第44話 「貴方を神界へと招くことを決定しました」

「よく、ここまで来てくれました。神狼しんろうの力を宿した少年よ──」


 天照大御神あまてらすおおみかみがそっと誓矢せいやの前へと歩み寄って戸惑う少年の右手を取った。


「あ、あの……」


 女神の威厳に圧倒されたのか、なんと言って良いのかわからない誓矢。

 その様子を気にせずに、天照大御神はニッコリと笑ってみせる。


「まずは、貴方──氷狩ひかり殿が知りたがっていることをお話ししましょうか」


 そう切り出した、天照大御神はゆっくりと言葉を選ぶ様子で話し始めた。

 

「今、日本で起きている眷属けんぞく、いえ、怪物による災害は、天界てんかい魔界まかい、そして、この神界しんかいにすまう神々の決定により実行されている──『』と呼ばれる儀式なのです」

「『神々のゲーム』、ですか──」

「ええ」


 小さく頷くと、女神は居住まいを正した。


「わたくしたち三界さんかいの神々は、その総意により人界を滅ぼすことに決定しました」

「え……」


 衝撃的な一言に、一瞬意味を図りかねる誓矢へ追い打ちをかける女神。


「人間たちは長きにわたって人界じんかいの支配者として君臨してきましたが、その結果、自然は搾取され、他の生物たちも人間の都合のまま、厳しい生活を強いられてしまっています。このまま放置すれば近い将来、人界は人間によって修復不可能なところまで荒らされてしまうでしょう」


 その前に人間を滅ぼすことに決定した。

 そして、同時に人間が滅亡した後、人界を神界、天界、魔界の三界が分割統治するにあたって、その勢力図を決める目的も加えて、三界それぞれの勢力から、無数にいる下級神たちを眷属として人界へと送り込んだ──それが『神々のゲーム』である、と。


「眷属たちは人間を襲い、眷属化することで仲間を増やし、勢力を拡げることを目的として動きます」


 女神の声が急に冷たくなったように感じた。

 誓矢は怯みかけたが、なんとか踏みとどまって口を開く。


「人間を滅ぼすなんて、そんな勝手な──それに、それだったら、なぜ日本だけがターゲットになってるんですか」

「勝手というが、人間たちこそ勝手気ままに振る舞ってきた結果がこの事態なのです」


 ピシャリと言い放つ天照大御神。それから、すこしだけ表情を和らげて誓矢へと微笑みかける。


「神々のゲームの開始にあたって日本が選ばれたのは、もともとの霊的要素が高かったことと、あらゆる宗教観念

や自然、偶像信仰ぐうぞうしんこうなどが混在し、三界それぞれが干渉しやすい地域だったという理由です」


 今は日本国内で完結しているが、この先、眷属たちはそれぞれ数を増やしていき、最終的には世界全体へと広がっていく──はずなのだが。


「その障害となっているのが、氷狩殿──神狼の力を宿した貴方なのです」


 ゴクリと唾を飲み込む誓矢に対し、天照大御神は再び手を差し伸べてきた。


「そこで、我々神界の神々は、氷狩殿──貴方を神界へと招くことを決定しました」

「え……?」


 突然の申し出に困惑のどん底へと突き落とされる誓矢。

 そんな誓矢の様子を意に介さず、天照大御神は「もともと神狼も神界の住人、こちらに戻ることが自然でしょう」と、誓矢に決断を要求してくる。


「えっと、それって、僕が神様になるっていうこと……?」

「ええ、神界に上がった氷狩殿は神々に列せられることになります。そのことにより、人界から隔離され、神々のゲームに直接影響を及ぼすこともなくなります」

「え、人界から隔離されるって……」


 神になった誓矢は、人間の誓矢としての人格を捨てること──その存在は人界から消えてしまうことになると女神から説明される。

 半ばパニック状態に陥る誓矢。


「そ、そんなこと今決めろっていわれても……」


 そこへ助け船を出したのはヤクモとスズネだった。


「天照大御神様、人間は様々な縁を人間同士で結んでおります。さらに、縁の他にも様々な煩悩を併せ持っております故、即断即決など不可能と存じます」

「神々のゲームに関わる重大な決議の結果に対し、まことに恐れ多きことなれど、この者──神狼の力を宿した少年に対し、身の回りの整理をする幾ばくかの猶予をいただきたくお願い申し上げます」


 天照大御神の前に進み出て口々に猶予を請う狐神。


「あなたたちは、我々神々の列に並ぶ存在なのですよ、それを──」


 そうたしなめようとする女神だったが、ヤクモとスズネは退こうとはしなかった。


「二人とも……」


 真剣な様子の狐神に対して、誓矢の頭は自然と下がっていた。

 そして、最終的に天照大御神が折れた。


「わかりました。あなたたちの言を是とします」


 そういうと、女神は誓矢へと正面から視線を向けてくる。


「一度、人界への帰還を許可します。ただ、長い猶予を与えることはできません。できるだけ、早く身の回りを整理じ、人界へ再び戻ること──それが条件です」


 その言葉に、誓矢は素直に頭を下げた。

 いろいろ思うところはある。だが、今は、とにかく人界へ戻ることを最優先にすべき、そう考えたのだ。


「ヤクモ、スズネ、ふたりともありがとう」


 天照大御神と別れて人界へとつながるゲートへと向かう途中、誓矢は、狐神ふたりに礼を述べた。

 すると、二人はそれぞれの表現で誓矢へと笑いかけてきたのだった。


「お礼をいいたいのはうちらのほうやし」

「んじゃ、そういうことで、またなー」


 スズネとヤクモがどこからか白いハンカチみたいな布を取り出して振り始める。

 と、同時に誓矢の足もとから地面が無くなる感覚。


「また、これかぁぁぁ……」


 身体が自由落下していく感覚の中、誓矢は諦めて目を閉じた。

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