第10話 再びの悪夢
暗闇の中に俺は立っていた。
ああ、これは夢だ。
いつも見る悪夢。
そう、俺が認識するのを待っていたかのように、白い手がすがるように俺の足を這い上ってくる。
またかよ。
勘弁してくれ。
コレだけ何度も繰り返し見ていれば、いい加減恐怖だって薄れそうなものなのに、やはり恐ろしくおぞましいことに少しもかわりは無かった。
いやむしろ、今夜の夢は、よりおぞましい悪夢へと変貌を遂げていた。
何故ならそれは、いつもの夢であって、いつもの夢でなかったからだ。
『な……ッ!?』
夢の中の俺は違いに気付いてギョッとする。
じりじりと這い上って来る女の白い手。
その白い手の先には──女の顔があったのだ。
これまでずっとそこには、闇より暗い闇があっただけだったのに。
白く細い少女の腕。
その先に続く細い肩。
そして折れそうな首と、美しく整った白い顔。
けれど大きな目は、まるで死人のそれのようで。
生気もなく、目線もうつろで、なのにガラス玉のような水晶には、しっかりと俺の姿を映していて。
背筋が凍るほどの恐怖。
なのに夢の中の俺は動くことも、その手を払うことも出来なくて。
這い上って来る白い手の、しっとりと冷たい感触が、まるで現実のようで恐ろしかった。
ゆっくりと…ゆっくりと、近付いてくる少女の顔。
そうやって少女は俺の腰のあたりまで這い上って来ると、小さく整った愛らしい唇を笑みの形に歪めて笑って言う。
『やっと……見付けた』
嬉しそうに。
うつろな目を歪めながら。
「うわあああ!!!!」
悲鳴をあげて飛び起きた。
全身が汗でびっしょりなのは、たぶん、蒸し暑さのためだけじゃない。
その証拠に俺の体は、寒さで震えるほど冷え切っていた。
冷凍庫にでも入っていたみたいに、ガタガタと震えるほど。
「兄貴!大丈夫!?」
「恭兄さん!?」
耳ざとく俺の悲鳴に気付いたのか、どたどたと足音を立てて、空とカオルの弟コンビが飛び込んで来た。やんちゃな空と、おすましのカオル。未だに兄弟という感覚にはなれないが、人間、毎日一緒に過ごしていれば、それなりに相手が可愛くなってくるものだ。
「ああ…悪い…ビックリさせちまったな」
「顔、真っ青だよ?熱、測る?」
「もしかして、また例の悪夢か?最近は見てなかったんじゃなかった??」
心配そうにカオルが俺の額に手を当て、空は背中をサカサカと忙しく撫でてくれる。
この時ばかりは、つくづく2人の存在を有難いと思えた。わいわいと賑やかな弟らの声や雰囲気が、見たばかりの悪夢を遠ざけてくれるようで。
「大丈夫…大丈夫だ」
「それなら良いんだけど……」
「なんかあったら言ってよ。俺が変な女蹴散らしてやっから」
「ちょ…っ、空…いくら変質者でも、女の子に手を上げたら駄目だよ?」
「ええ~、正当防衛だろ??駄目なのか??」
「おいおい……」
女の変質者って…。どうやらこいつらの脳内では、俺の夢の中の女はストーカーか何かと認定されてしまってるらしい。まあ、ある意味、間違ってないかも知んねえけど。
「ご飯だけど、恭兄さん、食べに来れる?」
「え……ああ…」
「俺は食うよ!!」
気遣うような視線でカオルが俺に問いかけると、聞かれてもいないのに空が胸を張って答えた。
「飯は3度3度きっちり食べないと駄目なんだぜ~!!??」
「空は食べ過ぎ。ていうか、間食含めて何度食べてんだよ…」
「んん?6食くらい??でも、おかげで病気ひとつしたことねえよ?」
『健康なのは何よりだけど、さすがに1日6食は食いすぎかもな』と、思わず2人の会話に突っ込みを入れたが、空の場合、どれだけ食っても太らないから問題ないんだろう。もちろん、食費は余計にかかるけども。
「俺も食べに行くよ…乾一さんに悪いからな」
「無理しなくても俺が食べてやるぜ~?」
「こら、空ったら!!」
弟らに引きずられるようにして、俺は夢の残滓が残る部屋を後にした。
夢の中の白い手。
その持ち主たる女の顔。
それは昨日、学校で目にした、転校生の顔だった。
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