第19話 「──追放処分は君もだよ」

「──君はなにか勘違いしているようだね。氷狩ひかり 誓矢せいや君」


 沙樹さきとともに、生徒会室に出向いてユーリの軟禁を解除するよう主張した誓矢に対し、窓際に佇む霧郷きりさとが見せた態度は予想外のものだった。


「え……!?」


 呆然とする誓矢に対し、取り巻きの幹部たちが蔑むような視線を向けた。

 霧郷は生徒会長席に座り、顎の下で手を組んで誓矢の顔を見上げてくる。


「フォルスト君の処分はすでに決まっている。今、皆が一致団結して危機に対処していかないといけない中、ことあるごとに反抗して結束を乱す彼のような存在は排除しなければならない」


 青楓学院せいふうがくいんからの追放──それがユーリに下された処分だったのだ。


「ちょ、ちょっと待ってください。それは酷すぎます! たしかにユーリ──フォルスト君は口も態度も悪いところがあるけど、今まで、僕たちガーディアンズを後ろから一生懸命支えてくれました。それを突然追い出すだなんて……」

「僕たちガーディアンズ、か……」


 霧郷がこれ見よがしにため息をつく。


「さっきも言ったが、氷狩君は勘違いをしている──」


 椅子に深く座り直して、今度は仰け反るようにして誓矢へと冷たい視線を向けてくる霧郷。


「──追放処分は君もだよ、氷狩 誓矢君」

「え……!?」


 予想だにしない霧郷の発言に、言葉を失ってしまう誓矢。


「すでに報告は受け取っている。氷狩君、君は強大な力を持っているにもかかわらず、今までそれを隠していた。それは、我々仲間たちを騙していたということだ。さっきも言ったが僕たちは結束して脅威にあたらねばならないんだ。それなのに、ある意味裏切りと言っても良い行為だ」

「そ、それにはワケがあって──」


 責める口調の霧郷に対し、ようやく声を押し出す誓矢だったが、頭の中が真っ白になってしまい言葉が続かない。

 さすがに我慢しきれなくなったのか、沙樹がツカツカと生徒会長席へと歩み寄り、机へ勢いよく手をついた。


「それは短絡的過ぎます! 霧郷さんらしくない言い方だと思います」

「僕らしくない?」

「ええ、冷静に考えてセイヤくん──氷狩君の力はわたしたちにとっても大きな助けとなるのは明白です。なのに、ユーリくんともども追い出すなんて。貴重な戦力をむざむざ手放すようなこと──」


 正面から霧郷と視線をぶつけ合う沙樹に、誓矢は心の中で感謝する。おかげで、思考を整える余裕ができた。

 霧郷がゆっくりと席を立つ。


「フォルスト君については、たかだか能力を持たない一般生徒にしか過ぎない。そんな彼がいなくなったところで、その穴は誰かが埋めるだろう」

「はあ!?」


 沙樹の声が高くなった。

 今の霧郷の発言は、能力のない普通の生徒たちについては、いてもいなくても変わらないと言い切ったようなものだったからだ。

 そんな沙樹の怒りを横目に、霧郷はさらに言葉を続ける。


「氷狩君については、確かにその力は得がたいモノだ。だが、絶対に必要というレベルでもない。むしろ、我々の結束を乱すような行為のほうが看過できない──」


 結束を乱すような行為──そのひとつとして霧郷が挙げたのが、光塚たちからの報告にあった誓矢の話の内容だった。


「神々の力? フェンリル? お伽話も大概にして欲しいね。以前もあったけど、そんな妄言をばらまいて僕たちを混乱させることに、どんな意味があると言うんだい?」

「お伽話だなんて!」


 沙樹がキレた。


「じゃあ、今起きている怪物たちの襲撃もお伽話だっていうの!? 霧郷さんたちは怪物たちの正体や出現している原因、全部知ってるっていうの!? だったら、全ての真相を今すぐ皆に説明してよ!」

「いや、そうは言ってないよ。もちろん、僕たちにもわからないことだらけだ。だからといって、君たちが言う“神様”の存在を素直に信じられるほど、僕たちは子供じゃないってことさ」

「ヤクモくんとスズネちゃんは本当にいるのに──」

「でも、姿を見せることができないのならば、いないのと同じことさ」


 その後、誓矢と沙樹は霧郷たちに対して、しばらく抵抗を続けたが、結局のところ不毛な議論が平行線のまま続いただけであった。


 ○


「──沙樹までついてくるとは思わなかったぜ」


 背後で青楓学院高校の副門が閉まる。

 門の向こうでは光塚たちクラスメイトたちが、それぞれの表情で学校を出された誓矢たちを見送っていた。

 誓矢たちの追放を阻止できなかったことに対する無力感、不安感、苛立ちなど──だが、誓矢たちはあえて笑顔で手を振ってみせる。


「僕たちは近くの避難所で頑張るから。もし、怪物の討伐とか物資の融通とか──そういう時は協力してね」


 そう言い残して、誓矢、ユーリ、沙樹の三人は足早に青楓学院を後にした。

 少しの間、無言だったが、ヤクモとスズネの神社のあたりを通り過ぎたところで、再びユーリが沙樹に問いただす。


「……って、やっぱ、沙樹は学校に残った方がイロイロと都合がよかったんじゃねーの?」


 これから向かう一般の避難所とは違って、青楓学院は学生主導で物事が動いていた。そして、避難民の受け入れに関して、沙樹は中心的立場にあったのだ。

 だが、沙樹は沙樹で思うところがあった。


「まぁ、霧郷さんに代わりはいくらでもいる発言をもらっちゃったからね──とは、言っても、本当はそうなのかもしれないのよね。私が出てきても、たぶん学校の避難所は変わらなく動いていくと思うわ」

「でも、そうなるようにしたのは沙樹と、ユーリでしょ」


 誓矢が二人を励まそうとする。


「もし、何かあったときのために、誰かがいなくなっても、きちんと避難所を維持できるように体制を整えたのは二人なんだから──そのことに関しては威張ってもイイと思う」


 その物言いに、ユーリと沙樹が同時に吹きだした。


「まあ、その気を遣ってくれて……ありがとな」

「逆に怪物が襲ってきたら、その時は頼りにさせてもらうからね、セイヤくん」


 笑い声が弾ける。

 誓矢たち三人は気持ちを入れ替えつつ、国が設置している避難所へと向かっていった。

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