ドッペルゲンガーの恋人、彼女は元カノの生まれ変わり?

新名天生

ドッペルゲンガーの恋人、彼女は元カノの生まれ変わり?


「別れましょう」

 付き合って数週間、俺は彼女から唐突にそう言われた。


「な、なんで?」

 意味がわからない、なんで突然そんな事を言うのか、付き合ったばかりなのに……俺には彼女の考えが全くわからなかった。




 俺の名前は中村 拓なかむら たく、彼女に出会う前迄は何かに打ち込む事も無い無気力な人間だった。


 彼女の名前は長森早苗ながもり さなえ彼女に出会ったのは中学1年の時だった。


 そんな無気力な俺は彼女を一目見た瞬間恋に落ちた。


 彼女の容姿も去ることながら、全身から滲み出てくる様な愛嬌の良さ。

 優しく、賢く、美しい。


 勉強もトップ、運動は陸上部のエース、才色兼備とは彼女の事を言うのだろう。

 無気力だった俺なのに、その時は自分でもビックリするくらい直ぐ様行動に出た。早い者勝ちでは無いが誰よりも早く彼女に告白をしたかったからだ。


「俺と付き合って下さい」


「ごめんね」


 瞬殺だった。

 当たり前だ。俺と彼女じゃ釣り合わない。


「そ、そりゃそうですよね……」

 ガックリとうなだれながら俺がそう言うと、彼女はゆっくりと首を振った。


「違うの……私は私の事を好きでいてくれる人が良いの」


「それって……」

 それが何を意味するのか、俺はこの時わかっていなかった。


「じゃ、じゃあ、それじゃわかる迄、貴方の側にいても良いですか?」

 諦めきれなかった俺は彼女にそう言った。

 すると彼女は俺を見て微笑んだ。

 女神の様な慈愛の目で俺を見つめ、そして俺に言った。


「……いいわ」

 一歩間違えばストーカー宣言をしているかの様な俺のセリフ、でも彼女は俺の意図を感じてくれたのかそれを否定はしなかった。


 俺は彼女に相応しくありたい、一緒にいても違和感が無い様にとその時そう決心した、


 彼女が委員会に入れば俺もそれに入り、体育祭や、学園祭の実行委員会に推挙されれば俺も自ら立候補した。

 さらに走った事も無いのに陸上部に入り、俺の頑張りを見て貰いたく、一番激しい練習をしていた長距離班に所属した。


 必死だった。彼女に認めて貰うために、そして彼女を諦めたくない、彼女に恋する気持ちを諦めたくないから。


 俺は彼女に食らいつく、それこそ死に物狂いで勉強に運動に励んだ。


 彼女に追い付きたく、彼女に認めて貰いたくて……彼女を目標に頑張った。


 そして……2年が過ぎ、高校受験、俺は彼女と同じ県内トップの『竜ヶ崎学園』に合格をした。



「今まで良く頑張ったね、なにかご褒美をあげないと」

 生徒会長の彼女は次の会長に引き継ぎを終え、ほっとした表情で机の中身を整頓しながら副会長の俺に向かってそう言う。


 あの時と同じ顔、慈愛の目。


 窓の外には綺麗な夕日が見える。その夕日に照らされた彼女はとてつもなく綺麗だった。

 初めて会ってからずっと彼女を見続けた。

 完璧な人、優しく気高い、俺の目標、俺の愛する人、


「じゃあ……俺と付き合って下さい」

 二度目の告白……。


「……うん、高校に入ったら、付き合おうか」

 俺は耳を疑う。

 また振られる、断られると思っていたから。


「本当に?」


「うん」

 普段大人びている彼女からは想像も付かない、少女の様な表情で俺を照れ臭そうに見つめ、ゆっくりと首を縦に振った。


「や、や、やったああああああああああああ!」

 学力試験で彼女に次ぐ2位を取った時よりも、陸上で全国出場を決めた時よりも、何十倍、何百倍の嬉しさが込み上げて来る。


「ちょ、大きな声を出さないで、これから卒業までやる事が多いのだから、とりあえず片付けをしないと」

 真っ赤な顔で手を動かす彼女……俺の彼女(予約)、俺はニコニコしながら、彼女をチラチラと見つつ、再び生徒会室の整頓を開始した。


 そしてそれから半年が過ぎ、卒業式入学式を終え、約束通り俺は彼女と付き合い始める。



 しかしその幸せはあっという間に終わりを告げた。



「な、なんで、なんでだよ?」


「ごめん……ね」


「直すよ、気に入らない所があるなら直す、だから考え直してくれ」


「……本当に、ごめんなさい」

 何も言わない、ただ謝るだけの彼女。

 俺は振られたショックで悲しみよりも、怒りが込みあげて来る。

 

