わったからふるわーるど

みょうじん

第1話 プロローグ クソッタレな青


朝起きた瞬間、青い燐光が視界に入り、開けたばかりのまぶたをすぐに閉じてしまう。このまま二度寝――してしまうには、心があまりにささくれだっている。

その光は身体にこそ害さないが心を汚染する、いつもそういう風に感じ、目を開けたくないのだが……そういうわけにもいかない。

ゆっくりとまぶたを持ち上げていくと、予想通りソイツの姿がはっきりくっきりと目に入り、自身の調子が最悪だと確信してしまう。

ソイツは、大学デビューとでも言うのか、少しだけ茶色に染めた髪の毛。その割に誠実そうなその顔立ちは、からすれば、非常に整っていると言えるだろう。僕個人の目線からすれば、全力で目を背けたいクソッタレな顔立ちだけど。

そんな僕の感情に気がついている訳もないソイツは、眠たそうに柔らかな瞳を細めながら、彼はすっと身体を起こし立ち上がる。日光を背にするその姿は、癪に障るほど様になっており、堪らなく嫌だ。こちとら、眠気でぼうっとする頭を抱え込む気力もなく、光の届かない部屋の隅のベッドで起きられずにいるというのに。

しかし、いつまでも寝てると遅刻してしまう。春休みも明けて、今日は大学二年生の授業開始日だ。こいつに負けまいという醜い対抗心を燃やして身体を起こし、先んじて洗面所に向かおうとする……が、低血圧でふらつき、そのまま前のめりに倒れかける。

僕がみっともなくそんなことをしている間に、そいつは完璧に目覚めたとでもいうかのように、実に軽やかな足取りで洗面所に消えて行く。まっすぐ伸びた背中にしっかりついた筋肉が見えて、僕は軽く舌打ちをしてしまう。

気分を害した僕は先に着替えるべく、ベッドの下の収納を漁る。毎日代わり映えのない黒いジーンズとグレーのパーカー。少なくとも裾が伸びていたり、変な色落ちがしていないことだけが取り柄と言えよう。コーディネートなんて知らない。僕はアイツとは違うんだ。服なんて過度にボロボロだったり、首元が伸びてなければ何でもいいだろう。

そうしているうちにアイツが洗面所から出てくる。髪は濡れ、口元には歯ブラシ。テレビでも見ながら準備をしようと言うのだろう。これ幸いと、僕はソイツと目線を合わせないようにしつつ洗面所に駆け込む。一限目の開始時刻まではかなり余裕があるが、個人的には可能な限り早めに教室についておきたいのだ。

鏡の中にいる人間の第一印象は多分さほどよくないだろう。一応ボサボサとは言えない髪、妙に伸びた前髪、骨ばった体つき……そういった外観もなのだが、それらの特徴の中で目つきが際立って良くない。普通にしていれば比較的ぱっちりと大きな黒目のはずなのだが、溝のように濁っている。端的にいえば目が死んでいるという評価がぴったりだろう。

そんな風に自分を客観視しても特に意味はないし、そもそもそんな自分の顔が嫌いだ。

一般的なマナーとして寝癖くらいは直すべき、ということで顔を洗ってから機械的にブラシを通す。

あいつと同じような行動をするのは癪だが、僕も歯を磨きながら洗面所を出て冷蔵庫を開ける。姿が見えないがトイレにでも入ったのかもしれない。冷蔵庫の中は比較的整然とものが並んでいる。大学生の一人暮らしにしてはかなり大きめの冷蔵庫なのだが、僕の生活スタイルにはちょうどよいサイズ感で重宝している。朝食は基本的に取らないものの、多少はお腹に何か入れておきたい、というわがままを突き通すべく、200mlパックの豆乳を取り出す。

くるりと振り返り洗面所に向かおうとしたところで彼奴にぶつかりそうになり、僕は慌てて横に避ける。きっと僕と同じように朝食を探そうというのだろう。僕とは違って、朝食をとる派閥であるこいつは、冷蔵庫から牛乳を取り出し、お皿によそったグラノーラにたっぷり注いでいく。

そんな様子を僕は舌打ちをしつつ、努めて無視しようとする。

と、その最中で、立ったままグラノーラを口に運び始めた奴が、空気に溶けるように薄くなっていく。そして幾ばくも経たないうちに完全に消えてしまう。僅かに残る青色の残光が目に焼き付いているが、頭を振ってその光を追い出す。

洗面所に戻り丁寧に口をすすぐ。改めて、鏡の中の自分の顔を見る。相変わらず、雨の日の側溝のように濁った瞳。しかし、今度は瞳の中に青鈍色が溶け込んでいることに――その錆びた青色に苛立ち、僕の感情と連動してさらに青はその存在を主張し始め……落ち着こう。まだまだ寒さの残るこの季節でよく冷えた水を思い切り頭からかぶり、伸びた前髪を雑に垂らす。

僕の瞳が目立たないように。

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