11

 若い男が苦痛を訴えている。その叫び声は広間に響きわたっているが、外に漏れることは一切ない。魔導士が結界を張り、音さえも封じていた。


「魔導士様、そろそろその辺で。ソイツも自分の身の程を思い知ったことでしょう」

この屋敷のあるじが声を掛けると、魔導士と呼ばれた男が振り返る。


「この俺に任すと言ったな? この若造に、おまえの息子に怪我を負わせたことを後悔させたい、魔導士様にお任せします、と言ったな?」

「し、しかし、魔導士様。このままではこの若者の命を奪いかねないのでは?」

「それがどうした?」

ヒッと主の咽喉のどから悲鳴が漏れた。


「もとはと言えばあの娘が悪いのです」

 館の主が訴える。


「少しばかりの器量よしを鼻にかけ、誰にでも愛嬌を振りまけば、若い男なら皆その気になってしまいましょう」

「そう言えば事の起こりは女の取り合いと言っていたな。それで、その娘、おまえの息子とこの男、どちらを選んだのだ?」

魔導士はニヤニヤと意地悪な笑いを浮かべている。


「それが、どうにも息子のいうことには、その娘、我が息子でもこの若造でもなく、ほかに男がいるようなのです」

「ほう、大した阿婆擦あばずれじゃないか」


「それが、そうでもなく……」

館の主が恐る恐る言う。


「そもそも息子もこの若者も、店番をする娘の器量と愛嬌に、一方的に思いを寄せていただけだとか。それなのに、この若造が、私の息子に大怪我を負わせたのです」


「ほぅ、いきなりこの男がおまえの息子を殴り、怪我をさせた、と?」

「どちらが先に娘を誘うかで口論になり、いつの間にやら殴り合いになっていたと申しておりました」


なるほど、と魔導士がにやりと笑う。

「それではどちらが悪いとも言えぬ。おまえの息子にも仕置きが必要であろうよ」


 そもそも魔導士には、断罪し処罰する義務がある。よもやそれを忘れてはいまい? 魔導士が館の主に迫る。


「お、お待ちください!」

屋敷の主が叫ぶ。

「息子の仕置きはわたくしが致します。魔導士様にお願いしたのは、この若者への仕返しだったはず」

魔導士が腕を組み考え込む。


「確かにこんな細かないさかい、普通は魔導士の出る幕はない。なのに私を関わらせたのはおまえだ。このままでは私の立場がない。どう補償してくれるのだ?」

「それは……」

主の額に冷たい汗が流れる。


「いったいどうしたら魔導士様のお気がすむのでしょう?」

ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべる魔導士に、なぜこんな男に依頼してしまったのだろう、と屋敷の主はほぞを噛む。しかし、すでに契約は交わされ、実行されてしまった。