「わかったよ! 結局ただの興味本位だけだったんだな!」

 高校に入ったら恋愛でもしてみるか、そんな軽い乗りだけで付き合うって言っただけなんだ。

 

 そしてたまたま側に俺がいたから、ただそれだけだったんだ。


 俺はそう理解して、そう自分に言い聞かせ彼女の前から立ち去った。



◈◈◈


 そして3ヶ月後……彼女が死んだと伝えられた。



 俺と別れてすぐ、彼女は竜ケ崎を休学して海外に留学した。


 結局自分の事だけだって、彼女は留学したくなり俺を振ったのだと、その時はそう思った。

 結局早苗は自分の事しか考えていないんだって、俺の事なんて一切考えていないって。

 

 その時は俺はそう思った。


 いや死んだと聞かされた時も。



 でも違った。


 彼女の本当の理由を知ったのは一通の手紙だった。

 それは彼女からの早苗から俺への手紙だった。



【拓くんへ、拓くんがこの手紙を読んでいるなら、もう私はこの世にいないって事になるね。

 言えなくてごめんね……私は卒業して直ぐ自分の身体が病魔に犯されていると知りました、あまり長く無いって事も、だからその短い時間を貴方と一緒に過ごせたらって、そう思い、それを隠して貴方と付き合い始めました。

 短い間だったけど、貴方と付き合えて、ううん、ずっと一緒に貴方と過ごして来て凄く楽しかった。そして思った。もっとずっと貴方と一緒にいたい……そう思った。

 だから私は手術する決意をしました。

 成功率が低くても、それでもこれから先ずっと貴方の側に居続けたいって思ったから。

 でもこれを貴方が読んでいるという事は結局駄目だったって事だね。


 本当の事を言います。私はずっと良い子で周りの期待に通りの自分をずっと演じて来た。多分貴方もそんな私を好きになってくれたんだと思う。でも違うの、本当の私はだらしなくて、臆病で、だけど貴方なら本当の私でも好きになってくれるかもって、そう思って貴方と付き合うって決めました。


 でも、それは叶わなかった、ごめんね何もしてあげらなくて、弱って行く私を貴方に見られたくなかった。そしてこの先も貴方の目標で居続けたかった。

ありがとう、好きになってくれて、私も、貴方が拓君が好きでした】


 生徒会長の時の演説の時とは違う目茶苦茶な文章、ただの殴り書き、最後の方はあの綺麗で整った彼女の美しかった字が、まるで左手で書いた様な有り様だった。そして涙の跡なのか所々文字が滲み解読するのにかなりの時間を必要とした。


「な、なんでだよ……なんで言ってくれなかったんだよ……」

 悔しい気持ちが込み上げる。自分の事を信じて貰えなかった悲しい気持ちが涙と一緒に溢れ出る。


 どんな君でも俺は好きでいるって、本当の姿だって君は君だから。

 側にいたかった。弱って行こうとも、衰えて行こうとも、ずっとずっと側に……。


「ずっと側にいるって言ったのは俺の方からだったな……」

 俺は後悔した。振られて直ぐに彼女の前から立ち去ってしまった事に。


◈◈◈


 そして……1年の時が過ぎた。


 後を追う勇気も無い俺は、彼女と出会う前の以前の姿に戻ってしまっていた。

 ただただ無気力に過ごすだけの毎日。


 自暴自棄になる事もなく、かといって何かに情熱を燃やす事も無い。

 多分これから先、誰かを好きになる事も無いだろうって……そう思っていた。


 勉強は今の所中学時代の貯金でなんとか付いて行ってはいるが、やはり超進学校は厳しい。

 このまま油断をしていると進級も危くなる。

 彼女の居ない学校にあまり興味は無いが、ここに通いたかったであろう彼女の代わりに、そしてこの学校に二人で合格した時のあの嬉しい思いを忘れたく無いと、俺はそんな思いからなんとか学校にしがみついていた。


