第51話 「プロメテウスが危ない──!」

『──速報です。政府は、先ほどシベリア東部のベース・プロメテウスに向かって、世界各地の軍事基地から核ミサイルが発射されたと正式に発表しました。着弾まではあと数分程度とみられています、続報が入り次第お伝えします』


 誓矢せいや光塚みつづか厳原いずはらの男子部屋に駆け込んできた女子組も、今は固唾かたずんで手にしたスマホの中の配信動画に見入っていた。

 部屋のテレビにもニュースが映っているが、ロシア語なので内容を理解することができないのだ。


「核ミサイル発射──って、プロメテウスに怪物たちをギリギリまで引きつけて、それから異能者いのうしゃたちを脱出させて、その後って話だったはずなのに……」

「まだ、脱出をはじめたって話は聞いていないわ。単に私たちのところまで情報が来ていないだけかもしれないけど……」


 不安げに気持ちを口にする森宮もりみや風澄ふずみ

 その気持ちは、誓矢をはじめ他のメンバーも同様だ。

 再び口を閉じて画面に見入る誓矢たち──その時、テレビと全員のスマホ、全ての画面に同じ映像が映し出された。


「え──!?」


 それぞれが自分のスマホと部屋のテレビを交互に見やる。

 スマホを操作しようとしていた厳原が驚きの声を上げた。


「スマホが操作を一切受け付けない──強制終了もできないぞ!」


 それは彼らだけではなく、全世界すべての場所で見られた光景だった。

 すべてのテレビ、モニター、スマホやタブレットなどなど、映像を表示する機械全てに、その映像──三人の若者の姿が映し出されていたのだ。

 そして、その若者の一人が口を開く。


『我らは偉大なる神をその身に宿し者……』


 半ば虚ろな表情だが、口調はハッキリしていた。

 だが、不思議なことにその言葉は聞く者それぞれの言語で話されていたのだ。


『我が名はゼウス』

『メタトロン』

『そして、サタン──愚かなる人間どもに名乗るのも面白くないが滅亡の引導を渡すにあたり、礼儀上名乗っておく』


 全員の視線が誓矢に向けられた。

 光塚が問いかける。


「なあ、こいつらとオマエのフェンリルって、どっちが強いんだ?」

「そんなのわかるわけないだろ!」


 誓矢は呆れたようにため息をつく。

 読書家の森宮が真面目に考察しはじめた。


「ゼウスはギリシャ神話の主神、メタトロンは神に次ぐと言われてる強力な天使、そして、サタンは悪魔の中でも神に対抗する存在。だけど、フェンリルは北欧神話の主神であるオーディンを殺しているから……もしかしたら、もしかするかも」

「あの……森宮さん?」


 真剣な眼差しを向けてくる森宮から逃れるように光塚の背中に隠れる誓矢。

 そんな誓矢に光塚は肩をすくめる。


「まあ、こんな様子だと、神々と戦え──なんて言ったら、真っ先に逃げ出しそうだな」


 思わず吹き出す面々。

 だが、画面の中の自称、神たちは淡々と演説を続けていた。


『我々──神界しんかい天界てんかい魔界まかいの三界に属する神々は人間界を滅ぼすことにした』

『フェンリルの反抗により、一旦は神々のゲームの中断も検討されたが、人間たちの愚かさに我々は失望した』

『自ら住まう大地を、修復不可能な炎で燃やす愚行、看過するわけにはいかぬ』


 そう言うと、画面の中の三人は天へ向けて手をかざし、それぞれ異なる色の光の矢を放った。

 次の瞬間、画面が切り替わり星がきらめく澄んだ夜空が映し出される。

 そして、一拍置いて、無数の火球が夜空を埋め尽くした。


「もしかして、あれが核ミサイル──?」


 絹柳が絶句する。

 次から次へと夜空に咲く火球。それは、すべてが神によって撃ち落とされたミサイルだった。

 画面の中の神々が再びカメラ目線で語りかけてくる。


『それでは、オマエたちが呼ぶプロメテウスとやらの異能者たちは、我々の眷属けんぞくへと加えてやろう』

『もともと、炎で我らが眷属ともども焼き殺すつもりだったのだろう。ある意味。我らへの供物といっても間違いではあるまい』

『これも貴様ら愚かな人間どもの選択の結果──せいぜい後悔することだ』


 この言葉を最後に映像は途切れ、画面はぞれぞれ正常な状態に戻った。


 誓矢が顔を上げる。


「プロメテウスが危ない──!」


 その言葉に、他のメンバーたちも静かに頷く。

 このままプロメテウスの異能者たちを見捨てるわけにはいかない。

 誓矢たちは急いで着替えを済ませ、装甲車そうこうしゃを止めている駐車場へと向かう。


 ○


 プロジェクト・シルクロードは失敗に終わった。

 世界各国の人々は絶望に打ちひしがれ、次いで怒りの矛先を探し始める。

 特に各国首脳に向けられた怒りは、プロメテウスの異能者たちを犠牲にしようとした姿勢だった。

 それらの追求に対し指導者たちは必死に抗弁を試みる。

 だが、某国の政治家の次の一言が、世界中の人々の怒りに触れてしまう。


『もともと、プロメテウスに集められた異能者たちは、比較的能力が低いか戦闘に向かない者たちだったのだ! だから、例え失ったとしても大きな損害ではない!』


 それは、作戦自体が、プロメテウスの異能者たちを犠牲にする前提のもとで実行されたと取られてもおかしくない発言だった。

 世界的な非難の声を受け、彼らは志願して作戦に参加した英雄──あらかじめ作戦の内容を理解した上での参加だと、誓約書まで持ち出して強弁する権力者たち。


『プロジェクト・シルクロードを批判する人々は彼らの崇高な自己犠牲の精神を汚すことになるんだぞ!』


 しかし、そのような妄言もうげん、今や誰も聞き入れようとしなかった。

 政府を見放す民衆、そして各地で独立を宣言する異能者たち、世界はさらに混迷の深みへと沈み込んでいこうとしていた──

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