第13話 「さてと、こっからが地獄だぞ」

「──現在、我が国は未曾有みぞうの危機状態にあることに変わりはありません」


 教室のテレビ放送や、スマホなどに配信されているネット動画に見入る生徒たち。

 その映像の中では、この国の総理大臣の記者会見がはじまっていた。


「まず、最初に、私は衝撃的な事実を国民の皆様にお伝えせねばなりません」


 そう言ってから、総理は脇にあった水を口に含んで、一拍置いてから再びカメラへと目線を戻す。


「今現在、我が国の国土に出没し、国民の皆さんの脅威となっている謎の怪物ですが──その怪物に襲われた人々が、さらに怪物化するという情報が国内に出回っております」


 確かにその情報は本当だった。実際に怪物に襲われた人が怪物化したという目撃証言や、その様子を撮影した動画などがネットを通じて拡散されている。

 だが、これまで政府は、それらの情報を真偽を確認することができないとして認めてこなかったのだが──


「今まではそうでした。ですが、怪物たちの正体について、襲われた人間が怪物化するという現象。これが正しいという見解を、今、この場で正式に発表させていただきます」


 学校内がどよめいた。

 すでにヤクモとスズネから聞いていた誓矢せいやたちは心の準備ができていたが、その他の大半の生徒たちは、目を背けていた現実を急に突きつけられた格好になる。動揺しない方がおかしい。

 テレビの中では表情を消した総理大臣が、淡々と事務的に説明を続けている。


「怪物化した国民を元に戻す──治療する方法については生物学、医学など多方面の専門家を招集して解明にあたっています」


 しかし、解明の目処めどは立っていない──総理はそう言い切ってから、再び水へと手を伸ばす。


「一方で、怪物たちの襲撃はこれからも続くことが予想されます。私は国民の皆様の生命と財産を守るため、怪物の撃退を自衛隊や警察、及び関係機関に命令します──その対象が、例え、かつて人間であった同胞どうほうであったとしてもです」


 この発言は日本全国に静かな衝撃をもたらした。

 政府は国民に対して意識の変革を強制しているのである。

 自分たちが助かるために、怪物化してしまった家族や友人、知人、その他多数の人々を犠牲の名の下に切り捨てるということだ。

 その重々しい空気に呑まれてしまった会見場の記者たちを前に、総理は次々と今後の方針を伝えていく。


 一、怪物に対する対応を効率化するために、戒厳令を発令できるよう国会で法整備を緊急に行う。

 二、同じく、避難所の設営・維持のために必要な物資や住宅などの徴用を可能にするべく法整備を進める。

 三、各地の不思議な能力を発言させた少年少女を異能者いのうしゃと定義し、自衛隊指揮下に正式に組み入れることとする。

 四、怪物化した国民の一時的な人権停止を定めた法案を国会に提出する。


「本来であれば、憲法改正をも伴う内容であるため、国民投票等の手続きを踏む必要があるのですが、現在の状況下においては実現不可能と考えます。よって、国会の決議をもって現時点での未曾有の危機に対する対策として──」


 総理の言葉が記者たちの怒声にかき消される。

 さすがに、日本の民主主義を根本から揺り動かす内容だったことから、記者たちも黙ってはいられなかったのだろう。だが、一方で、怪物襲来による危機を論ずる記者もおり、演壇に立つ総理そっちのけで、記者同士の激しい論戦が交わされていく。

 そんな光景をメディア越しに見ていた国民たちもまた、各々が重い決断を迫られ、困惑のどん底に叩き落とされていくのであった。


「……ついに来たな」


 ユーリが舌打ちした。

 誓矢も自らの両手に視線を落として、小さく呟く。


「うん……来たね」


 すでに、ヤクモとスズネから裏の事情を聞いていた誓矢ですら、今の放送を受けて少なくない衝撃を感じた。これから、怪物たちとの戦いにどう向き合えば良いのか──


「セイヤくん、とりあえず今日は休んだ方がイイかも」


 そっと背中に手を当ててくる沙樹さきに、大丈夫と応える誓矢。

 毛布にくるまったユーリが背中を向けたまま声をかけてくる。


「っていうか、大変なのは明日以降だぞ。眠れる今のうちに体力──いや、精神力だな、温存しておくべきだと思うぞ」


 ユーリの言葉は正しかった。

 一夜明けた次の日から、この国の状況はガラリと変わってしまった。


「──昨日の政府の発表について、到底受け入れることなどできない。断固拒否する!」


 体育館に集められた学生や協力者たちを前に霧郷きりさとが毅然たる態度で声を高める。

 自分たちを“”などという、排外するような名称で定義づけられるのも不本意だし、それ以前に、自衛隊の指揮下に入れという一方的な命令に対しても強く反発してみせる。

 そして、ネット配信を通じてつながる各地の学生たちも、心強く見える霧郷の態度に共感し、今や、霧郷をガーディアンたちの指導者として推すべしという機運が急速に高まっていった。


『今こそ、霧郷君を頂点とする新人類──ガーディアンズたちを中心とした新秩序を立ち上げるべきだ!』


 そんな声がメディアやネット上にあふれ出し、同時に青楓学院せいふうがくいん高校を中心としたガーディアンズに対する期待も膨れあがる。


「……さてと、こっからが地獄だぞ」


 体育館の一番後ろ、その隅で盛り上がる生徒たちの背中を見やりながら、皮肉げに笑うユーリ。


「地獄って、大げさな。確かに気苦労とかは増えそうな気もするけど」


 そう返す誓矢の腹にユーリは拳を押しつけてきた。


「って、一番大変なのは最前線に立つセイヤたちガーディアンだと思うけどな──」

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