05-2 逃げるショタ、捕まえる変態②
7日目。
「あの、あり、が――」
ダッ!パッ!ダッ!
「………………………………………………」
その日の夜。隙間風が吹きすさぶ、ボロ小屋にて。
「む~~~~~~~~~~~~~~~」
荒ぶっている。大分荒ぶっている。
何度も少年に逃げ去られたことにより、荒れ狂う内心を反映してか、クリスの体は、地面に敷かれた藁をぺたん、ぺたん、と踏んでいた。
尚、デザベアの方は極めてどうでも良さ気に、欠伸をしながら宙に浮かんでいる。
「どう、してっ!逃げ、るの!!」
少年が置いて行ったお金は、銀貨数枚から銀貨1枚、銅貨数枚と少なく成ってきていたが、それは寧ろ少年が、限りある資金の中で何とか此方に親切にしてくれたという事を表していて、クリスの頭の中には多大なる感謝の念しか存在しなかった。
その感謝をキチンと伝えたいのだ!
それに、少年の姿を見て抱いた気に成った事も、少年と話せれば、解決しそうなのだ。
その2つの理由の割合は999:1くらいであり、最早疑問の方はどうでも良かったが、兎にも角にもお礼をしたかった。
「とに、かく。明日!明日、こそ、お話、するっ!!」
「がんばれよ~~」
意気込むクリスとは対照的に、デザベアは耳をほじりながら浮いていた。
そして運命の8日目。
石造りの道の上、今日もやって来た少年の姿が、クリスの眼に入る。
(とにかく、大声!大声で呼び止めるしかない!!)
運動神経/zeroと成ってしまった自分が、少年を止めようとするのなら、とにかく大声で呼びかけるより他に無い。クリスはそう決意していた。
そして、遂に決戦の時が来る。
『はいはい。そろそろ走って来るぞ~~』
(来た!!)
デザベアのやる気の無い合図と共に、少年がクリスの元へと駆け出した。
それと同時に、クリスは大きく息を吸い込んで、大声を出す準備を始めた。
今、ここで限界を超えろ――!!
「すぅ~~~!!けほっ!?かひゅっ!!はひゅっ!??」
クリスが大きく咳込んだ。
そんな体で無理しようとするから…………。
呼吸の流れが激しく乱れて、まるで喘息の様に、大きな咳と呼吸困難がクリスを襲う。
「だ、大丈夫!?」
「こひゅ、へうっ、ぁ!」
だが、それが逆に功を奏した。
苦しむクリスを心配して、少年の足が止まったのだ。
このチャンスを逃せない!と思ったクリスは、絶え絶えになる息と、困難になった呼吸の所為でクラクラする頭を気力で強引にねじ伏せて、少年へ話しかけた。
「ぁ、にょっ!こほっ!!!はな、はひゅっーーーー!!話っ!かふっ、けほっ!!!きい、てっ!こほっ、こほっ、ほひゅー、ふひゅー。帰ら、へふっ!!ないでっ!!ふーっ、ふーっ!!」
クリス、お前死ぬのか……?
「わかっ、分かったから!ちゃんと話聞くから!いったん落ち着いて!!」
明らかに命を削って話しかけて来ているクリスの剣幕に、少年が折れた。
ぶっちゃけ、このまま無理をさせたらコロッと逝ってしまいそう感が溢れていた。
とにかく一旦息を落ち着けてくれ!と言う少年のお願いは、もはや懇願の域であった。
結局その後10分近く。
少年は、クリスがぜー、はー、ぜー、はー、と息を落ち着かせるのを見守る羽目になってしまったのである。
「もう、落ち、つき、ました!心配、させて、ごめ、んね?」
「…………まだ、苦しそうだけど」
「うう、ん。これ、元、から。私、上手く、喋れ、無いの」
「――ぇ。ご、ゴメン」
「大、丈夫!気に、して、無い、よ!!」
ここ1ヵ月の間でデザベアとアーノルドに続く3人目の会話相手。
前の1体と1人とが色々特殊な関係性である事を踏まえれば、こんな風に純粋な会話をするのは久方ぶりで、クリスのテンションは上がりに上がっていた。
「まず、あり、がとう!お金、一杯、くれ、ました!いっぱい、感謝!嬉し、かった、です!」
「べ、別に、大したことじゃないよ」
「うう、んっ!とっても、親切!凄く、優、しい!!」
「ど、どういたしまして」
ど真ん中ストレート150キロで飛んでくる、クリスの感謝の言葉に少年の頬が紅く染まる。
(か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛)
お巡りさん!こっちです!!こっちに不審者が!!!!
