第18話 「反抗罪だってさ」

「無事だったみたいだな、とりあえずよかった」


 言葉とは裏腹にムッとした様子のユーリに、戸惑いを隠せない誓矢せいや


「今度はいったい何をやらかしたのさ……」


 誓矢が困惑するのも無理はない。帰校した途端、半泣きの状態の沙樹さきに助けを求められたのだ。

 なんでも、ユーリがボクシング部室に軟禁されてしまっているという。

 リングサイドに腰掛けた格好でユーリが声を抑えて笑った。


「反抗罪だってさ」


 ユーリは誓矢から視線をそらせて、ゆっくりと語り出した。

 それは、誓矢たちが避難民団救出に向かった後のことだった。別の一団が救いを求めて青楓学院せいふうがくいんへと這々ほうほうていでたどり着いたのだ。

 今まで通り、文句を言いながらも受け入れ準備をはじめるユーリと沙樹。

 だが、霧郷きりさとたち幹部から通達された指示は、過去の方針とは異なるものだったのだ。


「今現在、青楓学院のキャパシティは限界に達している。よって彼らを受け入れるのは難しい。最寄りの国の避難所へ移動するよう通達せよ」

「はぁ?」


 声を高めるユーリ。確かに青楓学院が受け入れられる避難民には限りがあるが、先日、大規模な避難所の再構築を行ったこともあり、誓矢たちが救出に向かった避難民団を迎えてもなお、まだ余裕がある。


「それなのに受け入れないってどーいうことだよ!」

「……今回の避難民は着の身着のままで物資もなにも持ってきていないそうじゃないか。受け入れてもこちらの蓄えが減るだけだし、メリットもない」

「おい、今、なんつった!?」


 ユーリが幹部の一人に詰め寄る。「メリットがない」という単語に反応したのだ。

 制止しようとする沙樹を振り払って、ユーリは相手の胸ぐらを掴んだ。


「それって、避難民を選別するってことか!? 物資をたくさんもってるヤツらはメリットがあるから歓迎するけど、そうじゃないヤツは足手まといだから、どっかよそへ行けって突き放すってコトかよ」

「それのどこが悪いのかな」


 霧郷が笑みを浮かべた。


「ここのキャパシティにも限界がある──そう言ったのは君たちだろう? なら、その限られたリソースを有効に使うためにも避難民──協力者たちの選別が必要だろう」

「……やっぱり、アイツらは追い出せってことかよ」


 急速にユーリの口調が冷たくなっていく。

 それに気づいた沙樹が二人の間に割って入った。


「あ、その、出ていってもらうにしても、あの人たちは疲れ切っている状態で、子供を抱えたお母さんたちもたくさんいて。せめて、数日間休んでもらって、その間に自衛隊の人と打ち合わせて別の避難所へ──」

「無用だ」


 霧郷が話はこれまでと言うかのように背中を向ける。

 別の幹部の一人が、嘲るように口を開く。


「そこまで正義ぶるなら、君たちが彼らを避難所まで送り届ければいい──ボクシング部のエース、君なら怪物たちに襲われても、その拳で撃退できるだろうしね」


 部屋の中に笑いが巻き起こった──そして、一瞬遅れて机や人が倒れる音が連鎖する。


 ○


「……手を出しちゃったんだ」

「それのどこが悪い」


 あちゃーと額に手を当てる誓矢に、ふてくされた様子のユーリが反論した。


「どうしよう、二人とも。このままじゃユーリくんが」


 何もできなかったと自分を責める沙樹をなだめながら、誓矢は安心させるように笑って見せる。


「大丈夫だよ、僕からもユーリを許してもらう──」


 一瞬、ジロリとユーリに睨みつけられて、言葉を選び直す誓矢。


「──じゃなくて、誤解されないように話をしてみるよ」


 正直、今、青楓学院内の避難民問題はとてもデリケートな状態になっている。些細ささいな言葉の行き違いが、大きなトラブルへと発展しかねない。慎重な対応が必要だと誓矢は自らに言い聞かせる。


「とりあえず、光塚みつづか君たちにも相談してみるよ」


 ガーディアンズ内でのエースたちである光塚たちの発言力は意外と大きい。それに、誓矢と同じくユーリとも同じクラスメイトである。そういった意味でも援護を期待できた。

 それに、今回の出動における誓矢の活躍──すでに、絹柳きぬやながレポートをまとめて提出してくれているが、そのことも誓矢自身の発言の説得力を高めてくれるだろう。


「だから、ユーリはしばらくここで頭を冷やしていること。わかってるよね」


 そう誓矢に人さし指を突きつけられて、不満げにそっぽを向いてしまうユーリ。

 だが、言われたことを拒否しようとはしなかった。

 ホッとした様子の沙樹を促して、誓矢は教室へと向かう。


「まずは、光塚君たちに事情を説明して──」


 その後は、生徒会室へ向かって霧郷や幹部たちを説得しなければならない。

 誓矢は気合いを入れるために両頬を軽く叩いた。


「なんか、セイヤくん。雰囲気が変わったかも」


 隣を歩く沙樹が遠慮がちに微笑む。


「え、そうかなぁ。自分では変わったつもりないんだけど」

「そうだね、なんか吹っ切れたカンジというか──でも、変わったとしても、きっと良い方にだよ、大丈夫!」


 勢いよく誓矢の背中を叩く沙樹。

 ビックリして数歩前のめりになる誓矢だったが、沙樹の表情を見て笑顔を返した。

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