第9話 「それは保護という名前を借りた監視でしょう?」

「救援が来たぞ!」


 校門から外をうかがっていた中年の教師の一人が手を振って職員室に合図する。続けて校門が開かれ、災害派遣と書かれた幕をつけた自衛隊の車両が次々と校舎前へと入ってきた。

 物々しい武装の自衛隊員に警護される中、輸送車から支援物資が効率良く校舎内へと運ばれていく。

 その様子を横目に指揮車しきしゃから降り立った士官しかんが駆け寄ってきた校長に敬礼けいれいしてみせた。


「当座の物資と警備要員になります」


 そう言ってファイルを手渡しながら、士官は校長の横に並ぶように立って校舎に視線を向ける。


「しかしながら、すでにお伝えしている通り、できるだけ早い段階で近隣の大規模避難施設への移動をご決断ください。今回の事態、避難拠点が分散したままでは、警備の手が回りきらんのですよ」

「そのことについては、すでに職員会議でも早急に合流すると意見がまとまりまして。すぐにでも移送の手はずをご相談したいと──」


 口早に語りかけようとする校長だったが、その声をりんとした声がさえぎった。


「避難民の移送についてはその通りですが、僕たち自警団じけいだんについては独自の行動を取らせてもらうつもりです」

「自警団──ああ、特殊な力が発現したという学生たちか。そちらについても方針が伝えられているはずだが」


 数人の生徒を引き連れた霧郷きりさと人懐ひとなつっこい笑みを浮かべて、士官に形だけの敬礼をしてみせる。


「方針──ああ、僕たちをあなたたち自衛隊の指揮下において、良いようにこき使うっていう話ですよね」


 口調を真似る霧郷に少しだけ不快な表情を見せた士官だったが、あくまで大人の威厳で説き伏せようとする。


「それは誤解だ。むしろ、我々は君たちのような存在を保護したいと考えているのだぞ」


 今、混乱のきわみにある日本国内の各地では、多数の少年少女が特殊な力を発現させている。そして、その力のせいで襲い来る怪物たちとの戦いの最前線に立たされているという状況が確認されている。望む望まないにかかわらず危険な状況に追い込まれている者も多く、そんな彼らを保護するべく考えられた対策が自衛隊指揮下での“保護”なのだと士官は強調した。

 だが、霧郷はそんな大人の理論を一蹴する。


「それは保護という名前を借りた監視でしょう?」


 目下の脅威は襲い来る怪物たちだが、その一方で、力を発現させた少年少女たちも、いつ暴発するかわからない。最悪、その矛先が自分たちに向けられたら、治安を維持する立場の人間にとっては大きな懸念材料になるだろう。そうなる前に、管理・監視すべき、そう考えての措置ではないのですか?

 そう問い詰める霧郷に、僅かにたじろぐ士官。

 直線的に図星を突かれたことに焦ったのか、表情から余裕が消えた。


「それでは、なにか? 君たちは自分たちだけでこの状況を乗り切ろうというつもりなのか。もし、そうなら考えが甘すぎるといわざるをえん。確かに怪物に対抗する力は持っているのかもしれん。だが、日々の生活をどう維持するつもりでいるのか」


 それに家族──このまま学校に拠ったままでは自宅に帰ることもままならないし、家族と引き離されて不安が高まる一方だろうとまくし立てる士官だった。

 だが、それに対して霧郷は余裕の態度を崩さなかった。


「話を急がないでください。僕たちとしてもあなた方と対立しようなんて、これっぽっちも思っていません。あくまで対等の関係を結びたいと考えているだけですよ」

「対等……だと?」

「ええ、僕たちも怪物たちの駆逐くちくは必要だと認識しています。ただ、それを誰かに命令されてやるのではなくて、自分たちの判断で動きたいというだけの話です」


 もちろん、情報収集や生活物資の提供など、外部に協力を仰ぐ必要がある。しかし、それにしても一方的な援助という形ではなく、自分たちの働きに対する報酬という形で提供してもらいたいと。


「……そうですね、傭兵ようへいみたいなカンジがしっくりくるかな。あと、さっき家族の話がでましたけど」


 霧郷の顔からスッと笑みが消えた。


「まさかとは思いますが、僕たちの家族や大切な人たちを人質にとって言うことを聞かせよう──なんてくだらない真似はしないと信じていいですよね」


 そういって半身だけ身体をずらす霧郷の背後に、スマホのカメラを構えた生徒の姿を認めて、士官は表情を強ばらせた。

 霧郷は言葉を続ける。


「あなた方は保護と監視とを都合良く使い分けることがあるように見受けられたので。もし、万一、そのような手段を選ぶというのであれば、僕たちとしても唯々諾々いいだくだくと従うわけにはいかない」

「それは……いや、もちろんそのようなことは決して……」


 しどろもどろになる士官に対して、再び笑顔を取り戻した霧郷が右手を差し出し握手を求める。

 すこし、先走って言い過ぎたことを謝罪し、とりあえず避難民の移送について異存はないこと、そして、今後、交渉の橋渡しになってもらいたいということを伝えたのだった。


「「「おおーっ!」」」


 校舎のあちこちから歓声が上がる。

 この一連の士官と霧郷のやりとりは、ネット配信を通じて学校内の生徒たちが見守っていたのだ。

 誓矢せいややユーリ、沙樹さきたちのように冷静に受け止める生徒も少なくなかったが、大半は霧郷の言葉に共感し同調する声を上げたのだった。

 同時に、この動画は同時に全世界へと公開され、後々大きな反響を呼ぶことにもなる。

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