クリスは非常に昂った。
「一杯、貰い、ました!だから、もう、大丈夫!あん、まり、無理は、しない、で?」
これは少年のプライドを傷つけるような発言かもしれないが、しかしクリスとしては少年に無理はして欲しく無かった。
それに、お金よりも、もっと別の事を少年に頼みたかったと言うのもある。
「……分かった」
別に怒る訳では無いが、少し思う所はある少年の様子。
親切を断る形になって、本当に申し訳ないとクリスは思った。
「でも、他に、頼み、あります」
「……?何?」
「お友、達。成り、たい、です!!また、お話、しに、来て、くれ、ますか?」
女、クリス。
ショタと仲良く出来る権利と、1億円。
どちらか選べと言われれば、ノータイムで前者を選ぶ所存。
「!!……べ、別に、良いけど」
「嬉、しい!!私、クリス!貴方、は?」
「僕――コホン。俺はアレン。アレン・カサ――、アレン・ルヴィニだ」
少年――アレンの様子は、育ちが良い男の子が、無理をしてわんぱくな子供を演じている様な、そんな感じであった。
それに自己紹介にも色々と突っ込み所が存在していたが、しかし相手が隠したがっている事は全力で見ない振りをしてあげるのがクリスである。
「よろ、しくね!あれん、君!!」
「よ、よろしく。でも、今日は俺、もう帰らなきゃならないから」
「う、ん。わか、った!また、ね!」
「ま、また」
飼い主が家に帰って来た時の、犬さながらに詰めよって来るクリスの態度に押されたのか、はたまた本当に時間が無いのかは知らないが、その日、クリスとアレンはそうして別れる事に成った。
*****
「~~~♪」
夜。
昨夜とは打って変わって、クリスはご機嫌だった。
体調はとても悪く、体感的に熱が40度を超えている感じだったが、正直1週間に3、4日はそうなるので、もう慣れたし、何より心が弾んでいたので問題無い。
「チッ。……人の気も知らねぇで」
「……?ベア、さん。何か、言った?」
「別に何でもねぇよ!」
「そ、う?」
反面、イラつているのはデザベアだ。
自分が、自らの命運に悩んでいる時に、ド変態がショタとお友達に成ったぞ、わ~い♪とかやっているのはムカつくのである。
「まー、可愛らしいオトモダチが出来て、とぉぉっってもご機嫌だな!!って思ってただけだよ」
「う、ん!凄く、嬉、しい!!!」
「…………」
悟れ、デザベア。
そいつに皮肉は大概通じない……!
「アレン、君と、お友達、成れた、し。
「へーへー。そりゃぁようござんし――あんだって?」
「?お友達、成れて」
「違う。あの餓鬼の正体って何の話だ」
「アレン・かさる、てぃりお、君!!」
クリスの口から発された名前は、先ほどアレンが名乗ったフルネームとは異なっている。
しかしそれは流れ的に、アレンが最初に名乗ろうとしていた名前に相違あるまい。
……問題は、何故クリスがそんな事を知っているのか?だ。
「お前、何でそんな事を、いや――」
一瞬だけ呆気に取られていたデザベアだが、直ぐに気が付いた。
クリスがそんな事を知っている理由など唯1つだけだし、そうであるのならば、アレンの正体も大体絞れる、と。
だから、そう。
デザベアはクリスに、たった一言。たった一言だけを問いかけた。
「
「
「カハッッ――!!」
ボロ小屋の中に響いているのは、風の音と、家が軋む音だけ。
それでも確かに、大きな時計の針が動く音を幻聴して、デザベアは獰猛な笑みを浮かべた。
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