 少しは勉強しないと……俺はそう思い仕方なく重い腰を上げ、学校帰り参考書を書う為に本屋に赴いた。


 早苗と別れた春が過ぎ、早苗が死んだ夏を迎える。

 ギラギラと照らす太陽、でもあまり暑さは感じない。あの日からそんな感覚が俺にはなくなっていた。


「たまには何か読むか……」

 本屋に入り参考書のコーナーに行こうと思ったが、無気力に過ごすだけの毎日、どうせ時間が過ぎるだけなら、何かで気を紛らわしたい。

 俺はそう思い文庫のコーナーに足を踏み入れた。


 そしてこれが運命の分かれ道となった。

 

 特に読みたい本は無い、俺は諦めて帰ろうと思ったその時、目の前にコミックコーナーが見えた。そしてある日の事を思い出す。

 そう彼女は早苗は時折隠れる様に何かを読んでいた。

 俺に見られると直ぐに鞄に本をしまい込む。何を読んでいたかいくら聞いても知らぬ存ぜぬだった事を思い出す。

 思えばあれは多分コミックだったのでは無いだろうかと……。

 

「ふふふ」

 俺は思わずその場で笑ってしまった。

 彼女が死んで1年……俺はなにも変わらない……こんな風に彼女を忘れる事も出来ない。

 そして真っ黒い物が俺の頭の中で渦巻く。


 何の為にここにいる? 何の為にこれから生きていく? そう思っていたら笑いが込み上げて来た。


 彼女がいないのに、生きていく意味ってあるのかって、もう良いんじゃないか……こんな人生は終わらせても。


 そう思ったその時、俺の目の前を鮮やかな金色が通り過ぎた。

 その鮮やかな金色は俺の頭の中の黒いモヤを切り裂く。


「え?」

 慌てて振り向くとそれは髪の色だった。

 一瞬外国人と思ったその人物は何やら険しい表情で本を物色していた。

 外国人? と思いその人物の顔をじっと見つめた。

 

 そして、俺は驚愕する。

 

「さ、さなえ?」

 金色の髪だが、顔は早苗そのものだった。

 目を疑った、しかし何度見てもその顔は早苗としか思えない。


 まさか生きていた? 早苗は家族揃って海外に行きそこで死んだ。

 葬儀も彼女の意向で身内のみ、遺骨は散骨したとかでお墓もない。


 まさかと思い俺は彼女を追った。そして本屋を出た所で声をかける。


「さ、早苗か?!」

 俺が肩を掴んで彼女にそう言うと、鮮やかな金色の髪をたなびかせ彼女が振り向いた。


「は? あんた誰?」

 眉間に皺を寄せ彼女は俺に向かってそう言う。しかし見れば見る程そっくりなその顔に俺はもう一度聞き返す。


「早苗、早苗だろ? 俺だよ、俺がわかんないか?」

 手術の影響で記憶が? そう思い俺はしつこくそう呼び掛けた。


「は? ナンパ? てか何その手口、キモイんですけど!」

 そう言うと俺の手を払い、俺の脛めがけて蹴りをいれて来る。


「ぐ!」

 俺は脛を抑えその場でうずくまる。


「はん、ナンパとか今気分じゃないんだけど…………てか、その制服竜ケ崎じゃん、へ~~あんなガリ勉校にナンパしてくる奴なんているんだ?」

 短いスカート、派手な爪、よく見れば髪の根本が黒い。

 あり得ない、そう、早苗がこんな格好するわけない。


「早苗じゃ……ないのか?」


「はあ? まだ続いてるの? あんたもしつこいね。でも、まあ竜ケ崎の男とかちょっと良いかも……いいよ何処に行く?」


「え?」


「あたし今日はちょっとイラついてんだ。ちょっと発散しに行こう」

 そう言うと彼女は俺の腕を掴み脛を抑えうずくまる俺を強引に立たせると、その腕を自分の腕に絡め引っ張っていく。


「あたしは阿由葉あゆは、あんたは?」


「阿由葉……」


「名前は? って聞いてるんですけど、まあいいか、じゃあ権之助で」


「いや、お、俺は拓」


「あはははは、ふつう~~じゃあタックっでいいか」


「タック?」


「とりあえずタック、オケいくべ」

 

