求魅〜gumi〜

蓮恭

第1話 高所恐怖症女子高生(始


――近年特に人気のお菓子『グミ』。


 フニフニした柔らかな食感、カチカチにハードな食感、シャリシャリした食感……色々な食感と豊富な味に虜になる人も多いお菓子。


 コンビニやスーパーで買える手軽さと、新製品の入れ替わりが激しいことから、店頭で新しいものを見かけたら、とりあえず試しに買ってみる人も多い。


 刺激的なグミ、新しいグミを求めて、今日も究極のグミ愛好家の集まり『求魅グミ』は活動する――



「あれ? 新しいグミ出てる。……『人によって味が違う、刺激的な幻のグミ』? へぇ……」


 冬服のセーラー服を着たポニーテールの女子高生が、コンビニのレジ前にあるグミ売り場で手に取ったのは、真っ黒いパッケージのグミ。


 金色で書かれた商品の名前は『求魅グミ』。


「何か厨二っぽいダサい名前だけど。とりあえず、新作は試してみないとね! ハード系なら良いなぁ」


 ネイビーチェックのマフラーを巻いた女子高生は片岡かたおか ひとみ


 瞳は、レジで会計を済ませてから肩にかけたトートバッグにグミを仕舞った。


「ありがとうございました」


 そう言ったレジの店員は、同じ女でも思わず見惚れてしまうほどに整った顔立ちだった。

 クリッとした目は少しつり目がちで、唇がやけに赤い、色白の少女。


 背中の中程までの長い濡羽色ぬればいろの髪と、パツンと切り揃えられた前髪が、古風な雰囲気を醸し出している。

 しかしそれが、その凛とした美しい顔立ちに、とても良く似合っていた。


「可愛い子……」

「何か?」

「い、いえ……っ」


 思わず呟いてしまった言葉を店員に拾われて、瞳は恥ずかしそうに顔を赤らめ、クルリとレジに背を向けたら、早足でコンビニを後にした。


「はぁ……、思わず口に出しちゃった。同い年くらいかな? 可愛い子だったなぁ……。幻のグミ、どんな味だろ? 食べちゃお」


 日が短くなった季節の十八時といえば、既にあたりは真っ暗だ。

 帰り道にはポツンポツンと街灯があるものの、すぐ近くの街灯など、電球が切れかけているのかチカチカと点滅していた。

 

 高校入学から既に二年も通った慣れた道のりで、瞳は買ったばかりのグミを、ガサゴソと手探りでトートバッグから取り出す。


 切り口から、ツウっという心地よい感触で切り取った開け口のゴミは、帰ったら家で捨てたら良いかと再びバッグの中へ放り込んだ。

 開け口のチャックをパッと開いて、指を突っ込んで中を探る。


「ザラザラしてるってことは、酸っぱいのかな?」


 親指と人差し指で摘んだグミは、街灯の下で見ても黒色をしており、周りには白いパウダーのようなものが付いている。


「何味だろ?」


 四角いグミを口に運んだ瞬間、瞳の目の前の景色が一転する。


 セーラー服の襟が風に吹かれて、バタバタと耳元で音を立てていた。

 顔に当たる風は、ヒューヒューと遠慮なしにまつ毛を揺らし、瞳を乾かした。


 目の前には、地面からニョキニョキと生えたような都会の高層ビル群と、その上に広がる澄み渡った青空。

 高いビルの屋上と同じ程度の目線は、瞳が経験したことのない高さである。


 近くのビル群が、屋上から地面にかけて段々と細くなっていることから、いかに今自分が高い位置でいるのかよく分かる。


 そして何故か目の前には、十メートルほど先のビルの屋上まで伸びる幅十五センチほどのびついた鉄筋の足場。

 瞳はいつの間にか、その不安定な足場の上に、右足を前に出した状態で立っていたのだ。


「い、いやぁぁぁー……っ!」

 

 自分の置かれた状況を理解した瞳は、思わず激しい絶叫を上げるが、その悲鳴も澄み渡った空に吸い込まれていった。


「なんで⁉︎ 何なの! やだ……っ!」


 急に足が震え始めて、腰が抜けそうな感覚に陥った瞳は、フラリと身体を左に傾けた。


「ぎゃあぁぁー……っ!」


 思わず腕をブンブン振り回して、腰を曲げ、バランスを取った。

 何とか体勢を整えた瞳は、そうっと足下を覗き込む。


 ここから落ちたとして、地面に身体を打ち付けるまでの時間に、余裕で気絶する間があるほどの高所だ。


 錆び付いて、所々が腐食した鉄筋の足場は頼りなく、十メートルほど先といえども、高所恐怖症の瞳にとれば随分と遠くに見える。


「後ろは……?」


 両手を広げてバランスを取りながら、何とか顔を後ろに向けた。

 バタつくセーラー服の襟が邪魔で、いらつく瞳は、そのうち風が落ち着いた時に見えた景色に絶望した。


「……嘘」


 後ろ側の方がすぐに戻れるのなら、這いつくばるなりしてでも方向転換して戻った。

 しかし無情にも、後方に延々と続く足場の先は霞んで見えないほどであった。


「何でよぉ! 私高いところ嫌いなんだから! 誰か! 助けて!」


 同じ姿勢で居続けたからか、脚は麻痺したようになり、プルプルと震えてきた。


「とりあえず、進むしかない」


 瞳は、ギシッときしむ錆び付いた鉄筋の上で、前側にある右足をほんの少し前に進めた。

 少し遅れて、同じだけ後ろ側の左足を進める。


 それだけで、背筋がゾクゾクっとして上半身が震えた。


 下を見れば、遥か彼方にある地面が自分を呼んでいるような気がする。

 錆び付いて赤黒くなった鉄筋の、所々腐食した場所から、チラチラと下が見えるのも不快だった。

 

 ヒヤリ、という言葉がまさにピッタリの感覚が瞳を襲っていた。


「う……っ!」


 思わず口元を押さえた瞳は、込み上げてくる吐き気を堪えた。


 冷や汗と動悸どうきが、集中して体勢を保たないと、と必死になる瞳の気を散らせた。


「もう……やだ……」


 それでも、かれこれ数分はこのままで過ごしているが、何も景色は変わらない。


 とにかく進まなければと、瞳は己の震える足をそろそろと進めた。

 ギシリ、ギシッと軋む足場は、今にも足が突き抜けて腐り落ちそうだ。


 少しずつ進めた距離は数メートルか……。

 残りが半分以下になった距離に、確かに前には進んでいるのだと分かる。


 しかし、時間にしたら数時間は経っているのではないかと瞳には思われた。


「どうして景色が変わらないの……」


 流石に数時間と思うのは恐怖心からだとしても、一時間以上はここにいるはず。

 それなのに空色の変化も、雲の動きも一切無く、ただ風だけがヒューヒューと強弱をつけて吹いていた。


「あと少し……」


 瞳が少しだけ足運びに慣れてきた時、踏みしめた鉄筋にバキリと穴が開いた。


「いやあぁぁー……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る