、自衛隊員の有志を率いる若手士官が控える格好で、体制だけはしっかりと構築されている雰囲気になっている

 ユーリが説明している間、会場に集まった異能者たちは真剣に集中していた。


「これから私たちフェンリル防衛隊は大きく二つの目標を目指して動いていくことになります」


 一つは、フェンリル防衛隊の組織としての定着をはかること。

 これから、どんな行動を採るにしても、組織として基盤がしっかりしていないと動くことができない。

 すでに、自衛隊を通して日本政府との繋がりも確保できたし、米軍とのパイプもできつつある──そう言って、ユーリが後方に座る自衛隊士官とキャリー少佐を指し示すと、異能者たちの間から複雑な拍手が起きた。ひとつは純粋に歓迎する拍手、もうひとつは、今までの異能者たちへの扱いに対する批判の気持ちを込めた拍手だった。

 もちろん、自衛隊士官もキャリー少佐も、そのあたりはわかっているので今さら気分を害したりはしない。


「あとは、どれだけ一般人の協力を得られるか。これについては、ここに集まった異能者の皆さんに心からお願いします。一般の人々から疎まれるようになったら、フェンリル防衛隊は立ち行きません。卑屈になれとはいいませんが、公平かつ親和的な態度で接するようお願いします」


 絹柳のその発言に、賛意を含めた拍手が巻き起こる。

 もともとは各地の避難所の守備にあたっていたり、各地で孤立した人々を守るために戦っていた異能者がほとんどである。その想いは全員が共有していた。

 その様子に絹柳がホッとした様子をみせる。

 そして、その絹柳からマイクが厳原に手渡される。


「それでは、続いてもう一つの目的──北海道奪還作戦について説明します」

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