第61話 切り札

 四十三歳、童貞。無職じゃなくなったものの、大した功績を残すでもなく、人智ならざる怪物に襲われて死亡……、か。

 俺はセツに背負われて、覚悟していた。とうとうこれが最期だと。

 一度は諸戸を倒したっていうのに、坂上蒔絵に博士を人質に取られて状況が逆転した。諸戸のバカのせいで狭間から来たるものが現れて、敵も味方もみんな食っちまった。残っているのは俺とセツだけだ。そして俺は怪物からいい一撃を食らっちまって、万筋服も消えた。

 怪物が迫る。セツが裸の俺を担いで走りはじめた。

 俺はなんとか言葉を紡いだ。

「やめろ、セツ、俺なんか放って逃げろ、おまえだけでも」

「らしくないぞおっさん! あんたはいつも図々しいだろ!」

「そうでもないだろ、傷つくぜ……」

 セツは必死に走ってくれた。だが巨大な怪物は一歩がずっと大きい。追いつかれた。

 もうだめだ……。

 死を覚悟したとき、トランシーバーに頼もしい声が聞こえた。

「うぇえええええい! 騎兵隊とおちゃーく!」

 イサムの声だった。

 連射される銃声、怯む怪物、落ちてくる虹色の体液。

 イサムが急接近してきながら、ルーフに取りつけた機関銃で怪物の腹を射っていた。イサムの後部がゴツく膨らんでいる。

 イサムは俺たちのそばまでくると後部を切り離した。そして驚いたことにえひめが転がるように出てきた。

「えひめ!」

 セツも仰天した声をだした。

「お嬢さま! 逃げてください、ここは危険です!」

 イサムが機関銃を連射して怪物を怯ませていた。えひめが叫ぶように聞いてきた。

「お父さんは!」

 俺はとっさにこう答えていた。

「それはあとで話す」

 えひめはそれで意味を悟ったらしく、一瞬顔をくしゃりと歪ませる。涙を流しながらイサムが置いていったコンテナ状の後部を操作する。ボタンを押したりレバーを下げたりしながら言う。

「みんなが全滅するって、香華子ちゃんが! それでイサムを連れてきたの。これ未完成だから半分手動だけど、強いから! きっと強いから!」

 イサムは急ターンして怪物を撃ちながら言った。

「そいつはおっさんのサイズだぜ! セツは囮になってくれ!」

 えひめの操作によって、イサムから切り離された後部が変形して直立した。それは三メートルもあるロボットに見えた。パワードスーツだった。

 セツが俺の顔を覗きこむ。

「できるかおっさん!」

「やる、しか、ねえだろぉおおおお!」

 まったく!

 こんな痛え思いしてんのに!

 まだ足りねえってか!

 怒りが燃えあがり、俺の身体は再び万筋服に包まれる。

「もうだいじょうだ、セツ、おもいっきりテレポート使ってくれ!」

「任せたぞ!」

 セツは消えた。エサとして囮になる。イサムはくるくるターンしながら撃ち続ける。一緒になって怪物を翻弄した。

 えひめが泣きながら俺に訴える。

「やっつけて! お父さんの仇をうって、おじさま!」

「やれるだけはやる! まかせとけ!」

 俺はパワードスーツによじのぼる。

 胸の装甲を開くとそのなかにちょうど収まった。ハーネスで身体を固定して、腕と足を操作軸のなかへ通す。そこまですると胸の装甲が自動的に閉じて、全体が起動した。

 手足を動かしてみて具合を確認する。

 パワードスーツは反応よく俺の動きをトレースし、動作も素早かった。

 万筋服とパワードスーツ。

 鋼のパワーマシマシ!

 これなら勝てるかもしれない!

 俺は飛び跳ねるようにして怪物へ向かっていった。大きくジャンプすると、背中のブースターがさらに加速してくれた。怪物の頭の高さまで達し、俺は遠慮なく殴り抜く。

 怪物は大きくたじろいだ。

「いける!」

 着地して、怪物の足を蹴る。怪物は膝を折った。吠えてつかみかかってくるが、俺はその腕をへし折った。

 博士渾身の作、このパワードスーツは強かった。

 狭間から来たるものなんていっても、もう勝負は見えた。

 俺は再びジャンプし、怪物の背中にとりついた。魚の頭のあごを両手で握る。

「これで終わりだぁぁぁぁ!」

 俺は怪物の頭を引き裂き、そのまま身体までほぼ真っ二つにした。怪物は力を失って崩れ落ちる。俺は離れた。

 怪物は断末魔の痙攣を起こし、それも止まる。すると虹色の陽炎となって、水が蒸発するように消えてしまった。

 怪物の姿はあとかたもない。

 終わった……のかもしれない。

 しかし、怪物のいた場所には残されたものがあった。

「こりゃ、どうなってやがる……」

 人間の身体が残されていた。

 世ノ目博士、諸戸亮吾、烏羽鉄火、その他食われたもの全員。

 みな消化された形跡もなく、服を着て、欠けた部分もなく、倒れていた。

「お父さん!」

 えひめが博士に駆け寄る。

いまになって再び気づいたが、俺のブレスレットはピッピッと緩やかに鳴っていた。次元接続体の数が減ったみたいだ。

 イサムが俺の前まで来て止まり、ドアを開けた。なかには助手席で眠る香華子の姿があった。イサムが言う。

「ここに来る途中で気絶しちまった。この子がおっさんの守り神だぜ、この色男」

 俺は確かに女神を見た。

「本当にこの子は死の運命を変える力があるのかもしれない。俺はその力を信じたくなっちまったな……。あまり頼るような目にあいたくねえけど」

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