第39話 「絶対、なにか理由があるんだ」
「ボクのなまえはユーリ、キミは?」
金髪の幼い子供は、そう言って小さな右手を差し出してきた。
それが
マンションの誓矢の家を挟むようにユーリと
特に、ユーリは誓矢や沙樹とは異なり、母親を早くに亡くし、父親は仕事の都合で海外への渡航で長期不在になることも多く、必然的にユーリや沙樹の家族と一緒に生活する機会が増え、さながら兄弟の様に育ってきた。
「ちょっと前までは一緒だったのに──」
移動中の
特に有名なのは、発足式から一週間後に起きた
それは、青楓学院とは別の駐屯地で起きた事件だが、二十人を超える異能者が一斉蜂起した事件である。
「それをフォルストのヤツ、一人で乗り込んで全員を制圧したんだってさ」
同じ部屋で起居する異能者たちが誓矢を気にするように声を潜めてユーリの話をしていた。
具体的な力は明かされていないが、ユーリは素手で複数の能力者を制圧できるくらいの、特殊な力を持っているらしい。
確かに小学生の頃からはじめていたボクシングに関しては、才能と能力は類い稀なモノがあったが、異能者を圧倒するほどの力となると誓矢にも想像がつかない。
異能者たちの間にその力に対する怖れが広がる一方、さらに事件後の厳しい処断──首謀者格だった三人は
「絶対、なにか理由があるんだ……」
誓矢はユーリが変わったとは思っていない、そう強く信じている。
発足式以来、ユーリの姿を見かけることはあったが、周囲に邪魔されて話しかけることはできなかった。
ちなみに、沙樹については一応連絡が取れている。
沙樹自身は家族と行動を共にしていて、誓矢の家族も同じ場所で生活しているとのことだった。
詳細については教えてくれないが『こっちは大丈夫だから、セイヤくんも無理しないで』といったメッセージが届いていた。
○
そして、誓矢は訓練と出撃を繰り返す日々を過ごす。
そんなある日、突然
「ヤッホー、元気にやってる?」
アメリカ軍制服を身に纏った姿勢の良い金髪の女性士官──アメリカ
「キャリー少佐! どうしてここへ!?」
「ちょっと別用で近くに来たから、ついでに寄ってみたんだけど──」
少佐は誓矢の頭にポンと手を乗せた。
「恩人がくたばってでもいたら後味が悪いからね、ちょっと心配になって寄ってみたんだけど、大丈夫だったかしら」
そう言うキャリー少佐に、誓矢は力のない笑みを返した。
「なんだか、自分は怪物を殺すだけの道具になってしまったように思えます」
「一軍人としては望ましい成長なのかもしれないけど──」
キャリーは少し言い淀む素振りを見せた。
「──ユーリ・ファン・デル・フォルスト。彼のことが気になっているのよね」
「ええ、何か知ってるんですか?」
正面からキャリーを見つめる誓矢。
その必死さに感じるところがあったのか、少佐は少し考え込んでしまう。
「期待を持たせて悪いけど、今の私から話せることは少ししかないわ」
そう前置きしてゆっくりと語り出す。
「フォルストはあなたたち異能者とはまったく違う存在なの。普通の人間ではない、でも、特別な力を持っている存在。そして、私たちアメリカ軍に関係する人物だということ──」
「アメリカ軍に関係……それってどういうことなんですか?」
「今、自衛隊に協力しているのは、あくまでうちから出向しているって形なの。それ以上は──ごめんなさい、今はまだ教えられないわ」
誓矢はキャリーの顔を窺うように視線を向ける。
「この前の貸しを返して欲しいといっても?」
その誓矢の切り込みに苦笑してしまう少佐。
「うーん、ちょっと釣り合わないかな。それに、うちへの貸しを返せというのは、少なくとも今ではないと私は思うな」
結局、誓矢はキャリーにはぐらかされてしまう形となった。
「とにかく、身体だけは大事にしておいてね。私たちもあなたには期待しているんだから、働かされすぎたあげく、過労死なんてもったいない終わり方だけは避けて欲しいところなの」
そう言い残して、キャリーは誓矢に別れを告げた。
「……結局、なにをしに来たんだろう」
そう首を捻る誓矢だったが、その後、自分に対する自衛隊員たちの態度が少し和らいだことに気がついた。
おそらく少佐が、誓矢に過度の負担を押しつけないよう、圧力をかけていってくれたのだろう。
そう思い至った誓矢は、精神的な部分でも少し余裕ができたような気持ちになった。
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