テキトウ
@3sugi
緑生い茂る電車の中で
その日は、例年気温が上がる夏にしては随分と涼しかった。いつもより上機嫌でバイトを終えた私は、外出自粛が解けて人が増えた大通りの帰路に着く。
爽やかな風が吹き、浮かれ気分だった私はふと路地に入った。頭の中で地図を描きながら、少し遠回りをして家へと向かう。知らない道だったが勝手知ったる生まれ故郷で迷子になる気はしなかった。
いくつかの角を曲がり、知らない景色を眺めていたら林に辿り着いた。都会ではないこの街では住宅街に林が突然現れるなんて当然のことだった。少し木陰で休んでいこう、そう思って奥へと歩みを進めた。
私は一見、それに気づかなかった。鋼鉄でその身を固め、色褪せた緑のラインを横に走らせたそれは鮮やかな緑の中に閉じ込められていた。長方形の鉄の箱を四つの車輪が支え、足元にはパンタグラフが落ちていた。
文明が自然に淘汰されたその光景に私は圧倒された。思考がまとまらないまま、私の脚は地面を踏みしめていく。
扉は外れていて壁と一緒に枝に抱き込まれていた。中に入ると、床からいくつかの芽が生えていた。それは座椅子を巻き込んで歪んで成長していて、ともすれば私の身体も呑み込んでしまいそうな不気味さを感じさせた。
外に響く雨音で私は意識を取り戻した。電車の中は先ほどまでとその様相を何一つ変えていなかった。ただ、涼しげだった風は湿っぽさを浴びた寒い風になっていた。
スマホを取りだして時間を見る。随分とぼうっとしてしまっていたようだ。
多分これに再会することはもうできないんだろうな。そう思いながら、私は常備している折り畳み傘を開いて電車を降りる。
葉っぱに溜まった水滴が重みを増して、傘に降り注いでくる。私は足元に気を付けながらゆったりとして歩調で林を抜ける。
あ、カエルが鳴いた。
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