「おけ?」


「カラオケだよ」


 俺は早苗そっくりの阿由葉という女子に強引に連れられカラオケに行くことになった。


 彼女はうちの学校の近くにある村越女子、通称村女の生徒だった。

 年は俺と一緒の高校2年、そして……現在彼氏持ちとの事。


 この日彼女は彼氏と喧嘩をしてイライラし、気晴らしに本屋でお気に入りのコミックを買って帰る途中だったそうだ。


「マジでむかつくあいつ他に女いたんだ。付き合ったばかりでやたらと迫ってくるからさあ、あいつ結局あたしとは遊びだったんだよ」

 オレンジジュースに酒でも入ってるかと思ってしまう程に高いテンションで愚痴をこぼす早苗。


 聞けば最近彼氏が出来たけど、そいつはデートにもろくに連れていかず、最初からエッチな事ばかりしようとしてくるので不審に思い、今日そいつのスマホを調べたら履歴に複数の女がいる事が判明したらしい……。


「なあなあ、どうすればいいかな?」


「いや、それは別れた方がいいのでは?」


「だよな? やっぱ駄目だよな~~」

 短いスカートから伸びる長く綺麗な足を組み、ソファーにもたれかかりながらだらしなくジュースを飲む阿由葉。

 顔は早苗なのに、そんな態度をしている事に違和感を感じつつも、あの早苗の手紙に書いてある自分の本当の姿ってじつはこうだったりなんて想像をして、俺は思わず苦笑してしまう。


「まあ、そう……思うけど……」

 当たり前の事を当たり前に話すだけ、経験のない俺にはそれ以上の事は、男女の事は全然わからない。

 でも、早苗がそんな男となんてと、想像するだけ嫌な気分になる。


「やっぱ竜ケ崎の男だなあ、真面目っぽい……なあタックって彼女いるの?」


「いや、いない……けど」

 そう言われた時早苗の顔が頭に浮かぶ、彼女と同じ顔が。

 今でも早苗は彼女だっておもっている。でも彼女はもうこの世にいない……だから俺はそう答えた。


「そうか! そりゃそうか、彼女いてナンパとか最低だし、じゃあさ、じゃあさ、タックあたしと付き合わない?」


「え?」


「いや、この年で彼氏いねえとか友達にバカにされるんだよね、でも竜ヶ崎の男が彼氏なら友達に自慢出来るし、チャラい顔だけの今彼よりもよっぽどいい」


「えええええ?」

 いや、ちょっと待って……それって……。


「タックもナンパして来たんだし欲しいんだろ? あたしがなってやるよ、よし決まり、じゃあそういう事で~~」

 そう言うと彼女は俺に構う事なく大声で派手な曲を歌い始めた。

 断ろう、断らなければ、俺はこの時何度もそう思った。

 でも、早苗と同じ顔でそう言われ、俺はなんとなく断りきれなかった。



 彼女は早苗に似ている。

 顔はそのままだし、芯の強い所も、強引な所も良く似ている。


 本当の早苗は実はこうだったんじゃ無いだろうかと思う程に……でも彼女は違う……早苗では無い。

 

 そう思いつつも、俺は流されるままに、彼女と付き合ってしまう。


 俺は毎日の様に阿由葉に振り回された。

 突然呼び出されネットカフェで数時間過ごしたり、突然海に行こうと誘われたりした。毎晩遅くまで電話で愚痴を聞き、メッセージの返信が遅いと怒られ、時には宿題を手伝わされたりもした。


 そして1ヶ月が過ぎ、俺はある物を上げたいと言われ彼女の家に招かれた。


 古いアパートの一室、彼女は母親と二人暮らしだと聞いていた。


 初めて入る女子の部屋、早苗の部屋にも入った事は無い。

 俺は彼女が入れてくれたコーヒーを飲みながら興味深く部屋をキョロキョロと見回す。

 早苗は……どんな部屋に住んでいたのか? そこでどんな生活をしていたんだろうか? そんな事を考えていると、正面に座る阿由葉がいつもとは違う真面目な雰囲気で口を開いた。

