第36話 セツの能力

 俺はあごを掻いた。

「そういえば俺、警察からなんにも連絡ないけど」

博士が言った。

「まあ我々は警察の身内みたいなものだから内々に処理している。要望があれば聞くと思うがね。それと諸戸にはもうひとつの容疑がかかっている。蕪屋雫(かぶらや・しずく)」

 博士の声にモニターが反応し、少女の画像が出た。昨日も諸戸と一緒にいた金髪の少女だ。

 俺が店から運び出される画面で、金髪の少女がアップになる。隣には黒髪でセーラー服を着た、身分証明書みたいな画像が並ぶ。顔は同じだった。

 博士が指差した。

「我々の提供したデータで、警察が割り出した。彼女は児童養護施設から姿を消した蕪屋雫という少女と同一人物だと思われる。ちょうど雫と呼ばれていたし。歳は十四歳。おそらくこの子は自発的に諸戸と一緒にいるのだろうが、それで済む話じゃない。未成年だからね。つまり諸戸のもうひとつの容疑は未成年者略取だ」

 俺は言った。

「若く見えたけど、ほんとに子供だったんだな。なにかの偶然で彼女の能力を知った諸戸がスカウトしたってところか。諸戸を逮捕する容疑がいろいろあるのは心強いな」

 博士は頷いた。

 いつの間にか俺の後ろへ来ていたセツが口を開く。

「わたしは叩けばまだ埃がたっぷり出てくると思う。次元接続体が並の給料で働くはずがない。報酬が大きくなければ諸戸に従わないだろう。それはたまの引っ越しなんかで稼げる額じゃないはずだし、まだ表に出ていない特別な仕事をしているにちがいない」

 博士は腕組みした。

「キーパーソンである蕪屋雫が失踪してからまだ半年ほどだ。これは諸戸が次元接続体を集められるようになってから半年しか経っていないということを意味する。諸戸はやっと態勢を整えてこれから事を起こそうとしたのかもしれない。現金輸送車の事件はその皮切りだ。わたしとしては、そう思いたい。次元接続体犯罪抑止研究所の所長としてはね」

 なるほど。この次元接続体犯罪抑止研究所に見つからずに犯罪が繰り返されていたとなると、博士のプライドも傷つくだろう。

 それに、諸戸が次元接続体のチームを作り始めてからまだ半年しか経っていないとすれば、博士の考えも的外れじゃない。むしろ、そっちのほうが可能性も高い。

 俺はふたりを宥めるように言った。

「どっちにしろ、アクロスザスターはただのなんでも屋じゃない。現時点で、悪事を働くための隠れ蓑だってことは確かだ。諸戸をとっつかまえりゃすべてがはっきりするぜ」

 セツが不敵に笑った。。

「諸戸がおとなしく捕まるわけがない。どんな能力を持っているかもわからないしな」

 博士が言った。

「戦い向きの力を持っているとは限らない。どちらにしろ本番は明朝だ。今日は各自、日常業務にあたってくれたまえ。アクロスザスターに動きがあったら教える」

 セツが俺の肩をひっぱる。

「まずはトレーニングだ。今日はわたしも本気を出す。諸戸が強くても対応できるようにしとかないとな」

「わかったからひっぱるな! 逃げねーって!」

 トレーニングルームの入り口で、セツが振り向いた。

「わたしは先に入る。おっさんは万筋服になってくれ。くれぐれもわたしに汚い裸なんか見せるなよ」

「くそ、言いたいこと言いやがって!」

 セツが扉を閉めると、俺は服を脱ぎ、セツの態度を怒りの燃料にした。怒りが燃えあがり、万筋服に包まれる。

「セツ! 今日は泣かせてやるからな!」

 俺はトレーニングルームの扉を開いて、なかへ駆け込もうとした。

 いきなり刀を構えたセツが突きを放ってきた。刀に驚いたが、攻撃は直線的だ。俺は刃をつかもうとした。

 瞬間、セツの姿が消える。直後、後ろから頭をコツンと叩かれた。慌てて振り返ると、セツが刀を伸ばしていた。

「おっさんはまず頭をなんとしても防御すること。まだまだ甘いな。これが当たったときは死んだとみなす」

 俺は驚いて口ごもる。

「お、おまえ、テ、テレポートできるのか」

「ご明答。これがわたしの能力だ」

 セツ……、とんでもないぜ、この女。

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