祭祀の痕

祐喜代(スケキヨ)

第1話「根来之御魂教団・集団変死事件概要」

根来之御魂ねごろのみたま教団の荘厳な大神殿の中で事切れていた、老若男女合わせて三百人あまりの信者の遺体は、教団が一心に崇めていた神に完全に見放されたかのような惨状を、その聖域内で繰り広げていた。

新聞やテレビの第一報は、この事件を米国で起こった人民寺院の集団自殺を彷彿させるような内容を世間に伝えたが、警察の捜査が進むにつれ、単なる集団自殺では割り切れない不可解な事実が徐々に明るみになり、やがて前代未聞の異様な事件として世間に認知されるようになった。

事件は教団創設五十周年を記念した大祭の最中に起こり、この日奥多摩の教団総本部にある大神殿の外には、全国の支部から集まった大勢の信者たちの祈りが奔流のように轟き、神殿内部に籠もった教祖以下幹部、支部長たちの悲劇の瞬間は誰の目にも触れられていない。

大祭終了予定の午後六時を過ぎても閉ざされたままの神殿の様子をいぶかしんだ教団の警備員たちが恭しく扉を開いた時には、果てしない苦痛と絶望を顔に貼り付けて倒れている指導者たちがそこにいた。

思いも寄らない事態に直面した信者たちの祈りはたちまち悲鳴に変わり、日々の苦悩から逃れるために藁をも掴む思いで入信を希望した信者たちの多くが、その藁さえも失う事になった。

人民寺院を例に取り、当初集団自殺と見て捜査を開始した警察は、神殿に転がる大量の遺体から何らかの毒物らしき痕跡を見出そうとしたが、意外な事にそれに該当するいかなる物的証拠も遺体から検出される事はなかった。当時神殿は完全に密閉され、外部の人間が侵入した形跡もない事から殺人事件の可能性は示唆されていない。

末端の信者たちには神殿内部で行われていた神事の詳細は何一つ知らされておらず、一部の精神科医や脳機能学者たちの推測の域を出ない意見ではあるが、神事の祈りの儀式の際に生じた強い変成意識状態が、何かを機に良からぬ方向に招いた精神性のショック死ではないかという見方も出て来た。

この事件の異様さを示す最も不可解な事実は、巨大な大社造の神殿中央に祀られた根来之御霊教団のご神体、その名称を「事古主命<ことふるぬしのみこと>」とする大鏡が、神事のいかなる不具合からか、内部から突き破られたかのように奇妙な穴を空けていた事だ。

根来之御霊教団を創設した初代の教祖、折口ヒサには、祈祷による難病快癒や、全盲の絵筆で紙に描いた驚異的な的中率を誇る未来予言など、俄には信じ難い奇跡の目撃談が、信者を問わず数々存在したが、現在二代目となる教祖の折口貴巨おりぐちたかなおには、その血を初代教祖ヒサから受け継いでも、ヒサほどの霊的能力を示す素養はあまり見られなかった。

二代目教祖の本分は教団の発展と共に広くその教義を一般に伝え、年間行事として予定された形式的な神事を滞りなく忠実に行って維持する事にある。

従って大祭の事件で大鏡に突如現出した奇妙な穴を、一部の熱狂的な信者たちは初代を失って久しく見られなかった奇跡の再来と捉え、二代目教祖のカリスマ性を一気に押し上げる事態にまでなったが、二代目教祖本人は事件直後から忽然とその姿を消している。

大祭の神事で一体何があったのか?

この掴み所のない事件を前に警察の捜査は難航を極め、真相の一切が空白の状態のまま漂うかのように思われたが、ある幹部の遺留品の中から、事件の一ヶ月前に書き記した手記が見つかった。捜査の進展の有力な手がかりになると期待されたその内容は、常軌を逸した教団の闇を浮き彫りにさせ、大鏡に穿たれた奇妙な穴に、何とも言い知れぬ禍々しい気配と戦慄を走らせた。

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