第4話 知らない記憶
「外、いい天気だよ、お散歩日和だ!!」
食後、しばらくして俺と弟(?)2人は、追い出されるようにして近所の散歩へ出かけることになった。
「家の中でゴロゴロしてたって状況が変わる訳ないでしょ。ちょっと気分転換と気晴らしに散歩でも行ってきなさい」
きっかけは、まるで母親のような口振りの乾一さんに促されて。──というか、口調こそ優しくはあったものの、現実は、ほぼ強制的に玄関から排出されたも同然だったのだが。
まあ、家周辺の様子も確かめてみたかった俺としては、その方が都合が良かったんだけども。
「ほらあれ、あのゲームセンター。兄貴、ここに来た時『あそこを俺のホームにする!!』とか、ドヤ顔で宣言してたんだぜ!?」
俺の少し前を歩いていた空くんが、商店街の一角にある大きめなゲームセンターを指差しながら笑って言った。
「ゲームセンター……」
家の外はすぐアーケードタイプの商店街だった。これから開店するという兄弟の喫茶店は、その商店街の真ん中辺りに位置していた。商店街の人通りはというと、まだ、早朝とあってそんなに多くはない。
「…覚えてない」
俺は、空くんの言葉に首を振りながらそう答えた。俺、そんなことを言ったかな?というより、そもそも、俺はそんなにゲームが得意ではない。特に、ゲームセンターなどでプレイできるタイプのゲームは苦手だった。
「あ、あと、あの本屋が、漫画多くて助かる!!とか騒いでたよね」
もう一人の弟(?)カオルくんが、少し先にある本屋の看板を指差して、「そうそう!!ホント、兄貴はゲームとか漫画が大好きだよな~」などと、空と二人で笑い合っていた。
「……ああ、うん。そりゃ、漫画は読むけど」
でも、そんな騒ぐほど好きでもない。事実、俺の微かな記憶に残る「俺の部屋」には、ゲームも、漫画も、数えるほどしかなかったはずだ。もちろん、今の部屋のことまでは解らないけど。
「………」
それにしても──と、改めて疑問が持ち上がってきた。
この子らの話す「俺」は、本当に俺なんだろうか??
聞けば聞くほど、話せば話すほど、彼らの言う「俺」は、俺自身の知っている「俺」とは違う気がした。
でも、だとしたら、俺はいったい誰なんだろう?
そんな答えのない問いに再び頭を悩ましていると、
「おや、空ちゃん。お兄ちゃんと散歩かい?」
唐突に小さな揚げ物店から4~50代くらいのおばさんが顔を出して、先頭を元気よく歩いていた空くんに声をかけてきた。小太りで、人の良さそうな顔をした知らない顔に、俺は、少しばかり戸惑って足を止めてしまう。
「うん。天気も良いしね!!!」
半透明のアーケードは、自然の陽光で明るく照らされており、さらに、その内何か所かは天窓を開けて外気を取り入れていた。そこから見える青空を指差して、空は人懐こくおばさんに駆け寄っていく。
「学校へは何時から?」
「うんとねー、来週から編入すんの!!今からスゲエ楽しみ!」
空は揚げ物屋の窓口にぶら下がるようにして、おばさんと親しげに世間話を始めていた。
まだ、こちらへ引っ越してきて間もないと聞いていたが、どうやら空くんの人懐こさとコミュニケーション能力は尋常ではないらしい。まあ、なんとなく最初から、『コミュ力高そう』とは思ってたけど。にしても、
「でも、学校は良いんだけど、勉強は苦手でさ。勉強したくねーって言ったら、乾兄に怒られちゃったんだ~」
「おやおや。けど、学校は勉強するところだからね。頑張んないと駄目だよ、空ちゃん!」
端から見ていると、まるで、もう何年も付き合いのある近所の人、みたいな空くんの様子に、俺はひどく感心してしまっていた。しかも、おばさんの方もこれまた、随分とこの子を可愛がっている風に見えたし。
「ほれ、おばさん自慢の揚げたてコロッケだ。お兄ちゃん達と一緒に食べな」
「うわぁ、ありがとう!!!!」
呆気にとられて見ていると、空くんは貰ったコロッケを手に駆け戻ってきた。俺と、俺の傍に立っていたカオルくんに、それぞれ1個ずつコロッケを手渡すと、自分の分をぱくりと咥えて食べ始めてしまう。
「あ…あの、す、すみません。有難うございます」
空くんのあまりの遠慮のなさが、何となく申し訳なくなり、俺は、揚げ物屋のおばさんに軽く会釈してお礼を言った。そんな俺に「良いって良いって、冷える前にお食べ」と、おばさんは笑いながらひらひら手を振り仕事へ戻っていく。
「まったく、空ったら、図々しいんだから…」
「とかなんとか言って、お前もきっちり食べてんだろ」
年少組は気楽でいいな…と薄ぼんやり思いつつ、俺も、せっかくだからと熱いコロッケを口にした。
「………えっ」
飾り気のない、素朴なジャガイモと挽肉のコロッケ。
どこにでもありそうだけど、一味違ってる、おそらくはこの店独自の味付け。
それは今朝ここで目覚めてから、初めて食べるもの、のはずなのに。
「………俺…この味…知ってる」
何故だろう。何故だか俺は、このコロッケの味に、覚えがあったのだ。
つまり俺は、これを、以前にも食べた事がある…?
最近??──いや、違う。違う!?
「え?そりゃ知ってるでしょ。ここ引っ越して来てから良く買ってるし、恭兄も好きだったから」
ふと脳裏に浮かんだ俺の素朴な疑問へ、事もなさげに空くんが答えてくれた。
ああ、そうか。そうなのか。考えてみれば、そうだよな。と、瞬間、納得しそうになっていた俺だったが、その時、ズキンと頭痛がして記憶にない光景が脳裏をよぎった。
今より若い揚げ物屋のおばさんの顔、コロッケを握りしめて食べる子供の視点、今と同じだが少し店並びが変わっている商店街。そして──
商店のガラスに映った、子供のころの俺の姿。
「……………えっ…?」
そうだ、俺はこの味を、幼い頃から知っている。
子供のころから、この商店街を知っている。
そんなはずないのに。そんなはずがある訳ないのに。
「……俺、今…何を…?」
瞬時に消えうせた謎の記憶。その途端「今まで」の記憶が物凄い勢いで脳裏を走り抜けていった。
時系列も何もかもメチャクチャに。早送り画面みたいに高速で。
朝、目覚めた部屋の光景。突然、現れた、見知らぬ兄弟たち。朝食の風景、兄弟たちとの会話。
そんなまだ鮮明な記憶の他に、見た事もない光景や、見覚えのある顔、知っている「はず」の情景もあった。
そして、それらは、ひどい頭痛と吐き気と共に、ランダムに俺の脳内を飛び交っていったのだ。
まるで──そう、2人分の記憶を、ごちゃまぜに見せられてるみたいに。
「ぐ……うっ、あ…っ」
知らない。こんなの知らない。
けれど、それは確かにすべて「俺自身」の記憶で…
その、はずで……!?
「兄貴!?」
「………っ!?」
驚いた空くんの声。悲鳴のようなカオルくんの声。
ぐるりと回る目の前の光景。逆さまになる天地。
それらを最後に、俺の意識は途切れていた。
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