第62話 事件の後処理
俺も報告書というやつを書かねばならない。
ひとつの事件が終わったからだ。
ノートパソコンを差し出してきて博士が言う。
「テンプレに沿って入力してくれたまえ。君もいい大人なんだからまともな文章くらい書けるだろう」
「へいへい」
以前のおとなしかった博士に比べると、最近は少しばかり苛ついていることが多くなったかもしれない。きっと力を失ったせいだろう。健康上は問題ないはずだ。
ある部分は決定的に変わっちまったが、みんな無事だった。
狭間から来たるものに食われた全員は怪我もなく帰ってきた。とはいえ、すべて元通りとはいかなかった。
食われた次元接続体は、戻ってきたとき、能力を失っていた。多次元接続がなくなっていた。
博士も、諸戸の一味も、全員例外なく普通の人間に戻ってしまっていた。
もっとも博士が作りだした新成物はいまも力を保っている。博士の義眼はいまでも赤外線が見えるし、次元接続体の区別ができる。
博士は力のすべてを失ったわけじゃなく、現在も次元接続体犯罪抑止研究所の有力なメンバーだった。ただし、もう新たな発明品、新成物を作りだすことはできないらしい。
諸戸の一味は全員が食われ、全員がきれいさっぱり能力を失った。もうあいつらは次元接続体ではなく、これからなにか事件を起こしても俺たちの管轄外となるだろう。
次元接続体として事件を起こし、いまでは次元接続体じゃなくなっている。この事実がこの先行われる裁判でどんな影響を及ぼすか、俺にはまったくわからないし、まあ、知ったこっちゃない。力を失ったただの人間は、拘束しておくぶんには楽だろう。
諸戸の一味の罪状はもちろん、現金輸送車に対する強盗だった。証拠も出てきた。破壊されたライブハウスの廃墟から、現金の輸送に使われていたケースが発見されていた。これが決め手で諸戸の一味は逮捕された。
諸戸は千垣組の幹部に個人的な恩義があり、多額の報酬を条件に手を貸していたようだ。
現金輸送車の金は、半分が諸戸たちのもの、残りの半分は千垣組と橘組の抗争資金とされる予定だったという。
そのせいで千垣組の幹部からも逮捕者がぼろぼろと出た。向こうの体勢はガタガタになり、抗争どころじゃなくなった。
派手なドンパチをするまでもなく、抗争は橘組の勝利に終わったわけだ。
これについては思うところがないでもない。橘組組長の娘、香華子ちゃんはもう俺たちの仲間だ。香華子ちゃんの家が負けてひどい目に会うよりはずっとマシだが、俺たちは結果的にヤクザの抗争に手を貸すことになってしまったのではないか。俺たちの行動はどこまでが正当性のあったものか。次元接続体は特殊な能力を持つ貴重な戦力になる。またどこかでヤクザが次元接続体を利用しようとする状況に出会うかもしれない。そして俺たちはそれに敵対するものだ。
これは博士やセツ、ときにはイサムも交えて話あったものだが、ひとつの答えが出ているといえば出ている。
ようは「先にみつけろ!」だ。
俺たち次元接続体犯罪抑止研究所の大きな目標のひとつがそれだ。
次元接続体が罪を犯したり、犯罪に利用されるより前に俺たちが見つけだし、コンタクトをとって安全を保証する。それが俺たちにできることのひとつだった。
博士はそれこそが本来の姿だと言った。力を失っても志は頼もしい。
諸戸の一味も何人が本意ではない巻き込まれ型だったのか、そこは考慮するべきところだろう。
諸戸には強盗のほかに、少なくとももうひとつは罪がある。蕪屋雫に対する未成年者略取だ。
蕪屋雫も力を失った。もう次元接続体を見分けることはできない。諸戸たちが釈放されるときがきても、二度と次元接続体の軍団を作ることはできなくなった。
蕪屋雫は保護され、施設に戻った。犯罪に利用されることはなくなったが、ある意味自由を失ったのかもしれない。だが、これはもう俺たちの考えることじゃないだろう。
事件は終わった。
あんな怪物まで出てきちまったが、幸いにも死者はいない。頭を怪我した俺がいちばんの重傷者だったくらいだ。
ほかは全員げんき。
博士は多少イラつくようになったものの、まだ精力的に活動している。
セツは相変わらずだ。いくぶん俺に優しくなったかもしれない。
イサムは機関銃とパワードスーツのついたアサルトボディを封印した。あれじゃ日々のパトロールはできないからな。いまは前もって用意されていた、スペアのボディを使っている。アサルトボディとスペアボディの両方が壊れてしまったら、新しいボディはもう作れないが、イサムのことだから、そうそうヘマもしないだろう。
えひめも香華子ちゃんと親しくなって、笑顔が多くなった。
えひめにとって香華子ちゃんは、唯一の気兼ねなく家に呼べる友達となったからだ。
次元接続体はまだ公には秘密の存在だったし、次元接続体犯罪抑止研究所も、おおっぴらに看板を掲げることはまだできない。
でも次元接続体である香華子ちゃんが、ここを訪れるのは問題ないというわけだ。
香華子ちゃんは毎日のように研究所に来ている。
俺と香華子ちゃんも親しくなった。というか、香華子ちゃんは年単位で俺のことを観察していたくらいだ。年甲斐もなくこっちが赤面するほど、俺のことに詳しい。
香華子ちゃんとの距離感は近かった。困るくらいに。
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