「そうだな」

舌なめずりして魔導士が言う。


「まぁ、おまえ次第で許してやらないでもない」

この男の家は先ほど聞いた。それで、取り合いのもととなった娘の名と住処、その本来の相手の名と住処を教えろ。


「それを訊いてどうするお積もりで?」

「知れたこと。それぞれに罰を与える。この男ももうすぐ死ぬ。俺が殺すからな」


なんということを! 館の主がガタガタ震え出す。

「この街の魔導士に訴えますよ。魔導士様と言え、無体な殺生は許されない」


それは面白い、魔導士がまたニヤリと笑った。

「今、おまえは私を敵と見たな?」

「そりゃそうですとも。殺人は重い罪、それを犯すと明言する輩は敵とみられても仕方ない」


するといきなり、主は腹部に衝撃を感じ後ろに倒れてしまった。

「何をなさいますか!」


 主は魔導士に向かい叫んだ。魔導士が自分を魔導術で殴ったに違いない。先ほど、息子に怪我を負わせた男が見えない何かに殴られ続けていた。それと同じだ。

「私の敵に制裁を加えただけだ」

魔導士は涼しい顔だ。


「さぁ、痛い思いをしたくないならば、俺の問いに答えろ」

躊躇ためらう主の体が再び宙に舞い、床に叩き付けられる。


「さぁ、言え。娘と相手の男の名と住処。言えば許してやらないでもない」

魔導士は明らかに暴力を楽しんでいる。


 いっそ殺してくれ、屋敷の主の願いもむなしく、魔導士は意識を失うことのないよう手加減をしているようだった。しかしそれも寸刻の事……


 魔導士は大声で笑っていた。とうとうこの屋敷の主人は他人を売った。娘の名と住処を白状した。相手の男の名は本当に知らないようだったが、娘の家族から聞き出せばいい。


「さてと……」

 床に這いつくばっている屋敷の主に近づき、その髪を掴んで頭を持ち上げると

「まずはおまえとおまえの息子、どちらを先にする?」

と問うた。


かすれ声で

「話が違う。言えば許すと言った」

主が言えば、

「許してやらぬでもない、と言ったのだ」

と魔導士が笑んだ。


 この屋敷の息子の部屋に行き、怪我人をベッドから引きずり下ろして父親のいる広間に引きずっていく。すでに身動きできずにいる父親と、自分に怪我を負わせた友人が横たわるのを見て、この屋敷の息子が息をのむ。


「大怪我だって? どこをどう大怪我したんだ?」

「大怪我だなんて……少し、あざができて、左足を捻挫ねんざしただけだ」

小さな声で息子が答える。


「ほう、それが大怪我か?」

魔導士がまた笑う。

「大怪我ってのは、せめて骨折してないとなぁ」

息子の体が宙に飛び出し、思い切り床にたたきつけられる。ボキボキっと鈍い音がして、叫び声が広間に響く。魔導士は何度も息子を投げ飛ばす。


 息子の絶叫が広間に木霊する。屋敷の主が必死に許しを請う声も息子の叫び声が掻き消していた。


「これでどうだ? 体中の骨が粉々になった。まぎれもない大怪我だ」

魔導士に飛ばされ続ける息子が急に叫ぶのをやめた。

「なんだ詰まらない。もう死んだか」

息子の代わりに主の絶叫が広間に響き渡る。


「うるさい!」

魔導士の一声で主の叫びは消え、横たわったまま動かなくなった。


「待たせたな、ちと中断が長くなったが、おまえの番だ」

最初に甚振いたぶっていた若者を魔導士が見た。


 おびえて縮こまる若者を魔導士がニヤニヤと見る。

「さぁ、家に帰ろう」


若者が震えながら頭を左右に振るのを面白そうに眺めながら

「ひとりで逝かせるのは忍びないと、家族と共に殺してやろうと言っているのだ、せめてもの恩情だぞ」

魔導士はケラケラと笑っている。

「だが、その前に一仕事だな」


 魔導士は打ち捨てられた人形のようになったこの屋敷の主と息子にてのひらを向けた。するとその掌からオレンジ色の炎のたまが飛び出し、二人の遺体に火がついた。


 若者と自分に結界を張り、誰にも見えないように若者の家へと向かう。途中、この街の魔導士の住処の前を通り、街の魔導士に気取られたが、気にせず若者の家に向かった。


 この家の息子が怪我をしたぞ、と呼ばわれば、慌てて家族が出迎える。有無を言わさず次から次へと炎の弾を浴びせ火を放った。生きながら火あぶりにされ、絶叫する家族を前に「やめてくれ」と若者が泣きじゃくる。


 それを見て

「おまえがいた種だ」

と魔導士は大笑いだ。そして最後には若者にも火を点け、その家を出ようとした。


 が、そこに街の魔導士が入って来て、目の前に立ちはだかった。そしていきなり、水の弾を魔導士に放ってきた。それを跳ね返し、炎の弾を撃ち返す。


「馬鹿か、おまえ。俺の火が見えていないのか?」

魔導士が街の魔導士を嘲笑し、ひときわ強く炎の弾を撃ち込んだ。街の魔導士は水の盾を出現させたが、炎の弾はそれをすり抜け、街の魔導士は叫び声を上げながら火に包まれていった。


 あとは娘だ、とあの屋敷の主から聞き出した娘の家に向かう。今いる屋敷の隣、大きな屋敷だと聞いた。手広く粉屋をやっていて、屋敷の裏手に馬小屋を置き、店と二階で続き屋となった作りだ。


 お嬢さんへの伝言を頼まれた、とドア越しに言うと、メイドが

「お嬢様はお出かけです」

と答えてくる。ちっと舌打ちしたいところだが、

「どちらにお出かけで?」

と訊くと

「いつも通り東の隣街に」

と答えがある。


 馬鹿なメイドだ、と

「東の隣街に何のご用事で?」

と続けて訊く。すると今度は怪しんで

「なぜそれをお尋ねに?」

と問い返してきた。


 東の隣街からの手紙のお届けだと言うと、応えの声が急に辺りをはばかるものになる。

「しっ、それは内緒のお手紙。今なら丁度、皆さま奥におられます。預かりましょう」

とメイドがドアを開けた。

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