第10話 ヒーロー開始

 俺はしばらく全裸で過ごすことになった。変身するとパンツまでボロボロなっちまうんだからしかたない。

 たっぷりと練習したおかげで変身はかなりうまくなった。

 鏡に映してボディビルダーみたいなポーズを決めてみたり。かっこいいな。顔以外は。

 万筋服を出す分にはかなり自在になった。

 だが、問題は持続時間だった。

 本心からの怒りじゃないせいか、むかっ腹を立てたフリ程度じゃ、持続時間がかなり短かった。だいたい一分もてばいいぐらいだ。すぐ素っ裸に戻る。

 練習とはいえ無闇に怒っているとさすがに疲れた。裸のまませんべい布団で昼寝をすれば、あっという間に一日など終わる。

 食費はまだあるが、稼ぎのない身としては落ち着いてもいられない。

 なにかいいアイデアはないか。

 与えられたこの力を使って、なんとか人生を有意義なものにする。それが俺の希望だった。

 特徴を考えろ。よく考えろ。

 まずは腕力か。重機並みの力が出せる。重機の入れない場所でも力を振るえる。

 ここでふと足場ってものが気になった。

 人の形で重機の力が出せるが、どんな足場でも大丈夫か?

 万筋服は俺の体内にあるらしい。それなら体重が増えてるはずだ。俺は体重計に乗ってみた。

 う、やっぱりだ、百キロになってる……。

 俺はもともと七十キロだったから、万筋服は三十キロ分か。

 これはもしかすると水に沈むんじゃなかろうか。テストすることはできないが要注意だな。でも百キロならまだ人並みか。

 もう一つの特徴は防弾性能っていうか耐衝撃性っていうか、頑丈さらしい。

 頭が丸出しなのは気になるが、銃弾なんか効かないだろう。

 とはいえ役に立つかといえばイマイチだな。ここ日本だし。

 いまのところわかっている利点はそんなところか。

 この力で金を稼ぐ方法は……。

 強盗ぐらいしか思いつかない……。

「あーあ、やっぱうまくいかねーな!」

 俺は素っ裸のまま大の字になった。

 強盗よりはヒーローを目指したい。

 いい年をしたパッとしないおっさんだからといっても悪人に堕ちるよりは人助けをしたほうがマシだ。

 願わくば偶然に大金持ちでも助けちゃって、多額の謝礼金などもらえるのならば、俺はもちろん断らない主義だが……。

 宝くじを当てるようなもんか、もしかするともっと難しい。

「はー」

 虚しくてため息が出た。

 いや、ため息なんかついてる場合じゃない。俺には超人的な力があるんだ。それを活かさないと!

 ヒーローになるには、ヒーローといえば、やっぱパトロールだろ! 

 夜の街を監視し、悪事を見つけては解決する。それこそヒーローだ。

 よし、今夜からパトロールしよう!

 中年男子素っ裸の決断だった。

 夜まで一眠りし、ごはんとふりかけ、味噌汁で夕飯を済ます。

 着替えをリュックに詰めると、俺は普通の服装でパトロールに出かけた。

 もちろんアテなどなく、夜の街をうろつくこと一時間。ただ疲れただけだった。

 夜になるとまだ冷え込むから、厚着の人々が足早に通り過ぎてゆく。

 まあ……フツーだよ。平和なもんだ。そうそう悪事の現場に出くわすわけもない。徒歩じゃパトロールできる範囲もタカが知れてるしな。

 あったことといえば、酔っぱらいが大声で笑いながら光線銃のおもちゃで撃ち合いしてたぐらい。近隣住民にはうるさいだろうが、ヒーローの出る幕でもない。

 連なる街灯を眺める。平穏だ。

 うら寂しくなって独り言を呟く。

「なにがヒーローのパトロールだよ、行くアテもないおっさんがふらふらさまよってるだけじゃねぇかよ、こんなの……」

驚異の力、万筋服。超人の力。俺はそれを得たはずなのに。

 けっきょく、どんなカードが配られようとも、俺の人生に勝ち目はないんじゃないか。

 無闇にさまよっても意味はない。家に帰るか……。

 帰宅しようと思ったそのとき、若い女の叫び声が聞こえた。

「たすけてくださいー! 追われてるんですー!」

 あ?

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