 

「あ、あのさ……タックって真面目……過ぎるよね……」


「え?」


「……でも、そういう誠実な人あたし嫌いじゃないんだ」


「あ、ありがと……」

 誠実と言われ俺は胸が痛んだ。

 でも今さら言えない……阿由葉は俺にとって早苗の代わりだなんて……。

 似ているからこうして一緒にいるなんて。

 

「あ、あのね、タックにあげたい物があるの」

 俺が何も言えないで黙っていると、阿由葉はその場で立ち上がり真っ赤な顔で俺に向かってそう言った。


「あげたい?」

 俺がそう聞き返すやいなや、阿由葉は突如着ている服を脱ぎ始めた。


「え、いや、ちょっと!」

 スカートを一気に下ろし、派手なTシャツを脱ぎ捨て、色気なんて全く無い速度であっという間に下着姿になる。

 彼女の白い下着が、下着姿が、真っ白な肌が眩しい程に輝いて見えた。

 その姿を……美しいって思った。


「タックに貰って欲しい、タックにならあげてもいい」


「な、何を?」

 

「……あたしの処女」


「……ええええええ?!」

 しょ、処女だったんですか? いや、いまはそんな場合ではない。

 経験豊富な女子だと思っていた俺は、まさかの発言に戸惑った。


「もう周りじゃあたしだけなんだよ、別にたいした物じゃないけど……あんた真面目だしさ、誠実だし……この1ヶ月全然そういう事求めて来ないし……だから」


「いや、そ、それは……」


「えっと、えっと、そ、そんなに重く考えなくても、あたしだって別に大切に取って置いたらわけじゃないし、だ、だから……」

 そう言うと阿由葉はブラジャーを取ろうと背中に手を回した。


「だ、駄目だよ!」

 俺は慌てて阿由葉を止める。


「な、なんで……なんでよ!」

 俺が止めると阿由葉は悲しみの表情に代わった。

 もう駄目だ、このままじゃ駄目なんだ。

 俺はそう思い俺は阿由葉に全て話す決心をした。


「……ごめん……俺は君に言わなきゃいけない事があるんだ」

 俺は着ていたシャツを脱ぎ彼女の肩にそっと掛け彼女をその場に座らせた。

 

 そして彼女に向かい全ての事を、俺の気持ちを全部話した。


 早苗と初めてデートした時の写真を阿由葉に見せ、二人がどれ程似ているかを教えた。

 そ中学時代からこれまでの事を包み隠さず全て語った。


「それで……初めて会った時……早苗って言ったんだ」


「うん」


「あれって、ナンパじゃ……無かったんだ」


「……うん、ごめん」


「そう……」


「…………」

 阿由葉は黙って下を向く。俺は彼女になんと言っていいかわからずただただ黙って見つめていた。

 そして、彼女はポツリと呟いた。


「帰って……」


「え?」


「今すぐ帰って……」

 彼女はうつ向いたまま、小さな声で俺にそう言った。


「うん」

 俺は何も言えずに黙って立ち上がると、彼女の部屋を後にした。


 もっと早く言えば彼女を傷つける事は無かった。

 後悔が俺を襲う、でも楽しかった、まるで本当の早苗と一緒に過ごした様で、俺はこの1ヶ月楽しかったのだ。


 でも、あくまでも阿由葉は早苗の代わりとして……。


 そう……やっぱり俺は今でも早苗の事を……。


「──あれ?」

 俺はその時思った。早苗の一人称はなんだったのか……私? あたし? 

