第12話 「ぶっちゃけ、この組織長くは保たねーと思うぞ」

「──ったく、アイツら何様のつもりなんだよ!」


 ボクシング部室に金髪の少年──ユーリの声が響き渡った。

 誓矢せいやが両手を軽く上下させて落ちつかせようとする。


「まあまあ、落ちつけって。また、ガーディアンズとやりあったって?」


 チラリと向けられた視線を受けて、沙樹さきが苦笑しつつ説明する。


「ガーディアンズが遠征部隊を組織するから、って、避難してきている人たちの分の物資を持って行っちゃったの」

「こっちだってギリギリでやりくりしてんだぞ、次の配給だってまだ決まってないのに……それを『これもお前たちを守るためなんだ』とか、上から目線で言いやがる」


 行き場のない怒りをサンドバッグにぶつけるユーリ。


「……なあ、セイヤ。ぶっちゃけ、この組織長くはたねーと思うぞ」


 そうつぶやくと、金髪の少年はゆっくりと頭を振る。

 沙樹もそっとベンチに腰を下ろした。


「そうかもしれない……いっそのこと自衛隊の人たちに相談して、避難民全員で国の避難所に移った方が安心かも」

「それは──」


 誓矢は言葉に詰まってしまった。実のところ、その方がガーディアンズにとっても怪物対応に全力を集中できる。ユーリが言うような無用のトラブルも避けることができるだろう。

 だが、今や霧郷きりさと率いるガーディアンズは、日本だけではなく全世界の注目の的となっている。襲い来る怪物たちから民衆を守るヒーローといったイメージが高まっていて、実際、それを頼りに遠方から逃げてくる避難民もいるくらいだ。

 沙樹が重々しいため息をつく。


「実際問題として、この学校に受け入れられる避難民の数も限界に近い。そのことも伝えたの」

「でも、頼ってくる人たちを拒むわけにはいかないだろう──だってさ」


 霧郷の口調を真似して、皮肉げに笑うユーリ。


「でもって、実際の対応は一般生徒に任せるとか、正直ありえなくね? 」

「……ふたりとも、本当にお疲れさまです」


 誓矢は素直に頭を下げた。

 今、この学校内で霧郷たちに忌憚きたんなく意見を言える人間はユーリや沙樹を含めて数人しかいない。

 また、避難民たちにしても同様だ。心の中に不満を抱えていてもガーディアンズに直接文句を言うのははばかられる。

 そのこともあって、避難民の生活をフォローしている一般生徒や教職員に対して、ガーディアンズからの一方的な命令と避難民からの苦情窓口という両サイドから板挟みにあってしまい、重い心理的負担を負っている現状がある。


菊家きっか先生がいれば、まだ、霧郷さんたちを説得できるのかもしれないんだけど」


 この非常事態に遭っても常に冷静で、細かいところまで気配りを欠かさない女性教師──その菊家は、今、少し離れた大規模避難所に駐屯ちゅうとんする自衛隊の元へと赴いていて、しばらくの間不在の予定になっていた。


「物資の増量と待遇の改善、それにガーディアンズとの関係改善。早めに手を打たないと手遅れになってしまう。できるだけ早く帰ってくるから、その間、大変だと思うけどいろいろとお願いね」


 そう言い残して、菊家は自衛隊の装甲車そうこうしゃに同乗して交渉へと向かったのだ。

 とにかく菊家が戻るまでは、自制に自制を重ねるよう──誓矢は特にユーリには強く言い聞かせる。


「……わかったよ」


 ねるようにそっぽを向くユーリ。


 ──ポォン!


 そのタイミングで、間抜けな音が響き、ミニマスコットサイズのヤクモとスズネが姿を現した。


「まーた、この汗臭い部屋かよ」

「人気のないところが他にはないさかい、しかたおまへん」

「ヤクモくんにスズネちゃん──」


 沙樹が二人の身体を両手で持ち上げる。


「ってゆーか」


 ユーリが不満げな声を上げた。


「オマエらがみんなの前に姿をみせれば、一発で状況をわからせることができるんじゃねーか」


 だが、ヤクモはべーっと舌を出して、あっさりと拒否してしまう。


「そんなことできるわけねーだろ、この鬼っ子」

「ああん?」


 悪態をつくヤクモの頬を引っ張りにかかるユーリ。

 その横で、小さくため息をついてからスズネがペコリと頭を下げる。


「堪忍や、うちら神様いうてもそんなに格はたこうないさかい、人とえにしを結ぶことのできる数が限られておるんや」


 スズネやヤクモたち神様は、基本的に人からは見えない存在である。ただ、例外もあって、人の前に姿をみせるためには、その人間と縁を結び、力を分け与えることで可能とすることができる。

 だが、スズネとヤクモの神格は下から数えた方が早いレベルのため、縁の数が限定されているということだ。まだ、もう一人二人くらいはいけるかもしれないが──


「怖いのはアレだ、とかいうヤツ」

「そやね、うちらが姿を現しているところを不特定多数の人に見られたりでもしたら、強制的に全員に縁が結ばれてしもて、うちらの力なんかあっさり吸い取られてしまいますなぁ」

「そうなったら、オレたちあっさりと消滅だぜ」


 ヤクモとスズネが揃って肩をすくめて見せる。

 誓矢が驚いたように口を開いた。


「え? 神様の力ってそういうモノなの? と、いうか、縁とか神様の力とか、デジタル変換されるもんなの?」


 ヘッとバカにするような表情でヤクモが笑う。


「神様の力を人間ごときの一技術で計れると思うなよ、このスカポンタン──って、毎回毎回ほっぺたひっぱんな!」

「実際に外国の湖に縁を結んでた神様の一人が、油断したところを写真に撮られてしもうたんや。そして、その写真が世界中に公開されてしもうてな。結果、力を全部吸い取られて消滅してしもた……」


 複雑な表情を見せるスズネの言葉に考え込む誓矢。


「外国の……湖……写真……消滅……って、もしかして、ネス湖のネッシー?」

「日本の湖にも遊びに来たことがあって、うちらもお会いしたことがあるんやけど、本当に気の良い神様で良くしてもらったんや──まぁ、目立ちたがり屋なところがあらはって、それが裏目になってもうた……」


 シュンとしてしまったスズネの頭を軽く撫でながら、沙樹が何か思いついたように声を上げた。


「ということは、私たちとスズネちゃんたちとは縁を結ばれてるってことよね」

「せやな」

「じゃあ、神様の力がわたしたちにも流れてきてるっていうこと?」


 スズネがニッコリと微笑んで、沙樹の頬に手を当てる。


「本当にささやかな力やけどな──」


 そう言いかけた時、ハッと真剣な表情になるスズネと、そしてヤクモ。


 ──ぽぉん!


 次の瞬間、間抜けな音とともに姿を突然消してしまう。

 そして、ほぼ同時に部室の扉が音を立てて開かれ、光塚みつづかが息を切らせて駆け込んできた。


「おい、今から緊急放送だってよ。政府からの重要な発表があるから、全員確実に見ろだって!」


 誓矢、ユーリ、そして沙樹の三人は顔を見合わせ、光塚と共に教室へと駆け戻っていく。

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