第21話 兄の設定
香華子はバスタブのなかで眉根を寄せた。
入浴中のリラックスタイム、妄想も捗る。
そして、とうとう手に負えなくなった。
最初はおっさんが活躍できるような事件を模索していただけだった。しかしおっさんは万筋服を着た超人だ。見合うような事件を考えるのもなかなか難しい。かといって単純な強盗では面白くないだろう。もう少し工夫が欲しい。
そんな思考がつらつらと連なった結果。
香華子の想像力には余る事件が発生してしまった。
核の部分は単純な強盗である。
現金輸送車が襲われて金を奪われた。
だが、車は謎の方法で潰され、警備員は簡単に無力化され、そのうえ強盗犯は四人もいたのに全員消えてしまった。
香華子は自分で妄想しておいて、どんな仕掛けなのかわからない。事件の意味するところも細かいところは不明だ。
「むむむむーん……」
香華子は腕組みして唸った。
いっそのこと、この事件はなかったことに……。
そうも考えたが、もはや無理だった。実際に見てきたことのように脳裏にこびりついて離れない。
おっさんとイサムはあちこち走り回り、それが無駄骨に終わり、完全にお手上げだということを世ノ目博士に報告しているのだった。
あれは起きたことだ。起きてしまったことだ。香華子の脳内とおっさんの人生において、確実に。
「むむむむむーん……うっ!」
考え込んでいるあいだにのぼせてしまい、気持ちが悪くなった。
ふらふらしながら風呂からあがり、なんとか自室へ戻った。たまらずベッドに倒れこむ。
湯あたりと事件の謎で頭のなかがぐるぐる回った。
しばらくそうして気持ち悪さと戦っていると、ふっと諦めの境地に至った。
自分の妄想なのに自分の手に負えない。
そういうものなのだと香華子は割り切った。
下手にあがくのをやめて、頭を空っぽにする。ベッドにうつ伏せとなったまま、身体の熱が冷めていくのを待つ。
数十分経過。
体温が下がり、思考がクリアになってくると、香華子は机に座ってメモを作った。
今回の事件の要点をまとめる。
そして、メモを持って兄の部屋を訪ねるのだった。
「おにぃ、これ……」
部屋に入っていきなり、持っていた紙片を哲史に手渡す。
そのメモにはおっさんの遭遇した事件で起きたことが、可能な限り細かく箇条書きにされている。
丁寧に目を通して、哲史は紙片を返した。
「香華子にしては派手な事件を起こしたな。それで?」
香華子は理知的な瞳を曇らせた。
「もうわけわかんなくって……」
「わけがわかんないけど視えちゃったってことか。それでどう始末をつければいいかわからなくなったと」
「こんなことフツーならありえないじゃん」
「まあ普通ならね」
「なにかわかるの? わたしの妄想なのに?」
香華子は期待に顔を輝かせた。
哲史は意味ありげに続けた。
「事件が起こった。犯行は常識では考えられない方法をとったらしく詳細不明。普通ならありえない。ところがこの世界の主人公、おっさんからして普通じゃありえない人間だ。自殺しても死なず、四十三歳で童貞無職、そしてなによりほかのどこにもない驚異の秘密兵器『万筋服』の着用者だ」
「うん……」
「つまり、特殊な人物であるおっさんに見合った、特殊な事件が起こったといえる」
「それはそうなんだけど……、それだけ?」
「この世界では特殊なことが起こるんだ。可能性ゼロじゃなく。おっさんがある意味超人なら、事件の犯人たちも超人だったとしたら? この世界の超人はおっさんだけじゃなかった。それで犯行方法の説明がつく」
「おっさんが超人で、超人はおっさんだけじゃなくって……?」
哲史は上機嫌な様子で、ブックエンドから一冊のリングノートを取り出した。
「お兄ちゃんの小説用設定資料見せてあげるよ。特殊な能力を持った人間を好きなだけ出せる設定。これがあれば香華子の妄想も百人力だ」
「そんなの歯止めが効かなくなりそうでこわい……」
「物理学を超えた力を持つ人々。そんな超人たちを総称して『次元接続体』と呼ぶ」
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