 そして、早苗の顔を思い浮かべようとしたが。

 

「髪の色が金色……いや、違う早苗は黒髪……」

 早苗の顔を思い出すも、どうしても髪が金色になってしまう。

 そして、短いスカート、派手な爪、どうしても早苗の姿がそう浮かんでしまう。


 それはもう、早苗ではなく阿由葉だった。俺はもう早苗の姿が思い出せないでいた。


「そうか……俺は……」

 そう、俺は阿由葉に惹かれていた。 すでに俺の中で阿由葉は早苗の代わりではなくなっていた。


 でも、もう阿由葉とは終わった。早苗の代わりだったと俺は彼女にそう言ってしまった。


 彼女を……傷つけてしまった。


 俺は二人の早苗を、いや、早苗と阿由葉を失ってしまった。


◈◈◈


 翌日、俺は足取り重く学校に向かう。

 いつもの様に無気力に学校に向かう。


 また、つまらない日々が始まるのか……。

 阿由葉を失って改めて思った。この一か月楽しかったんだって事を。


 夏休みを前に俺はまた一人になってしまった。

 

 そんな後悔の念に駆られながらも、もうどうする事も出来ずにとぼとぼと学校に向かい歩いていると、道の先に一人の少女が立っていた。


 ロングスカート、少し地味だが少女趣味な可愛らしいシャツ、そして……真っ黒な髪……。


「さ、早苗?」

 それはまるっきり早苗の姿だった。

 スマホに唯一残っている俺と早苗の初デートの時の写真と全く同じ姿。

 数回しか見れなかった私服姿の早苗がそこにいた。

 しかし、俺は直ぐに分かった。それは早苗ではなく阿由葉だと。


「や、やあ、じゃないか……えっとおはよう拓くん」

 俺に気付いた阿由葉はギクシャクと手を上げ緊張の面持ちで俺にそう声を掛けてきた。


「は?」

 拓くん?


「え? ち、違う? えっと……もっと上品な感じ? ご、ごきげんよう? とか?」


「ごきげんようって……」


「ち、違う? えっとえっと」

 阿由葉は困った顔であたふたしながら俺を上目遣いで見ている。


「いや、一体何をしてるんだ?」

 阿由葉はここで何をしているんだ? まさか俺に会いに? だとしたらその髪は? その格好は? そもそもあんな酷い事を言ったのに何故?

 わけがわからず俺は単刀直入に阿由葉に向かってそう聞いた。


「……その、そのね……早苗さんになろうって思って……」


「──は? な、なんでそんな事」


「だ、だって……だって……好きになったっちゃったんだもん、タッくんの事、だから身代わりでも良いって、そう思って……」


「この……ばか野郎!」

 俺は鞄を放り出し彼女の元に駆け寄ると、そのまま彼女を抱き締めた。

 甘い香りと柔らかい感触、そして阿由葉の温もりが俺に伝わる。

 生きているって……そう思った。


「野郎って……これでも女の子なんですけど……」

 俺に抱きしめられなが、彼女はいつもの強気な口調でそう言う。


「ばか女」


「うっさい! 竜ケ崎だからって……」

 彼女はそう言うと俺にしがみつく。

 俺はさらに強く抱きしめ彼女に言った。


「最初は早苗の代わりだって……そう思った……でも違うよ、早苗と阿由葉は全然違うよ……」


「そ、そうだよね……あたしなんかじゃ……あんたに相応しく……無いよね」


「違う……阿由葉がいい、お前が良いんだ」


「え?」


「俺は阿由葉が好きだ、今はもう早苗よりも、お前が大好きだ」

 俺は彼女にそう言った。死んでしまった早苗よりも、生きている阿由葉に、俺の事を好きだって言ってくれる人に惹かれるのは当たり前だ。


 俺は本心からそう思い阿由葉に告げた。


「本当に?」


「ああ」


「……嬉しい!」

 彼女は俺の背中に手を回し、俺に強く抱き着いた。俺はそれをしっかりと受け止める。


 

 とりあえず学校をさぼってこれから二人で美容室に行こう。

 そして彼女らしい色に、また金色の髪に染め直して貰おう。


 俺も少し染めようかな……彼女と釣り合う様に、阿由葉と一緒にいたいから。

 ずっとずっとこれからもずっと彼女と一緒にいる為に。


 今度は絶対に、どんな事があっても絶対に……彼女を離さないと、俺は自分にそう誓った。





◈◈◈



「一つ聞きたかったんだけど、阿由葉ってあまりギャルっぽく無いよな」

 格好はギャルなんだけど、何か着させられている様な、そんなイメージを受けていた。


「あーー、うん、私さあ、実は去年事故に遭って、そこから記憶が曖昧なんよねえ

、友達に私ってどんな人だっけ? とか聞いてさあ、うける~~」


「……え?」




【あとがき】

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